彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 行列に背を向け、来た道を一目散に走って戻っていく……。
 誰も居ない礼拝堂を通り抜け、静まり返ったマヤ様の部屋にそっと忍び込んだ。
 乱れる息を抑えながら、経典がズラリと並んだ本棚に目を向ける。あの日、目に止まった呪術の経典を、必死になって探し始める……。
 あっ!
 あった。
 深い緑色に黒い文字で呪術と書かれた経典が、以前見た時と同じように、上、中、下と三冊並んでいる。下巻に手を掛け、すぐに分かった。カバーだけで、中身が入っていないことを……。
 副代表が持ち出したのは、やはり下巻だ。誰にも気付かれないように、カバーだけは残しておいたのだろう。
 改めて、コウから聞いた呪術の危険性を思いだす……。
 確か、下巻は体力の消耗……、中巻は命の消耗……、上巻は魂の封印……。
 恐る恐る、上巻と中巻に手を伸ばした。二冊とも、中身は入っている。
 魂の封印……。副代表の下巻の呪術に確実に対抗できるのは……、やはり、これしかない!
 すぐに、下巻のカバーと中巻を元に戻し、上巻を抱きかかえた。
 お願いです!! どうか、私に、力を与えてください!
 そう祈りながら、呪術上巻をマヤ様の部屋から持ち出そうとする。
「何をしておる!」
 背後からの声に、思わずビクッと震えた。マヤ様だ。
 振り返れば、この経典を取り上げられてしまうだろう。
 足音が、徐々に近付いてくる……。もう、強行突破しかない!
 私は、上巻を抱きかかえたまま走りだした。
「すみません、 マヤ様っ! 少しの間、貸して下さい!」
 そう叫びながらマヤ様を交わし、勢いよく部屋を飛び出した。

 宮殿へと続く人波を避けながら、行列とは反対側の砂利道に出る。
 呪術の経典を抱えたまま、あの小屋を目指して全速力で走りだす。
 どうせ、消し去りたいと思っていた命……。美咲さんを守れるなら! ジュンユン様を救えるなら! 闇に葬られたって構わない!!
 そのままの勢いで、山道に入る。
 コウ、ごめんね……。一緒に戦おうとしてくれてたのに! 私のことを、本気で心配してくれてたのに! 
 コウと出逢って、こんな私でも生きていたいと思えるようなったよ。巫女の生活を教えてくれて、いつも傍に居てくれて……。友達って、こんなに心強いものなんだって思った。
 一緒に市場に出掛けたり、悩みを相談したり、恋バナしたり……。友達と過ごす時間が、友達を思う時間が、人生をこんなにも楽しくしてくれるなんて知らなかった。
 最後に、コウという友達に出逢えたから……、人を信じられるようになったから……。だから私は、この命を失うことがほんの少しだけ惜しいような気がするよ。
 薄暗い竹林が不気味に広がり、雨がポツポツと降ってきた。
 ジュンユン様……。私の声に気付いてくれて、笑顔を向けてくれて、本当に嬉しかった……。
 笑い合い、見つめ合うことが、こんなに素敵なことだなんて……。
 ジュンユン様と同じ空の下で過ごすことができて、私は本当に幸せでした!
 だから、ジュンユン様をこんな目に合わせる人達を、私は絶対に許せない!!
 雨で霞む竹林の中に、忌々しい小屋が見えてきた。
 私は、もう迷わない!
 濡れた草を掻き分けながら、力強く進んでいく……。
 辿り着くのと同時に、雨が本格的に降り出した。
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