彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
「ヨナ様!」
裏門の向こうから、誰かが呼ぶ声……。
意識朦朧の中、その声のする方に視線を向けてみるが、激しい雨と涙で何も見えない。
「ヨナ様!! スヨンに危険が迫っております。どうか、お気を確かに!」
必死に訴えるその姿が、少しずつ鮮明に見えてきた。
婚儀や華の宴で巫女達を仕切っていた、巫女のリーダーだ。
(スヨンに危険が迫っている? 世奈の身にも、何かが起きてるの!)
我に返り、重い身体を無理矢理立ち上がらせた。
チヌ直属の使用人に支えられながら、巫女のリーダーの元へと近付いていく。
「スヨンと親しくしている巫女から、全ての真相を聞きました。ヨナ様!! 今、スヨンは、ホン家に掛かっている呪術を解く為に戦っております」
「じゅじゅつ?」
「呪いの儀式でございます。先程、側近の方に申し出て参りましたので、すぐに王様にも伝わるはずです!」
(世奈が、呪いの儀式?)
「お急ぎ下さい! ヨナ様がおられないと儀式が成立しません」
巫女のリーダーの毅然とした態度に、私は正気を取り戻した。
(世奈……。世奈まで失ってしまったら、私は……。
でも、チヌは? チヌをこのままにしておけない……)
よろめきながら、動物の死骸のように扱われているチヌの亡骸を振り返る。
「ヨナ様! チヌ様のことは、わたくしどもにお任せ下さい! どうか、マヤ様のおっしゃる通りに!!」
ずっと支えてくれていたチヌ直属の使用人が、まるでチヌのような口調で私の背中を押した。
使用人達は、巫女のリーダーが言っていることを全て理解したようだ。
「スヨンのところへ連れていって下さい!」
そう言っていた。
何がなんだか分からないけれど、とにかく世奈が心配だ。
「では、ヨナ様をお連れします!」
使用人達にそう告げ、自分と同じ紺色の生地を私に被せ、巫女のリーダーが雨の中を歩きだした。
レインコートのようなその生地を纏って、ありえないほどズタボロ状態で私もあとに着いていく。
川沿いの砂利道を、濡れながら急いで歩いていく……。
清んでいるはずの川の水は灰色に濁り、ゴウゴウと音を立てながら流れている。
「全ての災いは、呪いの術が掛けられていたからなのです!」
巫女のリーダーが振り返り、嘆くように言った。
(呪いの術って……、あの藁人形とかに釘打つやつ?)
「ホン一族の謀反も、チヌさんが身代わりになったことも……」
悔しそうに言い放ち、巫女のリーダーが足元の悪い山道に入っていく。
(そっか、チヌは私の身代わりになった訳だから、呪われているのは私なんだ!)
「だけど、いったい誰が? 誰が私を呪ってるの!」
雨の音に消されないように叫びながら、私も未知のエリアに足を踏み入れる。
「おそらくは、ヘビン様ではないかと思われます!」
(やっぱり、あのド派手ババァだったんだ! 初めて会った時から嫌な女だとは思ってたけど、そこまで腐ってたなんて……。えっ、っていうことは?)
「まさか、王妃の病も?」
巫女のリーダーが振り返り、深刻な表情で頷いた。
「あの女、絶対に許さない! なん倍にもして痛めつけてやる!」
激しい怒りが込み上げてくる。
「今は、呪術を解くことだけを考えましょう!」
巫女のリーダーが、私を悟しながら足を速める。
(確かに、そうだと思った。呪いの術だなんて、人間技ではない。
あのド派手ババァに勝つ自信はあるけれど、見えないものへの対処法は訳が分からない)
土砂降りの雨の中、竹林らしき景色が不気味に広がった。
視界はゼロに等しい。
「少し、お待ち下さい!」
巫女のリーダーが立ち止まり、辺りを気にしながら目を閉じた。
私は茫然と、ただその様子を眺めることしかできない。
チヌのことでメンタルは崩壊され、世奈のことも不安で仕方ない。けれどもなぜか、この巫女のリーダーに従っていれば良いと思えた。
頼れる女性は、やはりカッコイイ。
何かを感じたのか、巫女のリーダーが目を見開いて竹林の奥を覗き込んだ。
「こちらです!」
そう言って、竹林の中へと入っていく……。
私も、濡れた草に足を取られながら、その背中に付いていく。
物置きのような小屋が見えてきた。
近付くに連れて、懐かしい感覚が蘇ってくる……。
私は、この小屋を見たことがある。
この場面が、記憶の奥にある。
夢中になっていて気にも留めなかったけれど、チヌが処刑された場所も分かっていた。
(この世界は……、世奈の前世だと思っていたこの世界は……、国王の第三夫人として生きているこの世界は……、私の前世の世界でもあったんだ!)
