少女達の青春群像 ~舞、その愛~
色んなことを話していたら、いつの間にか駿河駅前に着いていた。学校から歩いて30分はかかるはずなのだが、あっという間に着いた。そんな気がする。
2人は駅前をブラブラしてから駅に向かった。あと数分で電車が来るはずなのに、珍しくも駅のホームには誰もいなかったので余裕でベンチが確保できた。
ベンチ座ったと同時に、舞が楽しそうに響歌に言う。
「響ちゃんと一緒に駿河駅前でブラブラしたのも久し振りだよね」
対する響歌も、舞と同じ表情だった。
「そうだよね。お互い忙しかったせいもあるけど、本当に久し振りだわ。やっぱりウィンドウショッピングは女同士でないと楽しめないわよ」
舞の顔が、楽しそうなものから複雑なものへと変わる。
「さっきのことをウィンドウショッピングと言ってしまうのはかなり無理があると思うよ。いや、確かに何件かお店をまわったけど…」
その目が、駅前の方へと向いた。
駅前とはいっても、あるのは9店舗だけ。しかもそのほとんどが閑古鳥が鳴いている状態だ。ウィンドウショッピングといった華やかな言葉からはほど遠い。しかもさっきまで舞達が行っていたのは洋服屋でも雑貨屋でもない。昔ながらの文房具屋と本屋、そしてスーパーだった。
舞でなくても何か一言は言いたくなるだろう。
だが、響歌はウィントウショッピングと言い張った。
「この田舎な町では駅前が一番発展している場所なのよ。そう、私達はさっきまで比良木で一番栄えている場所にいたの。これは紛れもない事実なの。そんな場所で色々見ていたのに、それをウィントウショッピングと言わないのはこの町に対して失礼でしょうが」
舞は響歌に反論する気力が無かった。
「そうだね。確かに一番栄えている場所だよね。しかも駅前で便利だしね。でもさぁ、その駅前ですら9店舗しかないっていうのはどうかと思うよ。しかも半分近くが潰れかけているような感じじゃない。これじゃ、この町はお先真っ暗だよ」
今は9店舗が経営しているが、いつ、どこが潰れてもおかしくない状況だ。新しい店舗ができるのならいいが、そんな気配もまったく無い。他人事ながらこの町の行く末が心配になってくる。
舞の口から溜息が出た。
「ま、いずれこういった問題はこの町の重役の方々が対処するでしょうよ。電車で1時間はかかる場所から来ている女子高生がウンウンと唸って考えることじゃないわ。そもそもここの町おこしの心配ができるくらい、自分達の住んでいる町だって都会じゃないでしょ。この場所の心配をするのなら、自分の町を心配するべきよ。私の方はまだいいとしても、あんたの方はここよりも過疎化が激しいでしょ」
響歌の言う通り、舞が住んでいる町はここよりも田舎だった。家の周りには店がまったく無い。あるのは山と海だけ。若者の流出が激しく町は過疎化の危機に面していた。
舞が行っていた中学校も、あと数年すれば無くなりそうだ。舞がいた時点でクラスの人数が10人程。保育園からすべて同じ顔触れである。舞だけの学年ならいいが、どの学年も同じような状況だった。だから体育祭とかの学校行事は小学校と中学校の合同でしていたのだ。
「あの合同体育祭の淋しかったこと、淋しかったこと。人数をかき集めても100人未満だったんだもん。私達の代でもそうだったのに、それよりも人数が少なくなった今ではどうしているんだろ。もしかしたら体育祭自体が止めになっているかもしれないよ」
そう思うと、なんだか切なくなってしまう。
本腰入れて町おこしをしないと私のところは本当にヤバイわ。響ちゃんの言う通り、ここの心配をしている場合ではない。
真剣に町おこしに取り組まないと、あの土地に明るい未来はやってこない。
大人達よ、もっと死ぬ気でやりなさい!
