少女達の青春群像 ~舞、その愛~
高尾の恋人
あの日から数週間経った。みんなの中に変な緊張感はあるが、表立っては何も変わっていなかった。きっと今日も何も起きずに過ごせられるだろう。中葉が行動しなければ、の話にはなるが。
3時間目と4時間目の間の中休み。響歌は紗智と真子、そして沙奈絵と一緒に他愛もない話をしていた。亜希の姿は教室のどこにも無い。
だが、その時、教室にいなかった亜希が走りながら響歌達のところに来た。
「ねぇ聞いてよ、みんな。やっぱり高尾君って、彼女がいるんだって!」
3人の時が一瞬止まった。
それでもその中の2人はすぐに覚醒する。
あ~、とうとうバレちゃったか。
2人の思いは一緒だった。その視線は亜希の方にある。真子の方にはとてもじゃないけど目が向けられなかった。
何も知らない沙奈絵が、ただ1人、ほんわりとした雰囲気を漂わせていた。
「へぇ、そうなんだ。でも、高尾君って、前から彼女がいそうだったもんね。ところで、亜希ちゃん。高尾君の相手って、誰なのか知っているの?」
「塩見エリっていう普通科の人なんだって。でも、その人って、2組の人だから5組とはあまり接点無いし、部活もバトミントン部なんだよね。高尾君はバスケ部でしょ。しかも出身中学も別々なのにどうやって知り合ったんだろう?」
亜希の疑問に答える者は、この場にはいなかった。
紗智は見当がついていたが、この場で話すつもりはまったく無かった。
響歌の方も、塩見エリという名に覚えがあった。
実は塩見エリが所属するバドミントン部は、黒崎も2年の春まで所属していた。しかも男子のバドミントン部は黒崎を含めて2名しか部員がいなかった。さすがに2名だと練習にならないので、男子はいつも女子と合同で練習していた。だから黒崎と塩見は結構仲がいい。1年の夏休みも一緒に浄瑠璃海岸に行っていたくらいだ。
これは舞が講習の帰りに2人の姿を目撃していたので間違いはない。しかもその日、響歌も黒崎自身の口から『今日の部活が終わってから、浄瑠璃海岸に行ってみようと思っている』と聞いていた。
その時、響歌が受けた衝撃はかなりのものだった。何しろその時期は、黒崎の存在のお陰で彼氏と別れた時の傷が癒えてきた時の出来事だったのだから。
今でもその時の衝撃の大きさは覚えているし、思い出すと共になんとも言えない気持ちになってくる。
あの人は彼女なのか。それともただの女友達なのか。
ただの女友達だったとしても、響歌からしたら凄く羨ましいことだった。自分も黒崎と一緒に学校外で楽しく過ごしてみたい。そう思って、塩見に嫉妬していたものだ。
そんな人物の名を、今ここで再び耳にすることになるなんて…
いや、黒崎繋がりだから、なのかもしれない。響歌はそんな予想を密かにしていた。
その時、真子が静かに席を立った。
「あれ、まっちゃん。どこか行くの?」
亜希が真子に声をかけると、言いにくそうに返す。
「うん、ちょっと…」
真子はそのまま教室から出て行った。
「まっちゃん、どうしたんだろう。トイレかな?」
不思議そうな亜希を見て、紗智は安堵した。
良かった。この様子じゃ、気づいていない。
「そうだね、きっとトイレだよ。それよりもよくそんな情報を仕入れてきたよね、亜希ちゃん」
響歌がさり気なく話を逸らすと、亜希が得意そうにした。
「そうでしょ。響ちゃんも情報通だけど、私だって、なかなかのものでしょ」
「うん、そう思う」
沙奈絵が亜希の言葉に素直に頷いた。
それでも得意げだった亜希は、沙奈絵を見て気まずそうにした。
「でも…さ、実はその情報の半分は、さっちゃんのお陰なんだよね。ほら、高尾君の二股疑惑の時、塩見さんが怪しいって言っていたでしょ?」
「あ、うん。そういえば亜希ちゃんにもそんなことを話していたよね」
紗智が思い出したように言った。
「そこからわかったのよ。私も2組に友達がいるから、その子を通して…ね」
「なる程、そういうわけか。でも、他人の恋路をわざわざ調べるなんて、あんたも相当暇人ねぇ。お陰で私達も楽しめるけど」
亜希は響歌の言葉が気に入らなかった。頬を膨らませる。
「暇人だなんて、失礼な。相手はあの、超大嫌いな高尾君なのよ。そんな相手の情報を、わざわざ調べたわけがないでしょ。たまたま2組の友達にそのことを話したらわかっただけで…」
「ごめん、ごめん。冗談だって。わざわざ亜希ちゃんが調べるはずがないとは私も思っていたよ。だからそんなに怒らないで」
響歌が亜希をなだめたが、亜希はまだ膨れっ面だ。
そんな中、沙奈絵が紗智に自分が感じた疑問を言った。
「でもね、さっちゃん。なんでさっちゃんは、塩見さんが怪しいってわかったの?」
そういえば…そうだ。
しかも紗智は響歌達に話していた時に確信しているかのようだった。塩見という名こそ出さなかったが、2組の子が怪しいときっぱり言っていた。
何故、その時に気づいて追及しなかったのだろう。
完璧に聞き流してしまっていた。冷静に聞いていればすぐ疑問に思うことなのに!
