彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 何かの力に逆らうように、勢いよく扉を開けた。
 ためらわず、小屋の中に飛び込む。

 悪天候のせいか、かなり薄暗い……。けれども、あの時のまま壁全面に札が貼られているのは分かった。
 経典に掛かっている雨の雫を拭いながら、改めて壁を見渡してみる。

 暗さにも徐々に目が慣れ、ジュンユン様と美咲さんの札がはっきりと見えてきた。
 
(絶対に、呪いを解いてみせる!)

 強い思いで、ホン一族の名前が並んでいる壁と向き合った。
 姿勢を正し、両足に力を入れ、呪術上巻の経典を開く。

 不思議だ。スラスラと文字が読める。この経典を、前にも読んだことがあるようにさえ思えてきた。

 次々にページを捲り、その経典に書かれてある呪文を一字一句慎重に唱えていく……。
 
(お、重い……)

 頭や肩が、ズッシリと重苦しくなってきた。何か多くのものがのし掛かってきているのが分かる。
 魂の封印……。恐怖の波が押し寄せてくる。

 声も、少しずつ出しにくくなってきた。でも、ここで止めたら全ておしまいだ。
 
(息が、息が苦しい……)

 必死に呼吸しながら、喉から絞りだすように呪文を唱え続ける。

 もう、限界なのか……。得体の知れない何かに負けてしまいそうだ。

 だんだん、気が遠くなってきた。
 
(ダメ、しっかりしなきゃ! あと少し、あと少し……)

 突然、扉が開いた。誰かが入ってきたような気がする。

 背後から、温かいパワーを感じる……。敵ではないようだ。
 
(神様、どうかお願いします! ホン一族に掛かっている呪術を解いて下さい! 美咲さんを! 美咲さんを、どうか元の世界に返して下さい!)

 この世界で出逢った美咲さんとの思い出が、次から次へと蘇る……。

 宮殿の前に現れた、天女のように美しい美咲さん……。
 時々、チヌさんに叱られる、子供のような美咲さん……。
 人身事故は迷惑だとストレートな言葉を言い放つ、結構キツい美咲さん……。
 親しげに、世奈! と呼んでくれる、人懐っこい美咲さん……。
 王宮での生活を、意外にも満喫している美咲さん……。
 私を庇って第二夫人に暴言を吐く、気の強い美咲さん……。
 私のせいなのに……、この世界に来てしまったのも、こんなに大変な状況になっているのも、全て私のせいなのに……、一度も私を責めなかった、本当は優しい美咲さん……。

 ここに来てからずっと、美咲に憧れていました。
 美咲さんのように、
 自由に、
 楽しく、
 生きればよかった……。

 もう、どんなに頑張っても、声が出せなくなってきた……。
 背後から、別の呪文を唱えるような声が聞こえてくる。
 振り返りたいけれど、身体は何かで固められたように動かない……。

(私は、闇に葬られたって構わない……。だから、この呪術を、解いて下さい! どうか、美咲さんを、元の世界に、返して下さい。
 どうか、元の世界に……)
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