少女達の青春群像 ~舞、その愛~
みんなでお菓子作りをするのは、予想通り楽しかった。
今ではしなくなったが、小さい頃は誰かの家に集まってお菓子作りをしていた。そんな経験が3人共にあったので、なんだか懐かしくも感じた。
チョコレート作りとはいっても、本当のチョコを作っている者はいない。舞はチョコクッキー、響歌は小さなホール型のチョコレートケーキ、歩は一口サイズのチョコレートケーキを6個作っていた。
ちなみに今日のことを知っている亜希はこの場にはいない。亜希も誘ったのだが、真剣に取り組んでいる3人の邪魔をしてはダメだろうと断ったのだ。
「みんなでお菓子を作るのって、やっぱり楽しいよね。亜希ちゃんも来れば良かったのに」
舞がクッキー生地をこねながら、今ここにいない亜希のことを口に出した。
「これは遊びじゃないの。だから亜希ちゃんは遠慮して断ってくれたのよ。楽しいのはわかるけど、真剣に作ろう。ムッチーは二度目のチョコ作りになるから慣れているんだろうけど、遊び半分で作っていると失敗しちゃうよ」
浮かれ気味の舞を、歩が注意した。
「あっ、あぁ、そう、そうだよね。わ、私は二度目だから慣れているけど、その慣れが失敗を呼ぶかもしれないもんね」
何故か、舞が異様に焦っている。
響歌が疑惑の目で舞を見ていた。
「ちょっ、響ちゃん。な、何を見ちゃっているの?」
焦る舞に、響歌が静かな口調で訊ねた。
「私さぁ、ムッチーに凄く訊きたいことが1年前からあったのよ。今、それを訊いていいかな?」
その言い方がやけに興味をそそる。
「えっ、何、何を訊きたいの。やだなぁ、歩ちゃんも、そんな、訊きたそうにしないでよ」
「もう誤魔化さなくていいでしょ。あんたは既にヌラと別れているんだから。だからもう言ってしまいなさい。1年前、ヌラにあげたチョコレートケーキは誰に手伝ってもらって作ったの?」
「っ!」
舞の心臓が大きく波打った。
「中葉君に渡したのって…確か、何日も机の横にかけてあったものだよね。いつだったかの放課後にムッチーと響ちゃんの前で食べたという話は聞いたけど。あれって、ムッチーだけで作ったんじゃなかったんだ」
舞の口からはまだ聞いていないが、この様子から舞が自分だけで作ってはいないということは歩にもわかった。
舞はがっくりとうなだれた。ここまでバレているとなると、隠しても仕方がない。
「あの…ね、それも、あの…ヌラにあげたあのケーキは、実は私の父親が作ったもので…」
『はぁ?』
2人の声が重なった。
「だから手伝ってもらったというのはちょっと違うの。私はまったく作っていないの」
ということは…中葉君がわざわざ学校に持ってきたあのチョコレートケーキって、ムッチーではなくてムッチーのお父様の作品ということになるのよね?
歩は少し混乱していた。どういう経過でこういうことになったのだ。
「まさかとは思うけど…あんたって、そんなにもお菓子作りに自信が無かったの?」
響歌が言葉の最初に『まさか』とつけたのは、自分の目の前で舞が菓子作りをしているからだ。不器用な手つきではあるが、父親に変わってもらう程の腕だとは思えない。
「そういうわけじゃないよ。ちゃんと自分で作ろうとはしていたんだよ。材料も揃えていたんだから。でもね、揃えたままダイニングテーブルに置いておいたら、父さんが勝手に作っていたの。怒って問い詰めたら、昔の料理人だった頃の血が騒いで…とか言っていたけど…」
2人は唖然として舞の話を聞いていたが、そのうちになんだかおかしくなってしまった。
「アッハッハッハ、ムッチーのお父さんって最高じゃない!」
響歌が笑いながら父を褒めている。
「アハハハ、凄いお父さんだね。本当に凄いよ!」
歩も同様だ。
「是非とも、ヌラに教えてあげたいわ!」
「ダ、ダメだよ、響ちゃん。それはさすがに可哀想だよ!」
2人共、笑いながらそんなことを話している。
舞の父親のお陰で、この日はなかなかお菓子作りがはかどらなかった。
3人がチョコ作りを終えた時間は夜の9時だった。
歩が言っていたファミレスは夜11時までだったので、片づけが終わると急いでその店に向かった。店内に入ると、深夜近くになっているからか空席がほとんどだった。
レジのすぐ傍に店員がいる。後ろを向いていたが、お客が来たとわかり前を向いた。
「いらっしゃいませ!」
…え?
