恋人たちの疵夏ーキヅナツー
宝石のような時間/その2
アキラ


「よう、アキラ、今日も残務整理かい?」

「タカさん、こんにちは。後片付け、大変ですね」

マッドハウスのバーテンダーやってたタカさんは、カウンターの中で作業中だった

ここを後にして、タカさんは生まれ故郷の九州に帰るらしい

「来月には更地になるみたいだな。外に解体業者いただろ?」

「ええ、カウントダウンが聞こえてくるようですね」

お互い、寂しいという気持ちは共有している

タカさんは、カウンターの中で作業の手を止め、一息ため息をついた

そのあと、フロアの奥にあるクローゼットから何やら取出してきた

「これ、持って帰ろうと思ったけど、やっぱりアキラに渡すよ」

オレの前に置かれたのは、十数本のカセットテープだった

「ここのライブ音源だよ。だいたいは、アキラがステージ立った後のものだと思う。音質は悪いけどね」

まさか、タカさんがこんな録音をしてるなんて知らなかった…

「一番最初の、間宮君とかに無理矢理、引っ張り出された時のもあるよ」

うわっ、あれもあるのか!さすがに、まともには聞けないな…

でも、まさにマッドハウスでのオレの軌跡という訳か、これ

オレは受取るのを躊躇したが、結局、タカさんの好意に甘えた

「アキラがプロになって、久留米きたら見に行くけん」

再び作業を始めたタカさんは、別れ際、くわえ煙草でそう言ってくれた

タカさんはオレがここに”流れて”きた時、唯一”味方”になってくれた人だ

ここを逃げ出さないでいられたのも、この人が庇ってくれてたことが大きい

タカさん、ホントに感謝してます。お元気で…

...


さあ、いったん家に荷物を置いて、夕方はケイコちゃんのアパートだ

オレが大阪に発つまでは、できる限り二人でいようということにした

今日は外食でも誘ってみるか…






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