彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 夕食には、コウが絶賛していた野菜のお浸しが並べられていた……。

 コウの言った通り、巫女達も喜んで食べている。いつもより、明るい食卓だ。

 そんな光景を見つめるマヤ様の顔も、心なしかいつもより緩んでいる。その隣りに座っている副代表は……、無表情で箸を運ばせていた。
 
 恐ろしい人だ! 呪いの術を掛けながらも普通に食事ができるなんて、とても人間とは思えない。

 私の視線を感じたのか、副代表がこちらをジロリと見た。
 
(うわっ……)

 思いきり、目が合ってしまう。

「スヨン! 見過ぎよっ」

 コウが、小声で忠告してきた。

 慌てて箸を手に取り、味のない食事を口に運んでいく……。

 後片付けを終わらせると、コウと二人きりになる為に礼拝堂の傍にある自習室に立ち寄った。机が二つ並べられた、こじんまりした部屋だ。

「この書物、呪術について書かれてあるの」

 コウが、分厚い本を開いて机の上に広げてみせた。
 椅子に座って目を通してはみるが、やはり読み解くのは難しそうだ。

「確か、この辺に」

 コウが私に寄り添い、ページを捲って読み始める。

「呪術を解くには、その呪術に対抗する呪術を掛ける! と書いてあるわ。その段階と掛ける人によって力も変わってくるって」

「呪術に対抗する呪術? その段階って?」

「下巻は、体力の消耗。中巻は、命の消耗。上巻は、魂の封印。って書いてあるけど……。これは、呪術を掛けている人に伴う危険性なんじゃないかしら?」

「呪術を掛けている人って……、副代表?」

 コウが、大きく頷いた。

「今のところ、副代表は普通に生きている訳だから、おそらく下巻の呪術じゃないかしら?」

「じゃあ、中巻の呪術を掛ければ解けるんじゃない?」

 安易な発想に、コウが眉を潜める。

「きっと無理ね……。副代表にはある程度霊力が備わってるから、私達が中巻で対抗したところで敵う相手ではないわ。それに中巻には、命の危険が伴うのよ」

 答えが出せず、頭を抱えてしまった。もう、マヤ様に話すしかないと思った。

「副代表に対抗できるのは、やっぱりマヤ様しか居ないんじゃない?」

「私も、それは考えた……。でも、もし、あの呪術がマヤ様の指示だとしたら?」

 コウは、先を読んでいた。
 疑いだしたらキリがない。
 巫女仲間にも、敵が潜んでいるのではないかとさえ思えてしまう。

 信じられるのは、コウだけだ。

 元の世界では、親友だと思っていた子にも裏切られた私だけれど……。

 コウにだけは嫌われたくない。コウだけは失いたくない。

「呪術を掛けているのは副代表だけれど、呪いの思いを持っているのは、おそらく第二夫人よ」

 コウの推測に、私もゆっくりと頷いた。華の宴での出来事が蘇る……。

「私が、第二夫人を怒らせたからよね!」

 涙声でそう訴えると、コウは首を横に振った。

「スヨンのせいじゃないわ! あの噂は、本当だったのよ」

「あの噂?」

「第二夫人が、自分の子を世継ぎに考えてるという噂!」

「どういうこと? 確か、第二夫人に子供は居ないんじゃなかった?」

「それが……、つい最近、自分の血筋になる男の子を養子に迎えたらしいの。きっと、その子を次の王の座に就かせようと企んでるんだわ」

「王の座? それならどうして、ホン一族が呪われるの?」

「今の朝廷はホン家を中心に動いているし……。それに、国王は第三夫人をとても大切に思っているようで、第二夫人はかなり嫉妬していると伝え聞いてるわ。とにかく、第二夫人にとって、ホン一族は邪魔な存在なのよ!」

 全てが繋がり、愕然とした。

「もし、第三夫人に男の子が生まれたら、国王は間違いなく世継ぎにするでしょうね」

 コウの決定的な憶測に、全身に鳥肌が立った。
 
(美咲さんが危険だ! このままでは、元の世界に返せなくなってしまう!!)

「スヨン! 時を待ちましょ」

「時って……、今は何もできないの?」

「きっと、私達にできる方法が何かあるはず! 誰が敵で、誰が味方なのかも見えてくるはずよ! 今、下手に動いても、何も解決しないわ」

(これは罰だ! 私が自分のことしか考えていなかったから……、私が自分だけ逃げようとしたから……、私の大切な人達が奪われるという罰だ! これが苦しみの世界の始まりなの?)

 うろたえて涙を流す私を、コウがしっかりと抱きかかえてくれた。
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