少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 舞達が宮内駅に着いた時間は既に8時を過ぎていた。

 文化祭前ではないし、部活もしていないのに何故?と思うだろうが、なんのことは無い。ただ単に中葉達のおしゃべりにつき合っていたらこんな時間になっただけだ。

 これまでなら、ここで2人はすぐに別れていた。そして舞は自転車に乗って帰り、響歌は別の電車に乗り換えて帰るのだが、最近は少し違う。この駅で少し休憩してから帰るようになっていた。

「ふぅっ、やっと今日も1日が終わったね」

 舞は溜息を吐くと、不器用な手つきで缶ジュースを開けた。

「そうねぇ」

 響歌もカレー焼きをカイロ替わりにしながら溜息交じりで答えた。その表情は学校にいる時とは違って酷く疲れていた。

 響歌が持っているカレー焼きとは、宮内駅のすぐ傍の店で売っている、その店自慢の一品だ。大判焼きのような生地の中にはカレー風味の餡が詰められている。素朴な見た目だし、素朴な味だが、これがなかなかの人気で地元の高校生がよく買って食べているらしい。

 確かに病みつきになるような味で、舞も1週間に一度は食べていた。もちろん今日も買っていて、隣の座席に鞄と共に置いている。今は食べることではなくて飲みたい気分だったので手に持っていないだけだ。

「響ちゃん、今日もお疲れ様だったね。うん、よく頑張った」

 舞はねぎらいの言葉をかけたが、響歌はそれに答えずに持っていたカレー焼きに食いついた。

「あぁっ、響ちゃん、ダイエットは…」

 言いかけて、力無く笑う。

「ハハハ、今日もダメだよね」

 乾いた笑いの舞の隣で、響歌は何も言わず一気にカレー焼きを平らげた。そうしてこれまた一緒に勝っていた炭酸ジュースを一気に飲み干して喉を潤す。

「ふぅっ」

「あ、あの…落ち着いた?」

「まぁね」
 
 落ち着いてはいるのだろうが、返事はそっけない。

 元々田舎にある駅だし、時間も時間なので、待合室は人も少なく静かだ。響歌が話してくれないと静か過ぎてなんともまぁ落ち着かない。

 それでもあと少しで、その時間も終わるだろう。

 そう、あと少しで…

 舞が様子を伺っていると、響歌が手にしていた缶を握り潰した。

 爆発の始まりである。

「まったくもう、この状態、いつまで続くのかしらねぇ、ムッチー!」

 …始まった。

「なーんーで、あの2人はいつもいつも放課後になるとすぐに私らの席に来るのよ!」

「私らというか、響ちゃんとお話がしたいんだろうねぇ」

「なーんーで、さっちゃん達はいつもいつも先に帰るのよ!」

「きっと気を遣ってくれているんだよ」

「響ちゃん、響ちゃんと、馴れ馴れしい!」

「そうだよねぇ、私も既にムッチーだもんねぇ」

「橋本君は響歌ちゃん、響歌ちゃんと、鬱陶しい!」

「でも、それだったら響ちゃんって、テツヤ君にも響歌ちゃんと呼ばれているよね」

 …羨まし過ぎる。

「あのねぇムッチー、あんたも私の同意をするか、あの人達のフォローをするか、どっちかに…っ!」

 響歌はここまで言って、ようやく舞が恨めしそうに自分を見ていることに気づいた。

 一気に怒りが冷めていく。

「なんでテツヤ君は、響ちゃんのことは響歌ちゃんと呼ぶのに、私のことは未だに今井さんなんだろう…」

「あ、あれよ、川崎君はテレ屋だから、気になる人に対してはなかなか名前で呼べないのよっ!」

 響歌もなんで自分が川崎に名前呼びされているのかわからなかったが、取り敢えずこの場を丸く収める為に必死に弁解した。

「うん、そうに決まっているんだけど、ちょっと空しいんだよね。それにたまにはテツヤ君もあの2人と一緒に来てくれたらいいのに、いつも放課後になるとすぐにいなくなっちゃうんだもん」

