彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
美咲side
いつもとは、明らかに何かが違う……。
宮殿内の空気、使用人達の表情。
この雨のせいなのか……。何もかもが、暗く感じる。
そういえば、今日はチヌの姿を見ていない。いつもなら、朝から威勢よく飛び込んできて身支度を整えてくれるのに……。
「今日はチヌが居ないようだけど、具合でも悪いの?」
いつもチヌのあとに控えている、王宮の使用人達に聞いてみた。
「チヌ様は……」
それだけ言って、使用人の一人がシクシクと泣き始める。
(……え?)
「申してはならぬ!」
もう一人の使用人が、止めに入った。
(なんなの? 何か、嫌な予感がする……。チヌの身に、何か起きているのかもしれない)
「ねぇ、何! 何があったの?」
そう言って、止めている方の使用人をまっすぐに見た。いつもチヌの指示に直接従っている使用人だ。
いつもの従順な態度とは違い、頑なに口を噤んだまま私から視線を逸らしている。
「ねぇ、お願い!! 知ってることがあるなら教えて!」
使用人は困惑しながら、鬼気迫っている私に視線を戻した。
「申せっ!!」
最終手段、第三夫人という立場を悪用する。
その声にハッとした使用人は、声を震わせながら話し始めた。
「チヌ様より、ヨナ様にお伝えするのは事が終息してから! と、命じられておりました……。実は……、本日、ヨナ様の父上や兄上、ホン家の方々が処刑されます……」
「えっ、嘘でしょ!」
(ありえない! まじで逝かれてる!!)
「ヨナ様はもうホン家の者ではないと王様も庇っておりましたが、朝廷側がそれでは名分が成り立たぬと申し立て……」
(まさか! チヌは、私を守ろうとして……)
その時、銅鑼のような音が、宮殿中に鳴り響いた……。
それが、何を意味するのか本能的に分かった。処刑が、執行されたのだ。
王宮の使用人達が、うろたえながら涙を流している。
私は部屋を飛び出して、渡り廊下を走っていた。
なぜか、チヌが居る場所が分かる。
履物も履かず、濡れた庭園に駆け下り、隣りの敷地に駆け込んでいった。
雨が降りしきる中、蔵が並ぶ殺風景な広場の片隅で、兵士達が十数人慌しく動いている。何かを運びだしているようだ。
粗末な担架に、藁のようなゴザが掛けられている。中にあるのが遺体だということは明らかだ。
「やめてーっ!」
(チヌじゃないよね!! チヌであるはずない!)
私は、半狂乱になりながら走り寄っていた。
「ヨナ様っ!」
あとから追い掛けてきた王宮の使用人達が、泣きながら私を引き留める。
兵士達は私を気にしながらも、担架に乗せられた遺体をそのまま運びだそうとしている。
(嘘……)
チヌの右手が見えていた。
泥に塗れたエメランドが、微かな光りを放っている……。私の髪を結い、衣装を整え、私の手を引いてくれた温かい手だ。
「チヌーーっ!」
悲痛な叫びをあげていた。
(私は愚かだ!
もし、元の世界に何かを持って帰れるとしたなら、それはダイヤモンドではない、チヌだ!
チヌを失いたくない! ずっと傍に居て欲しい! ダイヤモンドより、どんな美しい宝石より、チヌの頼もしい笑顔、余裕のある生きざま……。
チヌの存在ほど心を満たされるものは他にない!!)
「チヌ! チヌーーッ!」
今日は自分で結んだ髪も、うす紫色の衣装も、もうびしょ濡れのまま、狂ったように泣き叫んでいた。
続々と集まってきた王宮の使用人達も、同じように濡れたまま、私を支えながら号泣している。
「チヌ様!」「チヌさまーーーっ!!」
この宮殿に来て、私と同じ時を過ごしていたのに、チヌはまわりの人達からこんなにも信頼されていたんだ。
(なんで、私なんかの身代わりに! 私は、チヌの命に値しない、自分のことしか考えられない身勝手な人間なのに!)