3人の動きが止まった。いや、もしかしたら4人かもしれない。
その店員は、なんと黒崎だったのだ。
「黒崎君…ここでバイトしていたんだ」
響歌が呆然としながらも黒崎に声をかける。
「うん、そうだよ。前に言わなかったっけ?」
「聞いてはいたけど、まさかここだとは思わなかったのよ」
響歌は1年くらい前に黒崎自身の口からファミレスでバイトしていることを聞いていたが、柏原市にはファミレスがたくさんある。それに店名までは聞いていなかった。だからまさか歩の家のすぐ近くにあるところだとは思ってもみなかったのだ。
驚きの後は、どうしても顔がほころんでしまう。
他の2人はニヤニヤしていた。
3人は黒崎に席を案内されると、その表情のまましばらく口を開かなかった。しばらくした後、黒崎がお冷を持って再びやってきた。
「こんな時間にどうしたの?」
みんなにそう訊ねながら、お冷をそれぞれの前に、そしてメニューもテーブルに置く。
「お泊まり!」
歩が笑顔で応えると、黒崎も笑顔を返した。
「ゆっくりしていって」
そう言葉を残して一旦は厨房の方に消えていったが、3人が注文する時もオーダーを取りに来てくれた。他にも店員が何人かホールにいる。もしかしたら知り合いが来たということでわざわざ代わったのかもしれない。
響歌はその間どうしていいのかわからなかった。思わぬ場所で黒崎と会えて嬉しいが、橋本の為にチョコレートケーキを作った後だ。とても複雑な気分だった。
他の2人はやはりニヤニヤしたままだ。はっきりいってこの状況を楽しんでいた。
さすがに注文した品を届けにきたのは他の店員だったが、それでも黒崎はこの空間にいるので、響歌はどうにも落ち着かない。黒崎は『ゆっくりしていって』とは言っていたが、さすがにゆっくりとはできない。
まぁ、それはマニュアル通りの言葉なのだろうけど…
食事をしている時は他愛もない話をしていた。2人としては黒崎のことで響歌をからかいたかったが、さすがに同じ空間にいてはそんなことができないし、さっきのお菓子作りの話ももちろんNGだ。
時間も遅かったので食事の方に集中していた。それでも響歌の方は、食事をしながらチラチラと黒崎を見ている。その顔は笑顔だった。2人はそれに気づき、からかいたい衝動を抑えるのに必死だった。
3人が食事を終えてレジに向かうと、他の店員がそれに気づいて対応しようとした。
その時、黒崎が奥から出てきた。
「あっ、オレがやるから」
やはり黒崎は率先して3人の対応をしていたのだ。
おごる約束をしていたので、歩がレジの前に立つ。黒崎が金額を言うと、歩が一万円札を出した。
「お金持ちだな~」
そんなことを言いながら対応してくれた。
その間、舞と響歌は出入り口のところで待っていた。舞の腕が響歌の腕をツンツンと突いている。口でからかえないから身体でからかっているのだ。その顔はまだニヤニヤしていた。
「バイバイ、また来てよ」
そんな声が、レジの方から聞こえてきた。どうやら会計が終わったらしい。
3人は黒崎に手を振って店を後にした。
外に出たら一気に静かになった。風も冷たい。それでも店内が熱いくらいだったので、今の3人には心地よい風に感じた。
歩の家はここから5分もかからない。本当は響歌をからかいたいが、家に着いてからにしよう。そう思っていた歩に、響歌が言った。
「歩ちゃん、お釣りを交換しよう」
その瞬間、歩はもちろん、舞も爆笑した。
家に着くまで我慢しようと思っていたが、もう限界だ。
『アッハッハッハッハ!』
「もう、なんで笑うのよ」
響歌は怒ろうとしているが、そんな緩んだ表情では怒っているうちには入らない。
「うん、家に帰ったら交換してあげるね」
要は黒崎が触ったものが欲しいということだ。笑わないわけにはいかない。
これで『黒崎君を諦めた』なんて言うんだもの。絶対に信じられないよ。今だって、私達に笑われているのに顔が緩んでいるんだから!