後悔の念でいっぱいの響歌の前で、紗智は言い辛そうに口を開いた。
「うん、実は…塩見さんとは同じ学校で、その…友達なの」
なんですって!
3人の思いは一緒だった。
だとすればさっちゃんって、亜希ちゃんが知る前から真相を知っていたんじゃないの?
そうでなければ、あんなにもきっぱりと言い放つことなんてできないわ。
響歌はそう思ったが、今まで黙っていた紗智を責める気にはなれなかった。
さっちゃんはまっちゃんの友達だけど、塩見さんの友達でもある。ということは、今は2人の間には挟まれている状況なのよ。
さっちゃんの方も色々あるんだね。
響歌が同情している前では、亜希が紗智に問い詰めていた。
「ということは、さっちゃんは始めから真相を知っていたわけだよね。ねぇ、どうして言ってくれなかったの。それにいつ、どこで、それを知ったの?」
紗智は困っていたが、さすがにここまで話すともう誤魔化せないだろう。
亜希の様子からして、すべて話さなければ解放されなさそうだ。そこに真子が戻ってくれば益々話しにくくなってしまう。
「あの2人もちゃんとつき合いだしたのはごく最近なのよ。それこそ高尾君が退院した後だから。それまでは噂通り、本当に二股かけられていたのよ。だから私も頭にきて、高尾君を問い詰めたことがあったんだ」
「えぇっ、問い詰めたぁー?」
亜希が驚きのあまり声を上げた。
沙奈絵は意外そうに紗智を見ている。
2人は紗智が教室で高尾と話すところを見たことが無かったからだ。
響歌は思い当たることがあったので、2人よりは驚かなかったが…
「そういえばさっちゃんって、1年の頃に渡り廊下で高尾君と話していたことがなかった?」
響歌の思わぬ言葉に、今度は紗智が驚いた。
「うん、その時だよ。部活に行くところを捕まえて問い詰めていたんだ。でも、響ちゃん。よく知っているね。もしかして見ていた?」
「いや、私じゃなくて中葉君が見ていたらしく、あの2人は怪しいって言っていたんだ。でも、私は腑に落ちなかったから聞き流していたのよ」
「えっー、怪しいだなんて滅茶苦茶心外だよ。そんなのあるわけがないじゃない!」
「だから私も、さっちゃんには確認しなかったんだって」
「当たり前だよ。中葉君も本当に余計なことを言ってくれるんだから。ただ問い詰めていただけなのに、なんでそんな風になるんだか」
「あの人の勘違いは今に始まったことじゃないからね。それよりも問い詰めた後のことを教えてよ。高尾君はどう言い逃れをしていたの?」
紗智はまだ言い足りなかったが、響歌に質問されたので渋々切り上げた。
「どうって、何も。重大なことは聞けなかったわよ。曖昧に逃げられて終わり。まぁ、結局1人に絞ったみたいだけど。でも、これでエリちゃんが幸せになれるとは思わないわね」
響歌達に話しながら、遠くの席で男子達と話している高尾を睨んでいる。
惚れてしまったものは仕方がないが、紗智としてはなんで自分の友人達が女グセの悪い男に引っかかったのか理解ができなかった。
遊ばれた後、捨てられるに決まっているのに!
