彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 巫女のリーダーが、勢いよく扉を開けて小屋の中へと入っていく。
 私も、ほとんど同時に入っていた。

 水滴がポタポタと垂れ落ちる紺色の生地を外しながら、壁全面にギッシリと貼られている札を目にした。
 遠い記憶が、鮮明に蘇ってくる……。
 
(そうだ! ここは、呪いの小屋だ。私は、次の世を狙う第二夫人に、呪いの術を掛けられていたんだ。
 国王に愛されていた日々……。全てにおいて優遇されていた私は、第二夫人の嫉妬にも気付かないほど傲慢になっていた)

 記憶を辿りながらやがて目も慣れ、薄暗い部屋の中がハッキリと見えてきた……。

 赤い札に囲まれるように、濃紺の装束を着た二人の巫女が居る。

 一人は、何かの本を抱えたまま壁に寄りかかるように倒れている。伸びた手の先に、この世界での私、ヨナの名前が書かれた札がある。倒れている巫女は、世奈だ。

 その世奈を守るように立っているもう一人の巫女は、華の宴で見た世奈の友達のようだ。
 本を開いて呪文を唱えていたその巫女が、私達に気付いた。

「マヤ様!」

 その声が、脳裏を貫く……。
 
(そうだった。
 世奈は、この世界で巫女として生きていたスヨンは、私の命の恩人だった。
 自分の魂と引き換えに、私達一族への呪いを解いてくれた大切な巫女だ!
 私は、なんということをしてしまったんだろう。
 私を、
 私の前世ヨナを、
 命懸けで守ってくれた巫女なのに……。
 私は、
 あの時、
 駅のホームで、
 私は、
 私は、世奈を見捨てた。
 どうしよう……。
 どうしたらいいの……)

「世奈……、ごめん……。ごめんね、世奈ーーっ!」

 震える足で一歩一歩近付いていき、人形のように硬直している世奈を強く抱き寄せた。
 申し訳なくて、自分が情けなくて、後悔の念に押し潰されそうだ。

「コウ、続けなさい!」

 巫女のリーダーの言葉に、世奈の友達が涙を流しながら頷いた。開いた本に視線を戻し、再び、呪文を唱え始めている。表紙には、『呪術』と『中』の文字が書かれいる。

 世奈も、同じような本を抱えている。その表紙には、『呪術』と『上』の文字が書かれていた。

「ヨナ様、スヨンを頼みます!」

 巫女のリーダーが私達を抱き抱えるように、瞳を閉じて呪文を唱え始めた。
 
(頼みますって……)

「世奈! 世奈〜〜っ」

 泣いても、叫んでも、世奈は瞳を開けてくれない。
 
(本当に、死んじゃったの? もう、会うことはできないの……)

 この世界で活き活きと生きていた、世奈の記憶が蘇る……。

 大きな瞳で、アイドルのように可愛らしく笑う世奈……。
 この世界がなんなのか、テキパキと解いていく頭の良い世奈……。
 イケメン天使に恋をして、意外にもキラキラ女子になる世奈……。
 第二夫人の理不尽な扱いにも、じっと耐える我慢強い世奈……。
 いつの時代も、私を命懸けで守ろうとする、愛をいっぱい持っている世奈……。
 
(どうして、
 私は、
 あの時、
 世奈を守らなかったんだろう……。
 どうして!)

「世奈、ごめんね……。世奈! 世奈ーーーっ!」

 泣いて、泣いて、世奈を抱き締めて、それでも涙は止めどなく溢れて……。
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