恋人たちの疵夏ーキヅナツー
発熱の代償/その5
剣崎



天真爛漫で気丈なケイコのこんな痛々しい姿は、想像もできなかった

ショックなのはわかるが、ここまで取り乱すとは…

「メソメソするな。ここにきて、お前に選択の余地はないんだ。残酷なようだが、相馬会長と交わした約束の代償はな、今、お前が泣いてる状況もひっくるめてなんだよ。俺たちも所詮、損得で動いているが、こっちだって命を張ってる。お互い、必死なのは一緒だ。わかるだろ?」

「わかんないよ!なんでアキラを捲き込むのか、全然、理解できない!」

今のケイコは、あの青年に対しての贖罪の気持ちでいっぱいなんだろう

自分のせいで、彼をここまで追いこんでしまったという自責の念か…

それなら、コイツをその渦に”引き込んだ”のは、他ならぬ俺ということになる

一年前、麻衣と川原でタイマン張ってたケイコを、その場から相馬会長の元に連れて行った

そうだ、あの日がそもそもだった

間違いなく、俺が高校生の娘の運命を変えたことになる

あの時は麻衣もケイコも、まるで熱病に冒されたようだった

勢いだったんだろう、ケイコがあの場で”一線”を超える決断をしたのは

コイツが自分で決めたこととはいえ、俺が導いた訳だ

結果として、かわいそうなことをした

そう思うと、さすがにしんどい…


...



シートに手をつき、下を向きながら泣き続けるケイコに、俺はトーンを変えて語りかけた

「アイツはたとえお前に出会わなくとも、相和会とはすでに濃密な接点があったんだ。建田さんとの間にな…。彼が”ここ”に至ったのは、お前だけが原因じゃないだろうが」

俺の立場で情が出るのはまずい

しかし、ケイコには、できるだけ浅い傷のうちに終わらせてやりたい

これが正直な気持ちだった

「彼とは、いろいろと話をしたよ。麻衣が警察に行った日も、彼と会った。真剣勝負だったよ、ヒリヒリする程のな。そうだろ?組の内情をブチまけてるんだ、こっちは。素人さんにだぞ。彼だって建田さんのこと考えりゃ、複雑だったと思う。こっちの提案は、つらい選択だったろう。しかし、ヤツが一番に考えたのは、当然、お前のことだよ。お前最優先で、決めたんだ。よく、考えろよ、ヤツのその気持ちを」

ケイコはまだ泣いている

だが、香月の気持ちは理解してるはずだ

少し落ち行くまで待とう

外に出ていた能勢に冷たいものを買いに行かせ、俺は車を降り一服した

ここは、じっくりと説得する必要があるな…


...



それにしても、こうまっすぐだと、扱いが難しいもんだな

こいつらはいろんな意味で、純粋すぎる

麻衣も、我々のような連中を向こうに回していても、気持ちは純だ

同じガキでも、目先ばかりのヤツらなら、こっちもかえって持っていき易いんだが…

とにかく、麻衣の描いたこのシナリオにケイコを乗せることだ

そうなれば、ケイコと香月はお互いを思う気持ちで、こっちの思惑に沿う

香月はすでに、それに乗っている

あそこまで、彼に対する気持ちは深いんだ

最終的に、ケイコが突っぱねることはあり得ない

結果は見えてるし…、ここは焦らず、ケイコの目線でいこう





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