少女達の青春群像 ~舞、その愛~
手紙を書く役目は、今回も亜希だ。彼女の友達として電話をかけるのは、歩。その歩の傍には、今回は響歌がつくことになっている。響歌の親戚の家の電話を借りるので、それも当然のことだろう。
川崎への手紙を投函したのは橋本の件から2週間が経った時。電話をかけることにしたのは更にその1週間後だった。バレンタインが迫ってきていたが、それでもできるだけ間を開けた方がいいだろうと全員が思い、そうなったのだ。
そして今、響歌の親戚の家の一室で、響歌と歩は電話を前にしていた。
リハーサルはしてきた。打ち合わせもバッチリ。時間も良し。後は歩が川崎家に電話をかけるだけだ。
川崎とやり取りをする歩は、さすがに緊張気味だ。
その歩の傍にいるだけになる響歌も、神妙な顔をしている。
「歩ちゃん、そろそろいい?」
歩に確認すると、歩は緊張しながらも頷いた。
響歌が自分が仕入れてきた川崎家の番号を、押し間違わないように気をつけながらゆっくりと押していく。最後の番号を押すと、すぐに呼び出し音が聞こえてきた。
5、6回鳴ったところで、その音が止まる。
「はい、川崎でございます」
声の感じからして、川崎のところも母親が電話に出たようだ。
歩がコホンと一つ咳をした後、橋本の時よりも声を高くして言った。
「あの、麻生と言う者ですが、哲也君はいらっしゃいますか?」
「哲也ですか。ちょっと待っていてね」
母親らしき人は歩にそう告げると、川崎を呼びに行ったようだ。
それでも保留音は鳴っていない。人の声が何も聞こえなくなった受話器からは誰かが近くでテレビを見ているのだろう、相撲中継の時によく使用されている『テンテケ、テンテケ』といった太鼓の音がしている。
川崎君の家から相撲中継の音って…なんか笑えてくるんですけど!
歩は必死で笑いを堪えた。『テンテケ』という音が、さっきまでの緊張も吹き飛ばしてしまった。
隣をちらっと見ると、響歌にもその音が聞こえているらしく、口を押えて笑いを堪えている。
相撲を見ているのが川崎だったらと思うと、どうしても笑えてくるのだ。しかも相撲といえば、どうしても舞のことを思い出してしまう。
舞はバレーボールが好きだが、相撲もそれと同じくらい好きだった。特に舞之山という力士が好きで、その人の写真集まで持っている。小さい頃は自分の名前が前からも後ろからでも『いまいまい』と読めるのでからかわれたりしていたが、この舞の山と同じ字が使われていたお陰で、からかわれても自分の名前が好きでいられたのだ。
「はい、お電話代わりました」
笑いを堪えていたからだろうか、すぐに川崎に変わったような気がした。もちろん実際はすぐではない。1分近くはかかっていた。だから相撲中継を見ていたのは川崎ではない誰かだったのだ。
緊張は解れたが、さすがに笑い交じりはダメだ。歩は気を引き締める。
「私、中原さんの友達で、麻生と言います。中原さんが出した手紙は見てくれたでしょうか?」
「あぁ、見たけど」
「あの、中原さんのことはご存知でしょうか?」
「いや、知らないかな。同じ陸上部だったんでしょ」
「そうらしいです。だから何回か大会で一緒だったみたいですよね」
「そういうことになるのかな。オレはまったく知らなかったけど」
よし、よし、会話は一応順調に進んでいる。橋本君の時のようではない。
やっぱり設定を詳細にしておいて良かったのかもしれない。
「彼女は川崎さんのことを知っていて、高校になってからも見に行っていたらしいですよ」
「そうなんだ。あまり陸上の成績は良くなかったんだけどな」
「それでも一生懸命な姿が良かったみたいです。彼女がそう言っていました」
「ふ~ん」
「あの、ところで今は好きな人はいるのでしょうか?」
「なんで本人がかけてこないの?」
「っ!」
安心していたら、いきなり突っつかれてしまった!
