少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 真子の姿に最初に気づいたのは響歌だった。

「あっ、まっちゃんが出てきたよ」

 響歌の相性結果を見ていた3人は、その声でゲームセンターの入口にその目をやる。

 真子が舞達の元に来るなり、紗智が声をかけた。

「まっちゃん、どうだった?」

「…さっちゃん」

 真子は少し元気が無さそうだった。しかも言いにくそうにしている。やはりあまりいい占い結果ではないのだろうか。

 真子の様子からして、その可能性は高かった。

 だが、それだと真子はみんなに結果を言わないかもしれない。それは舞達にとってはかなり面白くないことだ。こういった占いはみんなで報告しあってキャッキャ言い合うのが楽しいのだから。

 その中で、1人だけ黙っているのはダメだろう。この場のムードがしらけてしまう。

 そうなる前に、まっちゃんから占い結果を奪い取る!

 舞は真子の傍に寄ると、真子が手に持っていた結果を奪った。

「あっ、ムッチー!」

 真子は慌てて取り返そうとしたが、この時の舞の動きは早かった。

 真子に背を向けて結果を見る。

「…あれ?」

 舞の口から出た言葉はこれだけだった。

「ムッチー、どうだったの?」

 歩が訊くと、舞はすぐに答えた。

「40%だよ。私の結果とあまり変わらないね」

 予想外の結果に、舞は拍子抜けだった。

 真子の様子からしてかなり低い結果が出たのだろうと思っていた。それこそ10%や20%だと。

 それなのに結果は自分と同じくらいだったのだから、心配して損したような気分だった。

 この結果だと、真子が高尾とつき合えても不思議ではない。現に自分達がつき合ったのだから。

 あと5%真子が頑張れば高尾とつき合える。実際の確率は0%だというのに、これだと大どんでん返しだ。

 だが、当の真子は浮かない顔だった。舞だけではなくて響歌の結果も聞いたからだ。何しろ響歌は92%、88%といった驚異的な数字を叩き出していたのだから。

 その後だと、どうしても自分の相性結果は低いと感じてしまう。しかも自分よりも少し上の結果だった舞と中葉はつき合っていたが、既に別れてしまった。やはり45%だったから相性が悪かったというより他はないのではないか。

「ムッチーと中葉君よりも下だなんて。占いとはいえ、やっぱりショックだなぁ」

 それを言うなら、まっちゃんと高尾君より5%しか変わらない自分の方がショックなのでは…

 不満そうな舞の傍で、響歌が真子を励ました。

「まぁ、まぁ。占いくらいでそんなに落ち込まない。それに数字ばかり気にするんじゃなくて文章を読んでおいた方がいいわよ。結構いいことが書いてあるから。なになに…まっちゃんのは『あなたが積極的にアピールしていけば、彼も次第にあなたに興味を持ってくれるでしょう』と書いてあるわよ。これを参考にして高尾君へのアプローチ方法を考えていけば、まだまだ可能性はあるのよ。遊びとはいえ、なかなか的確なことを書いてくれているわ。私のもそうだったけど、この占い機は侮れないよ」

 遊びとはいえ、侮れない。それは用紙にでかでかと書かれたパーセンテージではなくて、下の方にあるワンポイントアドバイス的な文章のことを指している。

 何しろ響歌の結果の黒崎の方には『自分のノリに合わせてくれる女性が好みのタイプ。それに世話好きの女性にも惹かれがちです』と書いてあり、橋本の方には『彼の真剣な話を誤魔化さないようにしましょう』と最後に締めくくってあったのだ。

 黒崎が好きだった加藤はまさにそれに当てはまっているし、橋本に書いてあった文章の最尾の一文を見た時、響歌は驚いてしばらくその文章から目が離せなかった。

「私の方の結果には『言いたいことは内に秘めず、相手に言いましょう。そうしないと最後に爆発する』っていうようなことが書いてあるよ」

 舞も感心したように自分の占い結果を見ている。

 はっきりいって大当たりではないか!