悲しみが痛すぎて、もうどう理解したら良いのか分からない。
苦しくて、苦しくて、胸も身体も引き裂かれそうだ……。とても、自分の力では立っていられない。
心が壊れるというのは、こういうことなのだろうか……。
宮殿内の空気、使用人達の表情。
この雨のせいなのか……。何もかもが、暗く感じる。
そういえば、今日はチヌの姿を見ていない。いつもなら、朝から威勢よく飛び込んできて身支度を整えてくれるのに……。
「今日はチヌが居ないようだけど、具合でも悪いの?」
いつもチヌのあとに控えている、王宮の使用人達に聞いてみた。
「チヌ様は……」
それだけ言って、使用人の一人がシクシクと泣き始める。
(……え?)
「申してはならぬ!」
もう一人の使用人が、止めに入った。
(なんなの? 何か、嫌な予感がする……。チヌの身に、何か起きているのかもしれない)
「ねぇ、何! 何があったの?」
そう言って、止めている方の使用人をまっすぐに見た。いつもチヌの指示に直接従っている使用人だ。
いつもの従順な態度とは違い、頑なに口を噤んだまま私から視線を逸らしている。
「ねぇ、お願い!! 知ってることがあるなら教えて!」
使用人は困惑しながら、鬼気迫っている私に視線を戻した。
「申せっ!!」
最終手段、第三夫人という立場を悪用する。
その声にハッとした使用人は、声を震わせながら話し始めた。
「チヌ様より、ヨナ様にお伝えするのは事が終息してから! と、命じられておりました……。実は……、本日、ヨナ様の父上や兄上、ホン家の方々が処刑されます……」
「えっ、嘘でしょ!」
(ありえない! まじで逝かれてる!!)
「ヨナ様はもうホン家の者ではないと王様も庇っておりましたが、朝廷側がそれでは名分が成り立たぬと申し立て……」
(まさか! チヌは、私を守ろうとして……)
その時、銅鑼のような音が、宮殿中に鳴り響いた……。
それが、何を意味するのか本能的に分かった。処刑が、執行されたのだ。
王宮の使用人達が、うろたえながら涙を流している。
私は部屋を飛び出して、渡り廊下を走っていた。
なぜか、チヌが居る場所が分かる。
履物も履かず、濡れた庭園に駆け下り、隣りの敷地に駆け込んでいった。
雨が降りしきる中、蔵が並ぶ殺風景な広場の片隅で、兵士達が十数人慌しく動いている。何かを運びだしているようだ。
粗末な担架に、藁のようなゴザが掛けられている。中にあるのが遺体だということは明らかだ。
「やめてーっ!」
(チヌじゃないよね!! チヌであるはずない!)
私は、半狂乱になりながら走り寄っていた。
「ヨナ様っ!」
あとから追い掛けてきた王宮の使用人達が、泣きながら私を引き留める。
兵士達は私を気にしながらも、担架に乗せられた遺体をそのまま運びだそうとしている。
(嘘……)
チヌの右手が見えていた。
泥に塗れたエメランドが、微かな光りを放っている……。私の髪を結い、衣装を整え、私の手を引いてくれた温かい手だ。
「チヌーーっ!」
悲痛な叫びをあげていた。
(私は愚かだ!
もし、元の世界に何かを持って帰れるとしたなら、それはダイヤモンドではない、チヌだ!
チヌを失いたくない! ずっと傍に居て欲しい! ダイヤモンドより、どんな美しい宝石より、チヌの頼もしい笑顔、余裕のある生きざま……。
チヌの存在ほど心を満たされるものは他にない!!)
「チヌ! チヌーーッ!」
今日は自分で結んだ髪も、うす紫色の衣装も、もうびしょ濡れのまま、狂ったように泣き叫んでいた。
続々と集まってきた王宮の使用人達も、同じように濡れたまま、私を支えながら号泣している。
「チヌ様!」「チヌさまーーーっ!!」
この宮殿に来て、私と同じ時を過ごしていたのに、チヌはまわりの人達からこんなにも信頼されていたんだ。
(なんで、私なんかの身代わりに! 私は、チヌの命に値しない、自分のことしか考えられない身勝手な人間なのに!)
悲しみが痛すぎて、もうどう理解したら良いのか分からない。
苦しくて、苦しくて、胸も身体も引き裂かれそうだ……。とても、自分の力では立っていられない。
心が壊れるというのは、こういうことなのだろうか……。