自分が頑張って町を活性化させようという気は無いのか。
舞の考えていることが手に取るように伝わってきた響歌は、そう思い、溜息をつかずにはいれられなかった。 4時台の電車が駿河駅のホームに入ってきた。
ベンチから立ち、電車の扉の場所をキープする。
電車が止まって扉が開いたらすぐに乗り、自分達のいつもの場所を確保するのだ。
そう意気込む2人の前で、電車が速度を落として停車しようとしていた。その動きがやけに遅く感じられる。
早く電車に乗り込みたかった舞は、響歌以上にその動きを遅く感じた。
響歌は電車をずっと見ていたが、舞の方は視線をキョロキョロ動かしていた。始めはそれだけだったが、次第に身体もそれに合わせて動き始めた。
こんなことをすぐ傍でされると自分まで落ち着かなくなってしまう。
響歌は少し舞を注意しようとしたが、その前に舞の動きが止まった。
いや、これは止まったという優しい表現で表すべきではない。固まったといった方が正しい。
「どうしたの、ムッチー?」
響歌が声をかけたが、舞は硬直したまま動かない。表情も無になっている。
本当にどうしたんだろう?
そう思い、舞が見ていた方に視線をやる響歌。
「っ!」
すぐに舞がこうなった理由がわかった。
予想をしなかった…いや、予想をしたくなかった人がホームに来たのだ。
2人は彼に捕まりたくなくて逃げるように学校を出た。もちろんこのまま逃げ切るつもりだった。そしてそれは、あと少しで成功するはずだった。
彼は偶然ここに来たのではない。それは2人共、一目見ただけでわかった。ホームに現れた彼は不機嫌な顔をして。だが、その目はじっと舞だけを捕らえていたのだから。
彼は迷うことなく舞に向かって歩いてくる。じっと、舞だけを見続けながら。まるで獲物を捕らえるかのように。
舞は彼の視線から逃れられなかった。自分の身体が極度の緊張で動かない。でも、このままだとあの人…中葉に捕まってしまう。
舞は中葉の迫力に完全に押されていた。
電車はまだ停車していなかった。
この時程、電車の停車速度を遅く感じたことは無い。
早く、早く止まって。そして扉を開けて!
舞は焦れていた。
早く逃げ出したい。
中葉が来る前に電車に乗って、その扉を閉めてしまいたい。
だが、そんな舞の望みに反するかのように、電車はまだ完全には止まりきっていなかった。
中葉は眼前に迫っているのに!
もう、なす術が無い。
舞の元までやってきた中葉は、舞の肩を軽く叩いた。
「ちょっと、こっちに来て」
それと同時に、ようやく電車の扉が開いた。
響歌は舞の腕を取ると、中葉に何も言わずに電車に乗り込んだ。響歌に引っ張られる形で舞も電車に乗り込む。
間一髪だったが、なんとか間に合った。これでもう大丈夫だろう。
舞は安堵した。
響歌もそう思い、掴んでいた舞の手を離した。
後はいつもの自分達の指定席に行くだけだ。
響歌が中葉に背を向けて歩き始めたので、舞もそれに続こうとする。
その時、舞の腕が強い力で引っ張られた。舞は倒れそうになり、慌てて倒れないようその方向へ足を数歩動かした。
それは…本当に無意識でのことだった。
舞は中葉によって、電車からホームへと戻されてしまったのだ!
響歌はまだそのことに気づいていない。彼らに背を向けて奥の方へと歩いていく。
中葉は舞を電車に乗らせないつもりなのだろう。舞の手を引っ張って歩き始めた。
それでも舞の方も、このまま中葉の思い通りにはなりたくない。必死に電車に戻ろうとする。 だが、男性の力に勝てず、引きずられるように電車から離されてしまった。
舞の目の前で、ついに電車の扉が閉じてしまった。
その時、ようやく響歌が、舞がホームに戻されたことに気づいた。
電車に乗っていた他校生の男子達が面白そうに舞達を見ていたからだ。
「いいぞー!」
「やれやれ~!」
そんな声まであがっている。
その声は舞の耳にも入っていた。
恥ずかしくてたまらない。中葉の力に抵抗する気力も無くなってしまった。
中葉もそれがわかったのだろう。舞の腕から手を離した。