歩は焦り、つい響歌の方を見てしまう。
響歌は持っていたメモ用紙に、『恥ずかしかったから』と書いた。
「あ、それは…恥ずかしかったみたいで…」
「ふ~ん、一度会ってみたいな」
「っ!」
歩は驚いて、またもや響歌に助けを求めた。
響歌が文字を書いていく『ということは、今は好きな人はいないということでいい?』と。
「ということは、今は好きな人はいないということですか?」
「…まぁ、そういうことになるかな」
「わ、わかりました。今度は本人が電話をかけるかもしれませんが、いいでしょうか?」
「あぁ、いいよ」
「ありがとうございます。彼女、喜びます。それじゃあ、この辺で失礼します」
「あぁ」
歩はドキドキしながら電話を切った。
「歩ちゃん、ご苦労様」
すぐに響歌がねぎらいの言葉をかけてくれた。
川崎の返答が意外過ぎて、驚きのあまり今回も訊きたいことがあまり訊けなかったような気がする。
しかも最初の相撲中継音が歩の頭を真っ白にしてしまっていた。せっかくイメージトレーニングまでしたのに、あれですべて吹っ飛んでしまった。
「響ちゃん、どうだった?私、頭が真っ白で何を話していたのかあまり覚えていないんだけど」
「上出来だよ、よく頑張った。でも、意外と川崎君って、話しやすいでしょ?」
「そうだね、橋本君よりも全然話しやすかった。なんで学校では女子と話さないのだろう。あっ、響ちゃんとは話しているのか。だからムッチーが心配しているんだよね」
「あれは心配し過ぎなのよ。でも…もしかしたら川崎君には本当に好きな人がいるかもしれないよね。歩ちゃんが突っついたら濁していたもの」
「答えるまでにも少し間が空いていたよ。どう答えようか少し迷っているような感じだった」
「まぁ、橋本君にしても川崎君にしても、会ったこともない人にペラペラと本音を話したりはしないよね。でも、ムッチーには好きな人はいないって伝えておこうかな。それも一応間違っていないし、やっぱり好きな人がいるかもしれないと言ったら告白を止めるかもしれないから」
響歌が提案すると、歩も難しい顔をしながらも同意した。
「そう…だね。今はそういう風にしておこうか。でも、バレンタインが終わったら本当のことを言ってあげようね。あっ、そうだ。バレンタインのチョコって、みんな手作りにするんでしょ。今度の土曜日に私の家で3人で作らない?」
今度は歩からの提案に、響歌が同意した。
「そうだね、一緒に作るのも楽しそうだし。ねぇ、その時にお泊りなんて…できないかな?せっかくだし、さ。私の家でもいいんだけど、この日だったら歩ちゃんの家の方がいいんだよね。どうだろう、家の人にお願いできないかな。雑魚寝でいいし、夕食とかは自分達で調達するから。屋根さえあればいいよ」
またまた響歌からの提案だったが、歩はこの提案には即答できなかった。
「どうだろう…私はもちろんいいんだけど、親がどう言うかなぁ。できるだけ泊まれるように頑張ってみるね」
歩もできればみんなで『お泊り会』がしたいのだ。それでも自分は家族と一緒に住んでいるので、その了解を得なくてはいけない。
響歌もそのことは十分にわかっていたので、返事は急かさなかった。
「うん、よろしくね。もし家族の了解が得たなら、その日は昼からがいいかな。午前中はちょっと用事があるのよ」
あぁ、それもあるから、響ちゃんは泊まりの案を出したのか。
泊まった方が、ゆっくり、じっくり作れるもんね。
歩は響歌が説明しなかったことまで理解すると、絶対に家族を説得しようと決意したのだった。
川崎への手紙を投函したのは橋本の件から2週間が経った時。電話をかけることにしたのは更にその1週間後だった。バレンタインが迫ってきていたが、それでもできるだけ間を開けた方がいいだろうと全員が思い、そうなったのだ。
そして今、響歌の親戚の家の一室で、響歌と歩は電話を前にしていた。
リハーサルはしてきた。打ち合わせもバッチリ。時間も良し。後は歩が川崎家に電話をかけるだけだ。
川崎とやり取りをする歩は、さすがに緊張気味だ。
その歩の傍にいるだけになる響歌も、神妙な顔をしている。
「歩ちゃん、そろそろいい?」
歩に確認すると、歩は緊張しながらも頷いた。
響歌が自分が仕入れてきた川崎家の番号を、押し間違わないように気をつけながらゆっくりと押していく。最後の番号を押すと、すぐに呼び出し音が聞こえてきた。
5、6回鳴ったところで、その音が止まる。
「はい、川崎でございます」
声の感じからして、川崎のところも母親が電話に出たようだ。
歩がコホンと一つ咳をした後、橋本の時よりも声を高くして言った。
「あの、麻生と言う者ですが、哲也君はいらっしゃいますか?」
「哲也ですか。ちょっと待っていてね」
母親らしき人は歩にそう告げると、川崎を呼びに行ったようだ。
それでも保留音は鳴っていない。人の声が何も聞こえなくなった受話器からは誰かが近くでテレビを見ているのだろう、相撲中継の時によく使用されている『テンテケ、テンテケ』といった太鼓の音がしている。
川崎君の家から相撲中継の音って…なんか笑えてくるんですけど!
