少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 最終下校時刻である9時を知らせる音楽が鳴っている。いつもは感じない放送部の音楽も、人の数が少なくて時間も夜なせいか妙に響いて聞こえていた。

 他のクラスはわずかに生徒が残っているようだったが、5組は舞と響歌しか残っていない。今日こそは明るいうちに帰ろうと思い手早く作業を進めていたはずなのに、やはり予定は予定だ。大幅にその時間は過ぎていた。

 他のクラスメイト達は7時くらいに下校をしたし、川崎も彼にしては長くいてくれたが8時の電車で帰ってしまった。一緒に残ってくれていた中葉、高尾、橋本や、同じグループのみんなも9時前の電車で帰ってしまった。

 最後まで残っていた舞と響歌も、下校の音楽が鳴り始めたので慌てて学校を飛び出した。9時10分発の電車に乗る為に、外灯が少ない比良木の町を無言で走る。

 学校から一番近い比良木駅に到着すると、ようやく響歌の口が開いた。

「ふぅっ~、疲れたぁ。たまにならいいけど、いつもこんな時間だとさすがに嫌になるわ。でも、なんとか間に合って良かったね」

「ハァッ、ハァッ、本当だね。気がついたら9時をまわっているんだもの。凄く焦ったよ」

 舞も息を切らしながら。それでも心底ホッとして言う。

 それもそのはずだろう。舞はいつも自転車で駅まで来ているが、さすがにこんなに遅くなると自転車ではなくてバスを使いたい。

 だが、そのバスの最終出発時間は9時50分。この9時10分発の電車を逃すと乗れなくなってしまう。だから響歌以上に焦っていたのだ。

 必死に走ったお陰でギリギリ間に合った。駅に着いたと同時に宮内駅行の二両編成の電車がホームに入ってきた。

 電車が止まると、すぐに電車の扉が開く。舞と響歌は二両目の扉から電車に乗った。時間が時間なので車内はガラ空き状態だ。それでも迷うことなく後ろから二番目の席に座る。だいたいいつもその席を自分達の指定席にしていたからだ。

 ラッシュ時の朝は指定席どころか席に座れただけでもラッキーなのだけど、下校時はその席を確保する為に高校から一番近い比良木駅からは乗らずに徒歩30分かかる駿河(するが)駅まで歩いている。だから大抵はその席を確保できていた。

 さすがにそれは体力がある場合のことで、今日のように体力が皆無の時は無理なのだが…

「ねぇ、響ちゃん。今日のさっちゃんって、変じゃなかった?」

 席に座ったと同時に、舞は気になっていたことを響歌に切り出した。

「今日の…ねぇ。どうだろう、よく怒ってはいたけど、それはあんたが悪かったんだしさ。なんにしてもさっちゃんの機嫌が悪かったところで、そんなのは別に珍しいことじゃないでしょ。ちょっとしたことでもピリピリ怒っているんだもん。なんであんなに短気なんだろうね。もっと気楽に人生を過ごせばいいのに」

 響歌は動き出した電車の窓をボケッ~と眺めている。あまり関心が無さそうだ。

「違うよ、そのことじゃなくて…」

「どう違うのよ。って、そのことじゃないの?」

 響歌が怪訝そうに舞を見ると、彼女はらしくない真面目な顔をしていた。

「そうじゃなくて、さっちゃんが教室に戻ってきた後のことだよ。ガムテープを買いに行く前は凄く不機嫌だったのに、上機嫌で私達の作業を手伝ってくれたの。話し声もいつも以上に大きかったし、顔なんて満面な笑みだったんだから。私、さっちゃんと知り合ってから大分経つけど、これまであんなに笑顔で接してもらったことなんて無かったよ」

 不満そうな舞の言葉に、さっきまで気だるそうだった響歌の目が光った。

「へぇ、ムッチーもわかったんだ。てっきり川崎君が傍にいるから、そっちに気を取られて気づいていないと思っていたのに」

 その瞬間、舞の顔が紅色に染まる。

「きょ、響ちゃん!」

「こらこら、そんなに興奮しない。ムッチーをからかうのも面白くて好きだけど、今はさっちゃんのことを話しているんだから。まぁ、はっきり言ってしまうと、さっちゃんは橋本君のことが気に入ったんでしょ」