そうして舞が呆然としている中、舞が乗るはずだった電車は響歌だけを乗せてホームから去っていった。
空は薄紅色に染まっていた。宮内駅の改札付近では、帰宅時間帯だということもあって学校や会社帰りの人でごった返している。響歌はその光景をホームのベンチに座って見ていた。その手には時間潰しの為のスマホがある。
響歌がこの駅に着いてから1時間が経とうとしていた。
もうすぐこのホームに比良木高校生達が乗っているであろう電車が到着する。駅近くにある踏切が鳴り出したからだ。それとは数秒遅れで電車の到着を伝えるアナウンスも聞こえてきた。
もしかするとこの電車には乗っていないのかもしれない。乗っている保証など、どこにも無い。それどころか何時の電車に乗って帰ってくるのかもまったくわからないのだ。
それでも響歌は待ち続けるつもりだった。
中葉に捕まったまま別れてしまった舞がとても気になったから。
舞は電車から降りると、すぐに響歌の姿を見つけた。
「あ~、響ちゃん。待っていてくれたんだ!」
きっと自分を待っていてくれていた。その理由も、聞かなくてもわかってしまう。あんな形で中葉に捕まった自分を心配してくれているのだ。
舞は感激して、響歌に抱きついた。
「わかった、わかった。嬉しいのはわかったから早く離れて。ほら、周りから注目されているでしょ!」
響歌は周囲を気にしながら、自分に抱き着いている舞を離した。
「だって感激しちゃって。響ちゃんが私のことを心配してくれたんだと思ったら、ついついさぁ」
「取り敢えず元気そうで安心したよ。この時間に帰ってこられたことにもね。中葉君にホームに引っ張られていった時はどうなることかと思ったけど、案外早く帰してくれたんだね」
響歌は舞がこの電車に乗っているのは思っていなかった。
中葉のあの様子だと、話はこじれるだろう。もしかしたら終電になっても帰ってこないかもしれない。そんな覚悟もしていた。
中葉に引き止められた舞が抵抗できたことなんて無かったからだ。
電車から降りてくる乗客をチェックはしていたが、期待はしていなかった。
それがまさか1時間後の電車で帰ってきたなんて。
電車から降りてきた舞を見ても、すぐには実感が沸かなかった。
さすがに抱き着かれた時は実感せざるを得なかったが…
舞が怒ったように言う。
「当たり前だよ。今日は絶対に早く帰るって決めていたんだから。あの人とは1秒でも早く離れたかったしね。引き止められて滅茶苦茶最悪だったけど、あの後も中葉君とは一言も話さなかったわよ!」
「えっ、中葉君と話していないの?」
「私が言いたいことは全部手紙に書いたもの。それに廊下でも、中葉君に言ったんだから。で、叩かれて終わり。その時点で、既に彼との関係は終了しているのよ。終わった後にあれこれ言ったって余計こじれるだけじゃない!」
凄い怒りだけど…まぁ、1時間も拘束されたんだから、ムッチーがこうなっても不思議はないか。
でも、1時間も一緒にいて何も話していないのも問題なのでは?
さっきの様子だと、中葉君の方は全然納得していないような気がするし…
「中葉君の方からは何か言ってなかったの?」
「最初はグチグチ言っていたような気がするけど?でも、私は聞いていなかったからね。だからあの人も途中から黙っちゃった。これ以上、私に言っても無駄だと思ったみたい。きっとようやくだけど諦めてくれたんだよ」
舞は本当に楽観的だった。
響歌の考えは舞とは違った。中葉はまだ舞のことを諦めていない。途中で黙ってしまったのは、今日はこれ以上言っても無駄だとわかり、また別の機会にしようと思っているだけなのではないか。
確信まではいかないが、そんな気が大いにする。
それでも今日のことは舞にとっては気の毒だったし、これ以上まわりがとやかく言っても仕方がない問題だとも思ったので不安にさせるようなことは口にしなかった。
代わりに出てくるのは食欲のことだ。
「心配事が無くなったから、急にお腹が空いてきたわ。せっかくこの時間に2人でいるんだし、ここはあそこに行くべきでしょ?」
舞は突然の提案に驚いたものの、すぐに笑顔になった。