紗智の中で高尾の評価は地に落ちていた。
紗智に意気揚々と同意するのは、亜希だ。
「そうだよね、さっちゃん。塩見さんには悪いけど、私も高尾君がこのまま塩見さん一筋になるとは思えないな。きっと浮気されて終わっちゃうよ。塩見さんもそれがわからないのかしらね」
本当に、高尾の評価は低い。
真子がこの場から離れてくれて良かったと、安堵せずにはいられない響歌だった。
高尾君がせっかく退院してくれたのにねぇ。
まっちゃんは涙が出るくらい嬉しいと言っていたが、今となってはそれも虚しく感じてしまう。
舞が真子を責めてからまだ1カ月も経っていない。その中で新たに判明した高尾の彼女説。
真子は立ち直れるだろうか。
そろそろ4時間目のベルが鳴る。真子も教室に戻ってくるだろう。その時、彼女はいったいどんな表情をしているのだろうか。
響歌は不安でいっぱいだった。
3時間目と4時間目の間の中休み。響歌は紗智と真子、そして沙奈絵と一緒に他愛もない話をしていた。亜希の姿は教室のどこにも無い。
だが、その時、教室にいなかった亜希が走りながら響歌達のところに来た。
「ねぇ聞いてよ、みんな。やっぱり高尾君って、彼女がいるんだって!」
3人の時が一瞬止まった。
それでもその中の2人はすぐに覚醒する。
あ~、とうとうバレちゃったか。
2人の思いは一緒だった。その視線は亜希の方にある。真子の方にはとてもじゃないけど目が向けられなかった。
何も知らない沙奈絵が、ただ1人、ほんわりとした雰囲気を漂わせていた。
「へぇ、そうなんだ。でも、高尾君って、前から彼女がいそうだったもんね。ところで、亜希ちゃん。高尾君の相手って、誰なのか知っているの?」
「塩見エリっていう普通科の人なんだって。でも、その人って、2組の人だから5組とはあまり接点無いし、部活もバトミントン部なんだよね。高尾君はバスケ部でしょ。しかも出身中学も別々なのにどうやって知り合ったんだろう?」
亜希の疑問に答える者は、この場にはいなかった。
紗智は見当がついていたが、この場で話すつもりはまったく無かった。
響歌の方も、塩見エリという名に覚えがあった。
実は塩見エリが所属するバドミントン部は、黒崎も2年の春まで所属していた。しかも男子のバドミントン部は黒崎を含めて2名しか部員がいなかった。さすがに2名だと練習にならないので、男子はいつも女子と合同で練習していた。だから黒崎と塩見は結構仲がいい。1年の夏休みも一緒に浄瑠璃海岸に行っていたくらいだ。
これは舞が講習の帰りに2人の姿を目撃していたので間違いはない。しかもその日、響歌も黒崎自身の口から『今日の部活が終わってから、浄瑠璃海岸に行ってみようと思っている』と聞いていた。
その時、響歌が受けた衝撃はかなりのものだった。何しろその時期は、黒崎の存在のお陰で彼氏と別れた時の傷が癒えてきた時の出来事だったのだから。
今でもその時の衝撃の大きさは覚えているし、思い出すと共になんとも言えない気持ちになってくる。
あの人は彼女なのか。それともただの女友達なのか。
ただの女友達だったとしても、響歌からしたら凄く羨ましいことだった。自分も黒崎と一緒に学校外で楽しく過ごしてみたい。そう思って、塩見に嫉妬していたものだ。
そんな人物の名を、今ここで再び耳にすることになるなんて…
いや、黒崎繋がりだから、なのかもしれない。響歌はそんな予想を密かにしていた。
その時、真子が静かに席を立った。
「あれ、まっちゃん。どこか行くの?」
亜希が真子に声をかけると、言いにくそうに返す。
「うん、ちょっと…」
真子はそのまま教室から出て行った。
「まっちゃん、どうしたんだろう。トイレかな?」
不思議そうな亜希を見て、紗智は安堵した。
良かった。この様子じゃ、気づいていない。
「そうだね、きっとトイレだよ。それよりもよくそんな情報を仕入れてきたよね、亜希ちゃん」
響歌がさり気なく話を逸らすと、亜希が得意そうにした。
「そうでしょ。響ちゃんも情報通だけど、私だって、なかなかのものでしょ」
「うん、そう思う」
沙奈絵が亜希の言葉に素直に頷いた。
それでも得意げだった亜希は、沙奈絵を見て気まずそうにした。
「でも…さ、実はその情報の半分は、さっちゃんのお陰なんだよね。ほら、高尾君の二股疑惑の時、塩見さんが怪しいって言っていたでしょ?」
「あ、うん。そういえば亜希ちゃんにもそんなことを話していたよね」
紗智が思い出したように言った。
「そこからわかったのよ。私も2組に友達がいるから、その子を通して…ね」
「なる程、そういうわけか。でも、他人の恋路をわざわざ調べるなんて、あんたも相当暇人ねぇ。お陰で私達も楽しめるけど」
亜希は響歌の言葉が気に入らなかった。頬を膨らませる。
「暇人だなんて、失礼な。相手はあの、超大嫌いな高尾君なのよ。そんな相手の情報を、わざわざ調べたわけがないでしょ。たまたま2組の友達にそのことを話したらわかっただけで…」
「ごめん、ごめん。冗談だって。わざわざ亜希ちゃんが調べるはずがないとは私も思っていたよ。だからそんなに怒らないで」
響歌が亜希をなだめたが、亜希はまだ膨れっ面だ。
そんな中、沙奈絵が紗智に自分が感じた疑問を言った。
「でもね、さっちゃん。なんでさっちゃんは、塩見さんが怪しいってわかったの?」
そういえば…そうだ。
しかも紗智は響歌達に話していた時に確信しているかのようだった。塩見という名こそ出さなかったが、2組の子が怪しいときっぱり言っていた。
何故、その時に気づいて追及しなかったのだろう。
完璧に聞き流してしまっていた。冷静に聞いていればすぐ疑問に思うことなのに!