 だとすればこの占い結果に書いてあるアドバイスを参考にすれば結構上手くいくのではないだろうか。

「やっぱりお見舞いに行くしかないよ、まっちゃん」

 紗智が気合を入れるような感じで真子の肩を叩いた。

 その傍で歩も、うん、うん、と頷いている。

 高尾が比良木入病院に入院して1週間が過ぎた。彼が学校に来るまであと1週間ある。

 比良木病院は比良木駅と駿河駅の中間にある。実はお見舞いに行きやすい場所なのだ。現にクラスメイトの何人かは高尾のお見舞いに行っているらしい。

 舞は真子を奮起させる為に今まで黙っていた情報を流した。

「そういえば加藤さんって、今週にもまた高尾君のお見舞いに行くという話だよ」

 その加藤は、先週も下田と一緒に高尾のお見舞いに行っていた。しかもその時に、今週のコース別の授業のノートを高尾に見せてあげる約束をしている。だから今週末にも高尾の病院に行くらしい。中葉との交換日記にそういったことが書いてあったのだ。

 中葉と別れたはずなのに、何故か未だに交換日記のやり取りはしている舞だった。

 舞の情報はどこから仕入れたものなのか。歩にはある程度の察しはついていたが、今現在の問題は舞の仕入れ先ではない。真子のことだ。だからそこには突っ込まず、そのまま舞の情報に肉づけする。

「加藤さんだけじゃなくて、谷村さんもお見舞いに行ったという話だよ。谷村さんって、最近、比良木病院に膝の治療で通っている矢島博美(やじまひろみ)さんと一緒に帰っているっていうじゃない。それまでは違う人と下校していたのに。それって、もしかしなくても高尾君に会うのが目的なんじゃないのかなぁ」

 歩は意味ありげに真子を見ている。口では言っていないが、視線で真子を促しているのだ。

「それだったら、まっちゃんも行かないと。考えてみればお見舞いに行く方が、高尾君と学校で話すよりも親密な会話ができてお得なんじゃないかな。お見舞いに行かなければ、あと1週間も高尾君の姿が見られないわけだし。まっちゃんだって、高尾君の姿が見られないのは淋しいでしょ?」

 歩が視線でなら、言葉で促すのは響歌だ。

 そんな彼女達を前にしても、真子は気が進まないようだ。いや、気が進まないよりかは臆しているような感じだった。

「まっちゃんも勇気を出して行こう!」

 紗智が臆している真子を揺さぶる。

 だが、その時、真子が豹変した。彼女にしては非常に珍しい鋭い目で舞達を睨んだ。

「みんな、簡単そうにお見舞いに行けって言うけど、それがどれだけ勇気がいるか知らないでしょ。もし、みんなの好きな人が、それも一言も話したことが無い状態の時に入院したら、みんなは気軽にお見舞いに行けるの?」

 真子の鋭い目つき、そして鋭い口調に、4人は驚いた。

 みんな、こんな真子の姿は見たことが無かった。驚きのあまり真子の言葉に答えることができない。

 そんな彼女達を前に、今度は沈んだ様子で言う。

「キツイ言い方をしてごめん。でも、本当に怖いの。自分の心がビビッているの。病院に行って高尾君と…と考えると。ごめん、ごめんね、みんな。もっと私に勇気があったらいいのに。できることならみんなの勇気が欲しいよ。いつでもどこでも使える勇気が欲しい。泣き言ばかりで申し訳ないんだけど…でも、本当にそう思ってしまうんだよ」

 真子が言うこともわからないことではない。いつでもどこでも使える他人の勇気。そんなものがあるのなら、ここにいる舞達全員が欲しいくらいだ。

 だが、実際にはそんなことができるはずがない。

 それに真子の言葉は、泣き言ばかりで現状から逃げているだけだ。それだと実る恋も実らないだろう。

 こんなことを言われては応援する気も無くなってしまう。勇気を出して行動する人を、人は応援したくなるものだから。それを始めから勇気が無いと決めつけて、それを理由に逃げてばかりいては、いくら友達でも『だったら、勝手にしろ』と言いたくなる。ここにいる4人すべてがそう思っていた。

