恋人たちの疵夏ーキヅナツー
惨夜の一室/その4
アキラ


こんな目に合ってるのに、変に落着いている

実際は諦めで、気が抜けたってとこだが…

もう、どうでもいいやって

所詮、プロなんて無理だったんだって

ケイコちゃんにも、もう会える立場じゃない

脱力感で満ちている、殴られた痛みも感じなくなってるほど

さっき、”何か”打たれたせいもあるんだろうが…

トイレにも行きたいけど、縛られて声出せないし

このまましちゃえってくらい、無気力で投げやりだ

...


すると、正面で黙ってオレの顔を見てた麻衣が、こっちに寄ってきた

「そろそろ、トイレ行きたいんじゃないの?」

こいつは人の心、読めるのかよってくらいのタイミングだ

麻衣は後ろに控えていた男たちに、目で合図した

オレはやっと、縄とガムテープから解放された

体の大きい男に腕を持ち上げられながら、オレ、椅子から立ち上がった

ちょっとふらつく

そして、その男に寄り添われながら、トイレへ…

さすがに個室までは入ってこなかったが、ドアの外にはピタッと張り付いているようだ

用を足してる最中、何やら鈍い破壊音らしき音が耳に届いた

固いもの同士が勢いよくぶつかったような感じだった

トイレの外に男と一緒にでると、麻衣が何やらを床に叩きつけてた

床にはブロックが4つ、横に敷かれているようだ

そこに、鍬で畑を耕すように振りかざしてる、麻衣がいる

おい、冗談だろ!あれ、オレのギターじゃないか!

「やめろー、やめてくれよ!」

オレは横にいた男を振り切って、絶叫しながら、麻衣に向かっていった

次の瞬間、オレの顔に壊れかけたギターが左から飛んできた

ブーンという音と同時にオレは、しりもちをついて倒れた

なんていう事だ、ここまでするかよ!

あのギター、赤子さんに楽器屋で選んでもらったものだ

その大事なギターをメチャクチャにしやがって!

まだ床に倒れているオレは、二人の男に両脇を固められて、動けない

例のイカレた目つきでニヤニヤしながら、この小娘、オレを見下ろしてる

麻衣は吐き捨てるように、オレに言った

「フン、これ、ギターの先生と一緒に買いに行った、思い入れのもんだってな。ホの字だったんだろ、その天理赤子とかって女に。まだ好きなのか、ひょっとして?」

麻衣は更に、何度も床のブロックに叩きつけ、ギターは破壊された

「全部洗い流してやるよ、私が。ハァハァ…、おけいとやってくんなら、余分なもん、キッパリ捨てちまえ!ハァハァ…」

床でうつぶせ状態のオレの目の前に、ギターの赤い破片が飛んできた

終わりだ、何もかも

一瞬なんだな、大切なものを失うって…






< 42 / 64 >

この作品をシェア

pagetop