歩は必死で笑いを堪えた。『テンテケ』という音が、さっきまでの緊張も吹き飛ばしてしまった。
隣をちらっと見ると、響歌にもその音が聞こえているらしく、口を押えて笑いを堪えている。
相撲を見ているのが川崎だったらと思うと、どうしても笑えてくるのだ。しかも相撲といえば、どうしても舞のことを思い出してしまう。
舞はバレーボールが好きだが、相撲もそれと同じくらい好きだった。特に舞之山という力士が好きで、その人の写真集まで持っている。小さい頃は自分の名前が前からも後ろからでも『いまいまい』と読めるのでからかわれたりしていたが、この舞の山と同じ字が使われていたお陰で、からかわれても自分の名前が好きでいられたのだ。
「はい、お電話代わりました」
笑いを堪えていたからだろうか、すぐに川崎に変わったような気がした。もちろん実際はすぐではない。1分近くはかかっていた。だから相撲中継を見ていたのは川崎ではない誰かだったのだ。
緊張は解れたが、さすがに笑い交じりはダメだ。歩は気を引き締める。
「私、中原さんの友達で、麻生と言います。中原さんが出した手紙は見てくれたでしょうか?」
「あぁ、見たけど」
「あの、中原さんのことはご存知でしょうか?」
「いや、知らないかな。同じ陸上部だったんでしょ」
「そうらしいです。だから何回か大会で一緒だったみたいですよね」
「そういうことになるのかな。オレはまったく知らなかったけど」
よし、よし、会話は一応順調に進んでいる。橋本君の時のようではない。
やっぱり設定を詳細にしておいて良かったのかもしれない。
「彼女は川崎さんのことを知っていて、高校になってからも見に行っていたらしいですよ」
「そうなんだ。あまり陸上の成績は良くなかったんだけどな」
「それでも一生懸命な姿が良かったみたいです。彼女がそう言っていました」
「ふ~ん」
「あの、ところで今は好きな人はいるのでしょうか?」
「なんで本人がかけてこないの?」
「っ!」
安心していたら、いきなり突っつかれてしまった!
歩は焦り、つい響歌の方を見てしまう。
響歌は持っていたメモ用紙に、『恥ずかしかったから』と書いた。
「あ、それは…恥ずかしかったみたいで…」
「ふ~ん、一度会ってみたいな」
「っ!」
歩は驚いて、またもや響歌に助けを求めた。
響歌が文字を書いていく『ということは、今は好きな人はいないということでいい?』と。
「ということは、今は好きな人はいないということですか?」
「…まぁ、そういうことになるかな」
「わ、わかりました。今度は本人が電話をかけるかもしれませんが、いいでしょうか?」
「あぁ、いいよ」
「ありがとうございます。彼女、喜びます。それじゃあ、この辺で失礼します」
「あぁ」
歩はドキドキしながら電話を切った。
「歩ちゃん、ご苦労様」
すぐに響歌がねぎらいの言葉をかけてくれた。
川崎の返答が意外過ぎて、驚きのあまり今回も訊きたいことがあまり訊けなかったような気がする。
しかも最初の相撲中継音が歩の頭を真っ白にしてしまっていた。せっかくイメージトレーニングまでしたのに、あれですべて吹っ飛んでしまった。
「響ちゃん、どうだった?私、頭が真っ白で何を話していたのかあまり覚えていないんだけど」
「上出来だよ、よく頑張った。でも、意外と川崎君って、話しやすいでしょ?」
「そうだね、橋本君よりも全然話しやすかった。なんで学校では女子と話さないのだろう。あっ、響ちゃんとは話しているのか。だからムッチーが心配しているんだよね」
「あれは心配し過ぎなのよ。でも…もしかしたら川崎君には本当に好きな人がいるかもしれないよね。歩ちゃんが突っついたら濁していたもの」
「答えるまでにも少し間が空いていたよ。どう答えようか少し迷っているような感じだった」
「まぁ、橋本君にしても川崎君にしても、会ったこともない人にペラペラと本音を話したりはしないよね。でも、ムッチーには好きな人はいないって伝えておこうかな。それも一応間違っていないし、やっぱり好きな人がいるかもしれないと言ったら告白を止めるかもしれないから」
響歌が提案すると、歩も難しい顔をしながらも同意した。
「そう…だね。今はそういう風にしておこうか。でも、バレンタインが終わったら本当のことを言ってあげようね。あっ、そうだ。バレンタインのチョコって、みんな手作りにするんでしょ。今度の土曜日に私の家で3人で作らない?」
今度は歩からの提案に、響歌が同意した。
「そうだね、一緒に作るのも楽しそうだし。ねぇ、その時にお泊りなんて…できないかな?せっかくだし、さ。私の家でもいいんだけど、この日だったら歩ちゃんの家の方がいいんだよね。どうだろう、家の人にお願いできないかな。雑魚寝でいいし、夕食とかは自分達で調達するから。屋根さえあればいいよ」
またまた響歌からの提案だったが、歩はこの提案には即答できなかった。
「どうだろう…私はもちろんいいんだけど、親がどう言うかなぁ。できるだけ泊まれるように頑張ってみるね」
歩もできればみんなで『お泊り会』がしたいのだ。それでも自分は家族と一緒に住んでいるので、その了解を得なくてはいけない。
響歌もそのことは十分にわかっていたので、返事は急かさなかった。
「うん、よろしくね。もし家族の了解が得たなら、その日は昼からがいいかな。午前中はちょっと用事があるのよ」
あぁ、それもあるから、響ちゃんは泊まりの案を出したのか。
泊まった方が、ゆっくり、じっくり作れるもんね。
歩は響歌が説明しなかったことまで理解すると、絶対に家族を説得しようと決意したのだった。