 しかしそれを口に出す者は、ここにはいない。

 本当ならば、ここにいる誰かが真子のことを叱らなければならない。そしてみんなで励まして真子が勇気を出して行動に移せるようにしないといけない。

 だが、それはみんなが何も知らない状態だったら…の話だ。

 舞達は既に高尾の真子に対する気持ちを知っている。そしてその高尾が、真子の自分に対する想いを知っているということも。

 きっかけはなんであれ、舞の口から高尾に真子の気持ちがバレてしまった。舞本人は特に罪悪感を持っているし、それ以外の3人も、自分は関係ないとはいえ後ろめたさを感じていた。だからこそ真子が高尾のことで泣き言ばかり言っていても強く叱咤することができないでいた。

 これが高尾以外のことで泣き言を言っているのであれば、すぐに誰かが真子を怒っていただろう。

 だが、真子は高尾のことばかりでそんなことを言っているので、みんな何かしら感じることはあっても強く意見することを控えてしまう。そして自然なように話題を変えてしまう。

 しかし…いつまでもこのままでいいのだろうか。
 舞は不満だった。

 確かに今でもあの件に対して罪悪感があるし、気の毒な気持ちもある。

 でも…それが原因で、まっちゃんに言いたいことを言えずに終わることを、私達はずっと続けなければいけないの?

 理由はなんであれ、言いたいことを口にしないっていうのは、それは本当の友達ではないんじゃないの?

 ということは私達って、所詮、上絵だけのつき合いってヤツ?

 そこまで考えて、舞は頭を振った。

 冗談ではない。そんな関係なんて、自分は誰とも築きたくはない。

 そりゃ、社会に出ればそんなつき合いもしていかなくてはいけない場合もあるだろうが、今はまだ自由気ままに振る舞える学生の身分だ。

 そんな時なのに、なんでそんな薄っぺらいつき合いをしなくてはいけないのよ。しかも友達同士で!

 まっちゃんは私の本当の友達じゃないの?

 そんなはずはない。絶対にそうではない。


 恋愛のことで泣き言ばかり言っているけど、やっぱりまっちゃんにもいいところはたくさんあるわ。少しアニメおたくチックでかなり乙女チックなところはあるけど、優しくて穏やかないい人よ。

 まっちゃんと私は上辺だけのつき合いではない。上辺だけのつき合いで終わらせたくはない。

 それならここで、まっちゃんと本当の友情関係を築くべきでしょ!

 舞は自分を奮い立たせた。彼女は突然真の友情に目覚めたのだ。

「ダメよ、まっちゃん。そんなことじゃ、ダメ。それじゃあ、高尾君は他の女に取られちゃうよ。なんたって高尾君はモテるんだから。そんな人を好きになったんだから、自分から積極的にいくしかないじゃない。悠長に勇気がどうのとか言っている場合じゃないよ。そんなことをウダウダ言っているうちに、積極的にアピールしている女に高尾君を取られちゃうんだから。そもそも高尾君が今もまだフリーというのが奇跡的なことなんだよ。それとも、何。まっちゃんは片想いのままでいいの?彼女ができて幸せいっぱいの彼を木の影から見つめているだけでいいんだ。それならそれで、私は別にいいんだけどねっ!」

 舞の突然の豹変に、響歌達は唖然としている。

 今、自分が耳にしたもの。これは本当に舞の口から出た言葉なのだろうか。

 響歌も、紗智も、歩も、同じ思いを抱えていた。いや、これはいつか誰かが言うであろう言葉だった。

 口には出さなかったが、それぞれ真子に対して思うところがあった。

 まさに、舞が今言ったことである。

 みんなが思っていて、未だに言い出せなかったこと。それでもいつか真子に言わなければいけないと誰もが思っていた。

 罪悪感や同情心から今まで黙って真子の泣き言を聞いてはいたが、その限界が実は3人共にきていた。舞が言わなくても、近いうちに誰かが言葉にしていただろう。

 それは自分かもしれないし、他の2人の口からかもしれない。

 だが、まさかこの言葉を、舞の口から聞くことになるなんて!

