彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
「この世界も、チヌやコウのようないい人ばかりだったらいいけど、第二夫人のような嫌な女も居るからね」

 まわりをキョロキョロと気にしながら、美咲さんがまた直球で話し始める。

 第二夫人……。あの目を思い出しただけでも、身震いがする。

 美咲さんは、怖くないのだろうか? 私を助ける為に、あんなことまで暴露して……。

「あの、さっきの話、本当なんですか? 第二夫人が覗き見って……」

「ほんと、ほんと。宮殿の中を探ってたら偶然見ちゃったの」

(探る? 美咲さんは王妃の住居に侵入したというの?)

「えっ、じゃあ、美咲さんは王妃を見たんですか?」

「うん。チラッとね」

 美咲さん、王妃に会ったんだ。

「美咲さんに似てました?」

 冷静さを装うが、脳裏には呪術の札が蘇っている。

「私に? そういえば、似てたような気もするけど……。痩せ細ってて、ほんと幽霊みたいだった」

(幽霊? 呪いのせいで衰弱してるんだ!)

 美咲さんが目をパチパチさせながら、私の情報を待っている。

 どこまで言って良いのか? とりあえず、関係だけは伝えよう。

「王妃は美咲さんの親戚のようです」

「えっ!」

(かなり驚いている……。やっぱり、知らなかったんだ)

 美人の美咲さんが噂話をするおばさんのように、前のめりになって次の情報を待っている。
 知っている事柄を整理しながら、伝えても良さそうな事実だけをピックアップする。

「国王は側室を持たないと言っていたのに、王妃の希望で美咲さんとの婚儀が成立したとか」

「えっ、王妃の希望?」

「……美咲さんは、王妃によく似ているそうです」

 ここまでだ。これ以上は話せない。

 あの小屋の存在を知っても、美咲さんを不安にさせるだけだ。好奇心旺盛な美咲さんは、呪いの小屋に行ってしまうかもしれない……。

「まじ?」

 王妃が自分に似ているということだけでも、かなりの衝撃だ。なんとしてでも、私が解決しなければ!

「ねぇ、世奈! 側室を持たないと言ってた国王が、どうして第二夫人と結婚したの?」

「第二夫人は、朝庭で決まったと聞きました」

「朝庭?」

「王家を存続させる為に、国の役人達が決めた結婚だそうです」

「なるほどね〜。そういうことなのかぁ」

 コウから聞いたことをそのまま伝えると、美咲さんは妙に納得していた。

 とにかく、この限られた時間内に、美咲さんにとって有利になる情報だけは伝えておかなければと思った。

「この世界で生きているスヨンという巫女は、私の前世だと思うんです」

「前世?」

「なんていうか、記憶の奥にある記憶というか、懐かしい景色や愛しい場面が蘇ったりして……。私は、死ぬ間際に前世の記憶を辿っているような気がしています。ただ、どうして美咲さんが一緒なのか、その謎がまだ解けてません」

 美咲さんが、何か考え込んでいる。

「美咲さんのお兄さんが、この世界は西暦はっぴゃくと言い掛けました。あとの二桁は聞けませんでしたが、800年代なのだと思います」

「えっ、西暦三桁って……。どんな時代よ! もう想像できない」

「日本で言うと、平安時代あたりだと思います」

 この世界が過去だということに、美咲さんは戸惑っているに違いない。

「平安かぁ」

 ざっくりとした答えに、一瞬拍子抜けしてしまう。

「とにかく、美咲さんを巻き込んでしまったのは私です。元の世界に帰る方法をなんとしてでも見つけ出すので、もう少し待って下さい」
 
(負担は掛けたくない! 美咲さんは、この宮殿の中で過ごすことしかできないのだから。私が、美咲さんを無事に元の世界に返さなければ!)
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