裏門の向こうから、誰かが呼ぶ声……。
意識朦朧の中、その声のする方に視線を向けてみるが、激しい雨と涙で何も見えない。
「ヨナ様!! スヨンに危険が迫っております。どうか、お気を確かに!」
必死に訴えるその姿が、少しずつ鮮明に見えてきた。
婚儀や華の宴で巫女達を仕切っていた、巫女のリーダーだ。
(スヨンに危険が迫っている? 世奈の身にも、何かが起きてるの!)
我に返り、重い身体を無理矢理立ち上がらせた。
チヌ直属の使用人に支えられながら、巫女のリーダーの元へと近付いていく。
「スヨンと親しくしている巫女から、全ての真相を聞きました。ヨナ様!! 今、スヨンは、ホン家に掛かっている呪術を解く為に戦っております」
「じゅじゅつ?」
「呪いの儀式でございます。先程、側近の方に申し出て参りましたので、すぐに王様にも伝わるはずです!」
(世奈が、呪いの儀式?)
「お急ぎ下さい! ヨナ様がおられないと儀式が成立しません」
巫女のリーダーの毅然とした態度に、私は正気を取り戻した。
(世奈……。世奈まで失ってしまったら、私は……。
でも、チヌは? チヌをこのままにしておけない……)
よろめきながら、動物の死骸のように扱われているチヌの亡骸を振り返る。
「ヨナ様! チヌ様のことは、わたくしどもにお任せ下さい! どうか、マヤ様のおっしゃる通りに!!」
ずっと支えてくれていたチヌ直属の使用人が、まるでチヌのような口調で私の背中を押した。
使用人達は、巫女のリーダーが言っていることを全て理解したようだ。
「スヨンのところへ連れていって下さい!」
そう言っていた。
何がなんだか分からないけれど、とにかく世奈が心配だ。
「では、ヨナ様をお連れします!」
使用人達にそう告げ、自分と同じ紺色の生地を私に被せ、巫女のリーダーが雨の中を歩きだした。
レインコートのようなその生地を纏って、ありえないほどズタボロ状態で私もあとに着いていく。
川沿いの砂利道を、濡れながら急いで歩いていく……。
清んでいるはずの川の水は灰色に濁り、ゴウゴウと音を立てながら流れている。
「全ての災いは、呪いの術が掛けられていたからなのです!」
巫女のリーダーが振り返り、嘆くように言った。
(呪いの術って……、あの藁人形とかに釘打つやつ?)
「ホン一族の謀反も、チヌさんが身代わりになったことも……」
悔しそうに言い放ち、巫女のリーダーが足元の悪い山道に入っていく。
(そっか、チヌは私の身代わりになった訳だから、呪われているのは私なんだ!)
「だけど、いったい誰が? 誰が私を呪ってるの!」
雨の音に消されないように叫びながら、私も未知のエリアに足を踏み入れる。
「おそらくは、ヘビン様ではないかと思われます!」
(やっぱり、あのド派手ババァだったんだ! 初めて会った時から嫌な女だとは思ってたけど、そこまで腐ってたなんて……。えっ、っていうことは?)
「まさか、王妃の病も?」
巫女のリーダーが振り返り、深刻な表情で頷いた。
「あの女、絶対に許さない! なん倍にもして痛めつけてやる!」
激しい怒りが込み上げてくる。
「今は、呪術を解くことだけを考えましょう!」
巫女のリーダーが、私を悟しながら足を速める。
(確かに、そうだと思った。呪いの術だなんて、人間技ではない。
あのド派手ババァに勝つ自信はあるけれど、見えないものへの対処法は訳が分からない)
土砂降りの雨の中、竹林らしき景色が不気味に広がった。
視界はゼロに等しい。
「少し、お待ち下さい!」
巫女のリーダーが立ち止まり、辺りを気にしながら目を閉じた。
私は茫然と、ただその様子を眺めることしかできない。
チヌのことでメンタルは崩壊され、世奈のことも不安で仕方ない。けれどもなぜか、この巫女のリーダーに従っていれば良いと思えた。
頼れる女性は、やはりカッコイイ。
何かを感じたのか、巫女のリーダーが目を見開いて竹林の奥を覗き込んだ。
「こちらです!」
そう言って、竹林の中へと入っていく……。
私も、濡れた草に足を取られながら、その背中に付いていく。
物置きのような小屋が見えてきた。
近付くに連れて、懐かしい感覚が蘇ってくる……。
私は、この小屋を見たことがある。
この場面が、記憶の奥にある。
夢中になっていて気にも留めなかったけれど、チヌが処刑された場所も分かっていた。
(この世界は……、世奈の前世だと思っていたこの世界は……、国王の第三夫人として生きているこの世界は……、私の前世の世界でもあったんだ!)