「カトちゃんのことだね。私と響ちゃんは本当に気が合うよ。実は私もお腹が空いていたんだ。カトちゃんに行くのも久し振りだし、そうと決まれば早く行こう!」
既に乗り気である。
舞に急かされた響歌も異論は無かった。
「そうだね。久し振りにサンドイッチを食べに行こう」
「私はチーズトーストにホットケーキだよ」
「飲み物はアイスコーヒー」
「響ちゃんはやっぱりそれなんだね。私はアイスティーの気分だな」
お互いの好みを言い合いながら、2人は宮内駅を後にした。
2人は駅前をブラブラしてから駅に向かった。あと数分で電車が来るはずなのに、珍しくも駅のホームには誰もいなかったので余裕でベンチが確保できた。
ベンチ座ったと同時に、舞が楽しそうに響歌に言う。
「響ちゃんと一緒に駿河駅前でブラブラしたのも久し振りだよね」
対する響歌も、舞と同じ表情だった。
「そうだよね。お互い忙しかったせいもあるけど、本当に久し振りだわ。やっぱりウィンドウショッピングは女同士でないと楽しめないわよ」
舞の顔が、楽しそうなものから複雑なものへと変わる。
「さっきのことをウィンドウショッピングと言ってしまうのはかなり無理があると思うよ。いや、確かに何件かお店をまわったけど…」
その目が、駅前の方へと向いた。
駅前とはいっても、あるのは9店舗だけ。しかもそのほとんどが閑古鳥が鳴いている状態だ。ウィンドウショッピングといった華やかな言葉からはほど遠い。しかもさっきまで舞達が行っていたのは洋服屋でも雑貨屋でもない。昔ながらの文房具屋と本屋、そしてスーパーだった。
舞でなくても何か一言は言いたくなるだろう。
だが、響歌はウィントウショッピングと言い張った。
「この田舎な町では駅前が一番発展している場所なのよ。そう、私達はさっきまで比良木で一番栄えている場所にいたの。これは紛れもない事実なの。そんな場所で色々見ていたのに、それをウィントウショッピングと言わないのはこの町に対して失礼でしょうが」
舞は響歌に反論する気力が無かった。
「そうだね。確かに一番栄えている場所だよね。しかも駅前で便利だしね。でもさぁ、その駅前ですら9店舗しかないっていうのはどうかと思うよ。しかも半分近くが潰れかけているような感じじゃない。これじゃ、この町はお先真っ暗だよ」
今は9店舗が経営しているが、いつ、どこが潰れてもおかしくない状況だ。新しい店舗ができるのならいいが、そんな気配もまったく無い。他人事ながらこの町の行く末が心配になってくる。
舞の口から溜息が出た。
「ま、いずれこういった問題はこの町の重役の方々が対処するでしょうよ。電車で1時間はかかる場所から来ている女子高生がウンウンと唸って考えることじゃないわ。そもそもここの町おこしの心配ができるくらい、自分達の住んでいる町だって都会じゃないでしょ。この場所の心配をするのなら、自分の町を心配するべきよ。私の方はまだいいとしても、あんたの方はここよりも過疎化が激しいでしょ」
響歌の言う通り、舞が住んでいる町はここよりも田舎だった。家の周りには店がまったく無い。あるのは山と海だけ。若者の流出が激しく町は過疎化の危機に面していた。
舞が行っていた中学校も、あと数年すれば無くなりそうだ。舞がいた時点でクラスの人数が10人程。保育園からすべて同じ顔触れである。舞だけの学年ならいいが、どの学年も同じような状況だった。だから体育祭とかの学校行事は小学校と中学校の合同でしていたのだ。
「あの合同体育祭の淋しかったこと、淋しかったこと。人数をかき集めても100人未満だったんだもん。私達の代でもそうだったのに、それよりも人数が少なくなった今ではどうしているんだろ。もしかしたら体育祭自体が止めになっているかもしれないよ」
そう思うと、なんだか切なくなってしまう。
本腰入れて町おこしをしないと私のところは本当にヤバイわ。響ちゃんの言う通り、ここの心配をしている場合ではない。
真剣に町おこしに取り組まないと、あの土地に明るい未来はやってこない。
大人達よ、もっと死ぬ気でやりなさい!
