彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 宮殿をあとにして、陽が沈み掛けた川原沿いの砂利道を一人で歩いていた。

 川原はまるで、キラキラと煌めく黄色い絨毯のようだ。緑が見えないほどに小花がぎっしりと敷き詰められ、夕陽に照らし出されている。
 
(あれ?)

 その向こうに人影が見えた。
 
(あんなところで、何してるんだろう?)

 川岸に立っていた人らしきものが、私に気付き近付いてくる……。貧しい服装の少女だ。

 近付くにつれて、違和感を感じた。実在しているのか、映像なのか、よく分からない。

「あの〜、私のこと見えるんですか?」
 
(えっ、どういうこと? 人間じゃなくて……、もしかして幽霊? 巫女として生きているあいだに、霊まで見えるようになってたの?)

 激しい悪寒に襲われ、脳が痺れた。見えないふり、聞こえないふりをしながら、足を速める。

「お願いです! 私を助けて下さい」

 少女が泣いている。

「私は、この川に飛び込んで身投げした者です」
 
(えっ、身投げって、自殺した霊なの?)

 思わず足を止めていた。
 私と同じだ……。

「どうか、私を成仏させて下さい!」

 私の前に来て、泣きながら頭を下げている。元の世界で考えれば、中学生にも満たないような女の子だ。

 不思議と冷静に、その少女をまっすぐに見ることができた。

「あなた様は巫女ですよね? 死んだ人間を成仏させることはできますよね?」

(そっか。巫女は、魂を成仏させることができるんだ……。でも、どうやって?)

 とにかく、話を聞いてみようと思った。

「奉公先での暮らしがあまりにも辛過ぎて、逃げだしてしまったんです。でも、両親に合わせる顔もなくて、行く宛もなくて……。気付いたら、この川に飛び込んでたんです」

 似てるような気がした。この子の気持ちが、痛いほどよく分かる。

「苦しい生活から逃れたかったのに、ずっと苦しいんです。何度も何度も川に飛び込んで、何度も何度も溺れたのに、この苦しみから逃れることができません。家族も苦しんでいると分かっているのに、何もしてあげることが出来ないんです!」

(美咲さんの言ってた通り。これが、苦しみのエンドレスということなの?)

「いつから……。いつからここに居るの?」

 できることなら、この少女を救ってあげたいと思った。

「もう、よく分かりません。この黄色い花が咲くのを、10回以上は見ています」
 
(10回って……、10年以上もずっとここで、こんなことを繰り返してるの?)

「お願いです! 私を別の場所に送って下さい! もう、この場所は嫌なんです!」

 本当に辛そうだ。立っているのもやっとだというくらいに憔悴しきっている。

(だけど、成仏って、やっぱりお経とかを唱えるのだろうか? )

 マヤ様に聞いてみるしかない! と思った。

「私はまだ新人で、神力も霊力も持ってないの。力を持っている人に成仏できる方法を聞いてくるから、少しの間ここで待っててくれる?」

「はい、分かりました。巫女さんをお待ちしています……」

 ホッとしたような表情を浮かべ、少女は振らつきながら川原に座り込んだ。
 
(救ってあげたい! なんとかして、あの子を助けてあげたい!)

 少女を振り返りながら砂利道を走り、私は急いでマヤ様の部屋を尋ねた。
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