これはちょっと、橋本君にチョコを渡すのは待ったをかけた方がいいかもしれない。
2人の思いは同じだった。
「オホホホホホ」
何やら妙な笑いまでしている。
響ちゃん、大丈夫か!
「ちょっと、歩ちゃん。響ちゃん、壊れているんじゃない?」
「うん、なんかハト病にかかったみたいだね」
2人に心配されていうことを露知らない響歌は、先程の黒崎の姿を思い出して余韻に浸っていた。
歩の家に帰ってから、舞と歩は響歌に何度も言った。
「黒崎君にしておいた方がいいよ」
「チョコの相手を変えようよ」
本当に何度も、何度も、何度も、何度も言ったが、響歌はそうしなかった。
こんなにも顔が緩んでいるのに!
歩ちゃん曰く『ハト病』に何度もなっているのに!
もう、響ちゃんってば、なんでこんなに頑固なのよ。
舞は呆れたが、もうなるようにしかならない。歩の方をちらっと見ると、彼女もそんな顔をしていた。
私も歩ちゃんも気づいているのに、なんで本人は気づいていないのだろう。
これはもう、バレンタインの時にハッシーに振られた方がいい。そうしないと響ちゃんは黒崎君の方に絶対に行かないよ。
でも…ハッシーがもし響ちゃんの気持ちを受け入れたら、その時はどうしよう。
舞はバレンタインの日になるのが怖かった。
今ではしなくなったが、小さい頃は誰かの家に集まってお菓子作りをしていた。そんな経験が3人共にあったので、なんだか懐かしくも感じた。
チョコレート作りとはいっても、本当のチョコを作っている者はいない。舞はチョコクッキー、響歌は小さなホール型のチョコレートケーキ、歩は一口サイズのチョコレートケーキを6個作っていた。
ちなみに今日のことを知っている亜希はこの場にはいない。亜希も誘ったのだが、真剣に取り組んでいる3人の邪魔をしてはダメだろうと断ったのだ。
「みんなでお菓子を作るのって、やっぱり楽しいよね。亜希ちゃんも来れば良かったのに」
舞がクッキー生地をこねながら、今ここにいない亜希のことを口に出した。
「これは遊びじゃないの。だから亜希ちゃんは遠慮して断ってくれたのよ。楽しいのはわかるけど、真剣に作ろう。ムッチーは二度目のチョコ作りになるから慣れているんだろうけど、遊び半分で作っていると失敗しちゃうよ」
浮かれ気味の舞を、歩が注意した。
「あっ、あぁ、そう、そうだよね。わ、私は二度目だから慣れているけど、その慣れが失敗を呼ぶかもしれないもんね」
何故か、舞が異様に焦っている。
響歌が疑惑の目で舞を見ていた。
「ちょっ、響ちゃん。な、何を見ちゃっているの?」
焦る舞に、響歌が静かな口調で訊ねた。
「私さぁ、ムッチーに凄く訊きたいことが1年前からあったのよ。今、それを訊いていいかな?」
その言い方がやけに興味をそそる。
「えっ、何、何を訊きたいの。やだなぁ、歩ちゃんも、そんな、訊きたそうにしないでよ」
「もう誤魔化さなくていいでしょ。あんたは既にヌラと別れているんだから。だからもう言ってしまいなさい。1年前、ヌラにあげたチョコレートケーキは誰に手伝ってもらって作ったの?」
「っ!」
舞の心臓が大きく波打った。
「中葉君に渡したのって…確か、何日も机の横にかけてあったものだよね。いつだったかの放課後にムッチーと響ちゃんの前で食べたという話は聞いたけど。あれって、ムッチーだけで作ったんじゃなかったんだ」
舞の口からはまだ聞いていないが、この様子から舞が自分だけで作ってはいないということは歩にもわかった。
舞はがっくりとうなだれた。ここまでバレているとなると、隠しても仕方がない。
「あの…ね、それも、あの…ヌラにあげたあのケーキは、実は私の父親が作ったもので…」
『はぁ?』
2人の声が重なった。
「だから手伝ってもらったというのはちょっと違うの。私はまったく作っていないの」
ということは…中葉君がわざわざ学校に持ってきたあのチョコレートケーキって、ムッチーではなくてムッチーのお父様の作品ということになるのよね?