自分が頑張って町を活性化させようという気は無いのか。
舞の考えていることが手に取るように伝わってきた響歌は、そう思い、溜息をつかずにはいれられなかった。 4時台の電車が駿河駅のホームに入ってきた。
ベンチから立ち、電車の扉の場所をキープする。
電車が止まって扉が開いたらすぐに乗り、自分達のいつもの場所を確保するのだ。
そう意気込む2人の前で、電車が速度を落として停車しようとしていた。その動きがやけに遅く感じられる。
早く電車に乗り込みたかった舞は、響歌以上にその動きを遅く感じた。
響歌は電車をずっと見ていたが、舞の方は視線をキョロキョロ動かしていた。始めはそれだけだったが、次第に身体もそれに合わせて動き始めた。
こんなことをすぐ傍でされると自分まで落ち着かなくなってしまう。
響歌は少し舞を注意しようとしたが、その前に舞の動きが止まった。
いや、これは止まったという優しい表現で表すべきではない。固まったといった方が正しい。
「どうしたの、ムッチー?」
響歌が声をかけたが、舞は硬直したまま動かない。表情も無になっている。
本当にどうしたんだろう?
そう思い、舞が見ていた方に視線をやる響歌。
「っ!」
すぐに舞がこうなった理由がわかった。
予想をしなかった…いや、予想をしたくなかった人がホームに来たのだ。
2人は彼に捕まりたくなくて逃げるように学校を出た。もちろんこのまま逃げ切るつもりだった。そしてそれは、あと少しで成功するはずだった。
彼は偶然ここに来たのではない。それは2人共、一目見ただけでわかった。ホームに現れた彼は不機嫌な顔をして。だが、その目はじっと舞だけを捕らえていたのだから。
彼は迷うことなく舞に向かって歩いてくる。じっと、舞だけを見続けながら。まるで獲物を捕らえるかのように。
舞は彼の視線から逃れられなかった。自分の身体が極度の緊張で動かない。でも、このままだとあの人…中葉に捕まってしまう。
舞は中葉の迫力に完全に押されていた。
電車はまだ停車していなかった。
この時程、電車の停車速度を遅く感じたことは無い。
早く、早く止まって。そして扉を開けて!
舞は焦れていた。
早く逃げ出したい。
中葉が来る前に電車に乗って、その扉を閉めてしまいたい。
だが、そんな舞の望みに反するかのように、電車はまだ完全には止まりきっていなかった。
中葉は眼前に迫っているのに!
もう、なす術が無い。
舞の元までやってきた中葉は、舞の肩を軽く叩いた。
「ちょっと、こっちに来て」
それと同時に、ようやく電車の扉が開いた。
響歌は舞の腕を取ると、中葉に何も言わずに電車に乗り込んだ。響歌に引っ張られる形で舞も電車に乗り込む。
間一髪だったが、なんとか間に合った。これでもう大丈夫だろう。
舞は安堵した。
響歌もそう思い、掴んでいた舞の手を離した。
後はいつもの自分達の指定席に行くだけだ。
響歌が中葉に背を向けて歩き始めたので、舞もそれに続こうとする。
その時、舞の腕が強い力で引っ張られた。舞は倒れそうになり、慌てて倒れないようその方向へ足を数歩動かした。
それは…本当に無意識でのことだった。
舞は中葉によって、電車からホームへと戻されてしまったのだ!
響歌はまだそのことに気づいていない。彼らに背を向けて奥の方へと歩いていく。
中葉は舞を電車に乗らせないつもりなのだろう。舞の手を引っ張って歩き始めた。
それでも舞の方も、このまま中葉の思い通りにはなりたくない。必死に電車に戻ろうとする。 だが、男性の力に勝てず、引きずられるように電車から離されてしまった。
舞の目の前で、ついに電車の扉が閉じてしまった。
その時、ようやく響歌が、舞がホームに戻されたことに気づいた。
電車に乗っていた他校生の男子達が面白そうに舞達を見ていたからだ。
「いいぞー!」
「やれやれ~!」
そんな声まであがっている。
その声は舞の耳にも入っていた。
恥ずかしくてたまらない。中葉の力に抵抗する気力も無くなってしまった。
中葉もそれがわかったのだろう。舞の腕から手を離した。
そうして舞が呆然としている中、舞が乗るはずだった電車は響歌だけを乗せてホームから去っていった。
空は薄紅色に染まっていた。宮内駅の改札付近では、帰宅時間帯だということもあって学校や会社帰りの人でごった返している。響歌はその光景をホームのベンチに座って見ていた。その手には時間潰しの為のスマホがある。