 舞は真子の気持ちをバラした張本人。高尾のことでは真子を突く気にはなれないはずだ。逆に、真子が高尾のことで行動しないようにしていただろう。真子が動かなければ、放置すればいい。それが一番いい。

 それに加えて以前の彼女は、言いにくいことだと自分からは言わずに誰かが言うまで待っていた。どんなに長い間待つことになっても、とことん待っていた。舞はそんな人物だった。

 だからこそそんな人物だった舞が、感情に駆られたとはいえ自分から真子をけしかけるとは、響歌達は思いもしなかった。

 他人から聞いた話なら、きっと信じていないだろう。

 だが、それは現実に響歌達の目の前で起こっていた。

 信じられなくても、信じなくてはいけない。

 中葉との3カ月のつき合い。そして、別れ。一つの恋愛を経験して、舞は変わっていたのだ。明らかに良い方向に。

 響歌達3人は、驚きながらも感慨深く舞を見つめていた。

 それでも言われた側の真子は、さすがに響歌達と同じ気持ちで舞を見ることはできない。今日もいつものように肯定してくれると思っていたのに、否定されたのだ。

 しかも舞の口から!

 いつも、うん、うん、と自分の話を聞いてくれていたのに!

 自分は見捨てられた。そう感じても不思議ではない。しかも今まで誰も真子に対して厳しいことを言わなかったから余計にダメージは大きい。

 真子は失望感と共に怒りが込み上げてきた。

「なんで急にそんなことを言うの。今までは私の言葉に同意してくれていたじゃない。それをいきなり人が代わったかのように否定するなんて酷いよ。だいたい彼女ができた高尾君を見ていて嬉しいはずがないじゃない。きっと心が破裂しそうなくらいショックを受けるよ。彼女ができたその日から、高尾君のことは辛くて見られないに決まっている。泣きながら諦めるしかないのに、なんでそんなことを言うの!」

 舞は真子に反論されても少しも怯まず、逆に彼女を睨みつけた。

「だったら泣き言ばかり言っていないで、少しは行動に移しなよ。黙っていても、高尾君は来てくれないんだよ。そりゃあ、私だって勇気が出ない気持ちは凄くわかる。まっちゃんの、高尾君を前にして怯んじゃう気持ち、凄く、凄くわかる。この中で一番わかるかもしれない。だって私も、まっちゃんと同じように男子と話すのは苦手だもん。男子と気軽に話せる人を凄く羨ましく思っちゃうしさ」

「だったら、なんで…」

「だからこそ私が言わなければならないの。私の中にだって、男子と気軽に話ができる人を羨ましく思う気持ちはまだあるけど、自分の恋愛にそのことを理由にしちゃ、絶対にダメだよ。行動に移すこともなくてマイナスなことばかり言っている人に高尾君が惚れてくれるわけがないじゃない。それって逃げているだけなんだから!」

「そ、そんなこと、言ったって…」

 真子は反論しようとしたが、その声は弱々しい。しかもすぐに黙ってしまった。

 そんな彼女を見ながら、今度は静かに話を続ける。

「私、思うんだけどね。今、男子と気軽に話ができる人の中には、もちろん元々の性格もあるのだろうけど、そうじゃない人だっているはずなのよ。でも、その人達も、過去のどこかでそういう怯えた気持ちを乗り越えてきているんじゃないかな。初めてのことに対して行動することに必要な勇気って、みんな同じだと思うもん。特に自分の好きな人に話しかけるなんて、どんな人でもかなり勇気を出しているんだと思う。だってさぁ、響ちゃんも1年の最後にみんなで海に行った時、そんなことを言っていたじゃない。自分を追い詰めて、この時を逃したら黒崎君と話す機会は二度とないって、自分を奮い立たせて話しかけているって。ねぇ、響ちゃん。そうだったよね」

 いきなり名前を出された響歌は、驚きながらも頷いた。

 それを確認した後、舞は再び真子に向かう。

「響ちゃんの言葉を聞いた時、まっちゃんはどう思ったの。どう感じたの。驚かなかった?」

「そ、そりゃあ、驚いたよ。まさか響ちゃんが、そんなことを思っているなんて夢にも思わなかったもの。いつも周囲には男子達がいるし…正直、凄く羨ましいと思っていた。響ちゃんのようになりたいって思ったことも何度もあった。そんな響ちゃんの口からあんな言葉が出たんだもの。驚かない方がおかしいよ。正直なところ、今でも信じられない」

 響歌はなんとも言えない表情をしている。

 信じられないと言われても、あれは本当の気持ちだった。

 そう言いたいような気もしたが、今は自分の出る幕ではない。まだ舞のターンは続いている。それを折る気は、自分には無い。
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