彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 駅構内を、二人並んでホームに向かって歩いていく……。

 母親に、話さなければならないことがたくさんある。何から伝えたら良いのか……。

 今まで誰にも見せなかった心の内を、一番言えなかった母親に、私はゆっくりと話し始めた。

「ママ……。私、今回の模擬試験の結果、最悪だったの……」

「……うん」

 歩みを止めずに、母親はただ頷いている。

「希望してた大学には、入れないと思う……」

「そっか……」

「ママ、ごめんね」

 きっと、がっかりしているだろう。 まともに母親の顔を見ることはできないけれど、悲しい顔を想像できる。

 でも、私は、もう無理をすることを止めた。まわりの意見を気にすることを止めた。

 自由に生きていい! と、美咲さんが教えてくれたから……。
 私の心は、自由なんだ!

「世奈……。ママの方こそ、ごめんね……。世奈を追い詰めてたね」

「えっ……、ママ?」

 母親の歩く速度が、少し遅くなった……。私も合わせて、ゆっくりと歩きだす。

「事故に遭ったという連絡が来てからここに来るまでの間、色んなことを考えたの……」

「うん……」

「小さい頃から世奈は優秀で、ママの自慢の娘で……」

「うん……」

「でも、ママ間違ってたな〜って……。成績や大学なんて、本当はどうでもいいことだったんだって……」

「えっ?」

「世奈が元気で笑ってることが、一番大切なのよね! こんなママのところに戻って来てくれて、ありがとう」

「ママ……」

 母親は、私が死のうとしたことに気付いているんだ。貧血ではなく、自ら電車に飛び込んだのだと……。

「世奈! 今日はもう学校休んで、何か美味しいものでも食べて帰ろっか」

 母親は一旦立ち止まり、大切そうに私の髪を撫でてから、また歩き始めた。

「……う、うん! ハンバーグにしよーっ」

 私も、前を向いてしっかりと歩きだした。

 再び、駅のホームに立ち、反対側の電車を待つ……。

 ここから全てが始まったんだ。

 死を決意した私。
 頑張っても、頑張っても、報われなくて……。苦しくて……、辛くてて……、先が見えなくて……。
 頭の中が、もうグチャグチャだった。

 楽になりたかった……。
 重苦しい日常から、冷えきった人間関係から、何もかもから解放されたかった。

 でも、川原で出逢った女の子の霊から教えられた。自殺しても、苦しみからは逃れられないと……。消えることはできないのだと……。
 それどころか、苦しみの心のまま時が止まってしまうのだと……。
 美咲さんの言っていた、自殺したら苦しみのエンドレスという話は本当だった……。

 あの時……、私が呪術と向き合っていた時、コウは私と共に戦ってくれた。封印されるはずの魂を、マヤ様が救ってくれた。
 二人が守ってくれたスヨンの命が、私の中にある。

 時を超えて、私を守ってくれたジュンユン様……。命を懸けて、私を助けてくれた美咲さん……。
 二人が守ってくれた命が、今、ここにある。

 世の中で、一番不幸な人間だと思っていたけれど……。
 幸せなんて、手の届かない他人事だと諦めていたけれど……。

 ジュンユン様が、教えてくれた。
 恋一つで、人は幸せになれる!
 何か素敵なことが一つあれば、人は幸せになれるんだ!

 その一つに出逢う為、
 その一つを経験する為、
 私はもう、人生を投げたりしない!

 生きてることは、チャンスだから‼︎



〈『彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜』 fin 〉
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