響歌がこの駅に着いてから1時間が経とうとしていた。
もうすぐこのホームに比良木高校生達が乗っているであろう電車が到着する。駅近くにある踏切が鳴り出したからだ。それとは数秒遅れで電車の到着を伝えるアナウンスも聞こえてきた。
もしかするとこの電車には乗っていないのかもしれない。乗っている保証など、どこにも無い。それどころか何時の電車に乗って帰ってくるのかもまったくわからないのだ。
それでも響歌は待ち続けるつもりだった。
中葉に捕まったまま別れてしまった舞がとても気になったから。
舞は電車から降りると、すぐに響歌の姿を見つけた。
「あ~、響ちゃん。待っていてくれたんだ!」
きっと自分を待っていてくれていた。その理由も、聞かなくてもわかってしまう。あんな形で中葉に捕まった自分を心配してくれているのだ。
舞は感激して、響歌に抱きついた。
「わかった、わかった。嬉しいのはわかったから早く離れて。ほら、周りから注目されているでしょ!」
響歌は周囲を気にしながら、自分に抱き着いている舞を離した。
「だって感激しちゃって。響ちゃんが私のことを心配してくれたんだと思ったら、ついついさぁ」
「取り敢えず元気そうで安心したよ。この時間に帰ってこられたことにもね。中葉君にホームに引っ張られていった時はどうなることかと思ったけど、案外早く帰してくれたんだね」
響歌は舞がこの電車に乗っているのは思っていなかった。
中葉のあの様子だと、話はこじれるだろう。もしかしたら終電になっても帰ってこないかもしれない。そんな覚悟もしていた。
中葉に引き止められた舞が抵抗できたことなんて無かったからだ。
電車から降りてくる乗客をチェックはしていたが、期待はしていなかった。
それがまさか1時間後の電車で帰ってきたなんて。
電車から降りてきた舞を見ても、すぐには実感が沸かなかった。
さすがに抱き着かれた時は実感せざるを得なかったが…
舞が怒ったように言う。
「当たり前だよ。今日は絶対に早く帰るって決めていたんだから。あの人とは1秒でも早く離れたかったしね。引き止められて滅茶苦茶最悪だったけど、あの後も中葉君とは一言も話さなかったわよ!」
「えっ、中葉君と話していないの?」
「私が言いたいことは全部手紙に書いたもの。それに廊下でも、中葉君に言ったんだから。で、叩かれて終わり。その時点で、既に彼との関係は終了しているのよ。終わった後にあれこれ言ったって余計こじれるだけじゃない!」
凄い怒りだけど…まぁ、1時間も拘束されたんだから、ムッチーがこうなっても不思議はないか。
でも、1時間も一緒にいて何も話していないのも問題なのでは?
さっきの様子だと、中葉君の方は全然納得していないような気がするし…
「中葉君の方からは何か言ってなかったの?」
「最初はグチグチ言っていたような気がするけど?でも、私は聞いていなかったからね。だからあの人も途中から黙っちゃった。これ以上、私に言っても無駄だと思ったみたい。きっとようやくだけど諦めてくれたんだよ」
舞は本当に楽観的だった。
響歌の考えは舞とは違った。中葉はまだ舞のことを諦めていない。途中で黙ってしまったのは、今日はこれ以上言っても無駄だとわかり、また別の機会にしようと思っているだけなのではないか。
確信まではいかないが、そんな気が大いにする。
それでも今日のことは舞にとっては気の毒だったし、これ以上まわりがとやかく言っても仕方がない問題だとも思ったので不安にさせるようなことは口にしなかった。
代わりに出てくるのは食欲のことだ。
「心配事が無くなったから、急にお腹が空いてきたわ。せっかくこの時間に2人でいるんだし、ここはあそこに行くべきでしょ?」
舞は突然の提案に驚いたものの、すぐに笑顔になった。
「カトちゃんのことだね。私と響ちゃんは本当に気が合うよ。実は私もお腹が空いていたんだ。カトちゃんに行くのも久し振りだし、そうと決まれば早く行こう!」
既に乗り気である。
舞に急かされた響歌も異論は無かった。
「そうだね。久し振りにサンドイッチを食べに行こう」
「私はチーズトーストにホットケーキだよ」
「飲み物はアイスコーヒー」
「響ちゃんはやっぱりそれなんだね。私はアイスティーの気分だな」
お互いの好みを言い合いながら、2人は宮内駅を後にした。