 響歌の言葉が自分の予想通りだったので、舞は顔がニヤけてしまった。

「やっぱり!」

 舞の声が静かな車内に響き渡ると、数少ない乗客の視線が彼女に集まった。

 舞はすぐにそれに気づき、慌てて両手で口を押さえた。

「っと、いけない、危うく注目の的になるところだったわ。でも、やっぱりそうだったかぁ。私の目に狂いは無かったのね」

 既に注目の的になっているから…響歌はそう思ったが、さすがに今は疲れているので口に出すのは止めて話を合わせる。

「あれだけはしゃいでいれば、誰でもわかるって。教室にいた私達の耳にまでさっちゃんの大声が聞こえてきたもの。『キャハハハ、もう、橋本君ったらぁ!』っていう声を聞いた時には、私も自分の耳を疑ったわよ。他の男子と話している時とは偉い違い。私達と話している時だって、あそこまではしゃいでいる姿なんて見たことが無かったわ」

「私も見たことが無いよ。まぁ、はしゃぐなとは言わないけど、できれば場所を変えてやって欲しかったよ。あまりにもさっちゃんがはしゃいでいたせいで、せっかくテツヤ君が隣にいたのに彼と話すきっかけを失ったんだから。一緒にいたまっちゃんも、さっちゃんのことを呆れて見ていたよ」

 舞は少し怒っていた。言葉にあったように川崎との邪魔をされたのが相当悔しかったのだ。

 響歌の方は、舞とは正反対な感想らしく少し可笑しそうだ。

「ま、自分でもまだ自覚してなさそうだったけどね。なんにしても今日はとても実りある1日だったわよ。ムッチーと川崎君のぎこちない会話といい、さっちゃんの恋の予感。歩ちゃんと高尾君の噂の真相もわかったしね。いつもこうだと学校へ行くのも楽しくなるんだけどなぁ」

 舞は脱力したが、響歌の言葉に気になるところがあったので訊いてみた。

「ねぇ、響ちゃん。歩ちゃんと高尾君の噂って、もしかして…」

「また、なーにを期待しているのか知らないけど。あの様子じゃ、結果はシロね。まったくもう、誰があんな噂を流したのかしら。高尾君が歩ちゃんを想っているわけでも無さそうだし、その逆だって無しね。ま、本人達から聞いたわけじゃないから断言はできないけど、4人で作業していた時に観察していた末の感想だから当たっている確率は高いはずよ」

 響歌は面白くなさそうだったが、それを聞いた舞もガッカリした。

「なーんだ、新たな恋の出現か!と思ったのに。期待させといて、それは無いよね」

「それでも意外なところでさっちゃんの方がそうなりそうだし、それで良しとしようよ。そもそもムッチーは、他人のことよりも自分のことを優先するべきでしょ」

 響歌の言葉に、舞の身体が固まった。

「ほら、リラックス、リラックス」

「そ、そうは言っても、近くで見たテツヤ君は失神しそうなくらいカッコよかったんだもの。冷静に自分を保つだけで精一杯で…」

「ま、そのうち慣れるでしょ。取り敢えず今は、告白云々よりも普通に日常会話ができるように頑張れ」

 響歌のからかい交じりの励ましに気づいていない舞は、響歌の両手を握りしめた。

「うん、響ちゃん。私、頑張るから、見ていてね。でも、時には協力してくれると嬉しいな。もちろん今日みたいにいきなりは嫌だよ。そんでもって響ちゃんも、好きな人ができたら絶対教えてね。協力はできないけど、応援はできるから!」

 私だけテツヤ君と結ばれたら響ちゃんは哀れだからね。

 響ちゃんだって、幸せになって欲しいもの。

 あっ、そうだ。幸せになったら、一緒にダブルデートなんかしたいなぁ。やっぱりこういうのって、学生時代に一度は経験するべきことだもんね。

 それに…

 あれこれと想像にいそしむ舞の隣で、響歌は複雑そうだ。

 自分の想像に忙しい舞は、そのことに気がつかなかった。
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