歩は少し混乱していた。どういう経過でこういうことになったのだ。
「まさかとは思うけど…あんたって、そんなにもお菓子作りに自信が無かったの?」
響歌が言葉の最初に『まさか』とつけたのは、自分の目の前で舞が菓子作りをしているからだ。不器用な手つきではあるが、父親に変わってもらう程の腕だとは思えない。
「そういうわけじゃないよ。ちゃんと自分で作ろうとはしていたんだよ。材料も揃えていたんだから。でもね、揃えたままダイニングテーブルに置いておいたら、父さんが勝手に作っていたの。怒って問い詰めたら、昔の料理人だった頃の血が騒いで…とか言っていたけど…」
2人は唖然として舞の話を聞いていたが、そのうちになんだかおかしくなってしまった。
「アッハッハッハ、ムッチーのお父さんって最高じゃない!」
響歌が笑いながら父を褒めている。
「アハハハ、凄いお父さんだね。本当に凄いよ!」
歩も同様だ。
「是非とも、ヌラに教えてあげたいわ!」
「ダ、ダメだよ、響ちゃん。それはさすがに可哀想だよ!」
2人共、笑いながらそんなことを話している。
舞の父親のお陰で、この日はなかなかお菓子作りがはかどらなかった。
3人がチョコ作りを終えた時間は夜の9時だった。
歩が言っていたファミレスは夜11時までだったので、片づけが終わると急いでその店に向かった。店内に入ると、深夜近くになっているからか空席がほとんどだった。
レジのすぐ傍に店員がいる。後ろを向いていたが、お客が来たとわかり前を向いた。
「いらっしゃいませ!」
…え?
3人の動きが止まった。いや、もしかしたら4人かもしれない。
その店員は、なんと黒崎だったのだ。
「黒崎君…ここでバイトしていたんだ」
響歌が呆然としながらも黒崎に声をかける。
「うん、そうだよ。前に言わなかったっけ?」
「聞いてはいたけど、まさかここだとは思わなかったのよ」
響歌は1年くらい前に黒崎自身の口からファミレスでバイトしていることを聞いていたが、柏原市にはファミレスがたくさんある。それに店名までは聞いていなかった。だからまさか歩の家のすぐ近くにあるところだとは思ってもみなかったのだ。
驚きの後は、どうしても顔がほころんでしまう。
他の2人はニヤニヤしていた。
3人は黒崎に席を案内されると、その表情のまましばらく口を開かなかった。しばらくした後、黒崎がお冷を持って再びやってきた。
「こんな時間にどうしたの?」
みんなにそう訊ねながら、お冷をそれぞれの前に、そしてメニューもテーブルに置く。
「お泊まり!」
歩が笑顔で応えると、黒崎も笑顔を返した。
「ゆっくりしていって」
そう言葉を残して一旦は厨房の方に消えていったが、3人が注文する時もオーダーを取りに来てくれた。他にも店員が何人かホールにいる。もしかしたら知り合いが来たということでわざわざ代わったのかもしれない。
響歌はその間どうしていいのかわからなかった。思わぬ場所で黒崎と会えて嬉しいが、橋本の為にチョコレートケーキを作った後だ。とても複雑な気分だった。
他の2人はやはりニヤニヤしたままだ。はっきりいってこの状況を楽しんでいた。
さすがに注文した品を届けにきたのは他の店員だったが、それでも黒崎はこの空間にいるので、響歌はどうにも落ち着かない。黒崎は『ゆっくりしていって』とは言っていたが、さすがにゆっくりとはできない。