後悔の念でいっぱいの響歌の前で、紗智は言い辛そうに口を開いた。
「うん、実は…塩見さんとは同じ学校で、その…友達なの」
なんですって!
3人の思いは一緒だった。
だとすればさっちゃんって、亜希ちゃんが知る前から真相を知っていたんじゃないの?
そうでなければ、あんなにもきっぱりと言い放つことなんてできないわ。
響歌はそう思ったが、今まで黙っていた紗智を責める気にはなれなかった。
さっちゃんはまっちゃんの友達だけど、塩見さんの友達でもある。ということは、今は2人の間には挟まれている状況なのよ。
さっちゃんの方も色々あるんだね。
響歌が同情している前では、亜希が紗智に問い詰めていた。
「ということは、さっちゃんは始めから真相を知っていたわけだよね。ねぇ、どうして言ってくれなかったの。それにいつ、どこで、それを知ったの?」
紗智は困っていたが、さすがにここまで話すともう誤魔化せないだろう。
亜希の様子からして、すべて話さなければ解放されなさそうだ。そこに真子が戻ってくれば益々話しにくくなってしまう。
「あの2人もちゃんとつき合いだしたのはごく最近なのよ。それこそ高尾君が退院した後だから。それまでは噂通り、本当に二股かけられていたのよ。だから私も頭にきて、高尾君を問い詰めたことがあったんだ」
「えぇっ、問い詰めたぁー?」
亜希が驚きのあまり声を上げた。
沙奈絵は意外そうに紗智を見ている。
2人は紗智が教室で高尾と話すところを見たことが無かったからだ。
響歌は思い当たることがあったので、2人よりは驚かなかったが…
「そういえばさっちゃんって、1年の頃に渡り廊下で高尾君と話していたことがなかった?」
響歌の思わぬ言葉に、今度は紗智が驚いた。
「うん、その時だよ。部活に行くところを捕まえて問い詰めていたんだ。でも、響ちゃん。よく知っているね。もしかして見ていた?」
「いや、私じゃなくて中葉君が見ていたらしく、あの2人は怪しいって言っていたんだ。でも、私は腑に落ちなかったから聞き流していたのよ」
「えっー、怪しいだなんて滅茶苦茶心外だよ。そんなのあるわけがないじゃない!」
「だから私も、さっちゃんには確認しなかったんだって」
「当たり前だよ。中葉君も本当に余計なことを言ってくれるんだから。ただ問い詰めていただけなのに、なんでそんな風になるんだか」
「あの人の勘違いは今に始まったことじゃないからね。それよりも問い詰めた後のことを教えてよ。高尾君はどう言い逃れをしていたの?」
紗智はまだ言い足りなかったが、響歌に質問されたので渋々切り上げた。
「どうって、何も。重大なことは聞けなかったわよ。曖昧に逃げられて終わり。まぁ、結局1人に絞ったみたいだけど。でも、これでエリちゃんが幸せになれるとは思わないわね」
響歌達に話しながら、遠くの席で男子達と話している高尾を睨んでいる。
惚れてしまったものは仕方がないが、紗智としてはなんで自分の友人達が女グセの悪い男に引っかかったのか理解ができなかった。
遊ばれた後、捨てられるに決まっているのに!
紗智の中で高尾の評価は地に落ちていた。
紗智に意気揚々と同意するのは、亜希だ。
「そうだよね、さっちゃん。塩見さんには悪いけど、私も高尾君がこのまま塩見さん一筋になるとは思えないな。きっと浮気されて終わっちゃうよ。塩見さんもそれがわからないのかしらね」
本当に、高尾の評価は低い。
真子がこの場から離れてくれて良かったと、安堵せずにはいられない響歌だった。
高尾君がせっかく退院してくれたのにねぇ。
まっちゃんは涙が出るくらい嬉しいと言っていたが、今となってはそれも虚しく感じてしまう。
舞が真子を責めてからまだ1カ月も経っていない。その中で新たに判明した高尾の彼女説。
真子は立ち直れるだろうか。
そろそろ4時間目のベルが鳴る。真子も教室に戻ってくるだろう。その時、彼女はいったいどんな表情をしているのだろうか。
響歌は不安でいっぱいだった。