まぁ、それはマニュアル通りの言葉なのだろうけど…
食事をしている時は他愛もない話をしていた。2人としては黒崎のことで響歌をからかいたかったが、さすがに同じ空間にいてはそんなことができないし、さっきのお菓子作りの話ももちろんNGだ。
時間も遅かったので食事の方に集中していた。それでも響歌の方は、食事をしながらチラチラと黒崎を見ている。その顔は笑顔だった。2人はそれに気づき、からかいたい衝動を抑えるのに必死だった。
3人が食事を終えてレジに向かうと、他の店員がそれに気づいて対応しようとした。
その時、黒崎が奥から出てきた。
「あっ、オレがやるから」
やはり黒崎は率先して3人の対応をしていたのだ。
おごる約束をしていたので、歩がレジの前に立つ。黒崎が金額を言うと、歩が一万円札を出した。
「お金持ちだな~」
そんなことを言いながら対応してくれた。
その間、舞と響歌は出入り口のところで待っていた。舞の腕が響歌の腕をツンツンと突いている。口でからかえないから身体でからかっているのだ。その顔はまだニヤニヤしていた。
「バイバイ、また来てよ」
そんな声が、レジの方から聞こえてきた。どうやら会計が終わったらしい。
3人は黒崎に手を振って店を後にした。
外に出たら一気に静かになった。風も冷たい。それでも店内が熱いくらいだったので、今の3人には心地よい風に感じた。
歩の家はここから5分もかからない。本当は響歌をからかいたいが、家に着いてからにしよう。そう思っていた歩に、響歌が言った。
「歩ちゃん、お釣りを交換しよう」
その瞬間、歩はもちろん、舞も爆笑した。
家に着くまで我慢しようと思っていたが、もう限界だ。
『アッハッハッハッハ!』
「もう、なんで笑うのよ」
響歌は怒ろうとしているが、そんな緩んだ表情では怒っているうちには入らない。
「うん、家に帰ったら交換してあげるね」
要は黒崎が触ったものが欲しいということだ。笑わないわけにはいかない。
これで『黒崎君を諦めた』なんて言うんだもの。絶対に信じられないよ。今だって、私達に笑われているのに顔が緩んでいるんだから!
これはちょっと、橋本君にチョコを渡すのは待ったをかけた方がいいかもしれない。
2人の思いは同じだった。
「オホホホホホ」
何やら妙な笑いまでしている。
響ちゃん、大丈夫か!
「ちょっと、歩ちゃん。響ちゃん、壊れているんじゃない?」
「うん、なんかハト病にかかったみたいだね」
2人に心配されていうことを露知らない響歌は、先程の黒崎の姿を思い出して余韻に浸っていた。
歩の家に帰ってから、舞と歩は響歌に何度も言った。
「黒崎君にしておいた方がいいよ」
「チョコの相手を変えようよ」
本当に何度も、何度も、何度も、何度も言ったが、響歌はそうしなかった。
こんなにも顔が緩んでいるのに!
歩ちゃん曰く『ハト病』に何度もなっているのに!
もう、響ちゃんってば、なんでこんなに頑固なのよ。
舞は呆れたが、もうなるようにしかならない。歩の方をちらっと見ると、彼女もそんな顔をしていた。
私も歩ちゃんも気づいているのに、なんで本人は気づいていないのだろう。
これはもう、バレンタインの時にハッシーに振られた方がいい。そうしないと響ちゃんは黒崎君の方に絶対に行かないよ。
でも…ハッシーがもし響ちゃんの気持ちを受け入れたら、その時はどうしよう。
舞はバレンタインの日になるのが怖かった。