 響歌の言葉をすぐに受け入れた舞だったが、それでもやっぱり不満げだ。

 だが、中葉達のお陰で、舞は段々と男子相手に緊張しなくなっていた。

 …いや、男子ではなくて、中葉だと緊張しない、の間違いかもしれないが。

 それはまだ舞本人は気づいていないが、響歌の方は当然気づいていた。

 もしかすると…変わっちゃうかもねぇ。

「ねぇ、ムッチーって、中葉君のこと、どう思う?」

 響歌の意図に気づいていない舞は、気軽に響歌の質問に答えた。

「そうだねぇ、第一印象よりは良くなったかなぁ。よく見れば垂れ目も可愛いし、何より性格がいいよ。経済科の男子の中ではナンバーワンなんじゃないかな!」

 …ふ~ん。

「私はいいと思うな、中葉君。響ちゃん、つき合わないの?」

 舞はベタ褒めだったが、あくまでも自分の対象ではないことを踏まえて…ということもわかる。

 今は…ね。

 そうとはいっても彼のことを勧められても困るのだ。

「タイプじゃないし」

 響歌が呟くように言った。

「えっー、いいと思うのに。響ちゃんさえ良ければ、すぐにつき合えるよ。いいじゃん、つき合っちゃえ。彼氏ができたら、高校生活にも、お肌にもハリが出ていいこと尽くめだよ。いずれは私とテツヤ君、響ちゃんと中葉君でダブルデートもできるしね。あっ、それとも橋本君の方がいいの?橋本君も響ちゃんに気があるって感じだもんね。いいなぁ、響ちゃん。モテモテで!」

 舞は心底羨ましがっていた。

 あぁ、これが自分だったら!

「ありがとう…でも、ごめんなさい。私はテツヤ君を愛しているの。テツヤ君無しの人生じゃ、生きていられないの。私って…私って、酷い女よね。恨んでくれてもいいわ。憎んでくれても結構よ。だから早く忘れて頂戴。お願いよぉぉ~!」

 舞はジュースを片手に悶えていた。

 そんな彼女を、呆れ果てて見ている響歌。

「他人事だと思って、お気楽なんだから。あのねぇ、私ははっきりいって迷惑しているの。お陰で目立っているし、変な噂も立つし、たまったもんじゃない。だけど彼らとはクラスメイトだし、これから3年間一緒かもしれないから無下にするのも悪いでしょ。だからとても困っているの!」

 響歌は一気にまくしたてると、再び溜息を吐いた。

 そうなのだ。既に噂が学校中を駆け巡り…って、誰の噂かって?

 決まっている。響歌と中葉がつき合っているといった噂だ。

 しーかーも、噂はそれだけでは留まらず他校にまで広がっている。つい先日、響歌は久々に会った他校の友達に訊かれたのだから。

「あんた、二股かけているの?って!」

「…二股は嫌だね」

 こればかりは気の毒で仕方がない。繊細な自分であれば学校を休んでいただろう。

 剛胆な性格の響ちゃんだから耐えられているんだね、きっと。

 でも…毎日ここで荒れている理由はそれだけなのだろうか。

 舞はフと疑問に思った。

 響ちゃんの性格なら噂なんて笑い飛ばしていそうなのに、こんなに気にしているんだもの。響ちゃんらしくないよ。

 もちろん学校を休むまではしていないが、それでも毎日愚痴を言っている姿がどうしても響歌に当てはまらない。

 もっと他にも理由があるのだろうか。例えば他に好きな人がいるとか!

 意外にも、他人のことになると鋭くなる舞だった。

 えっ、まさかそうなの?

 いやいや、でも本当にそれっぽいわよ。

 一旦そう思うと、その考えが離れなくなるのは誰でも同じだ。舞にとってもそうだった。

 我慢ができなくなってきた。響ちゃんってば、いったい誰に恋をしているの?

 だが、今の響歌に訊いても、すんなりと教えてくれるとは思えない。それどころか怒りを倍増させるだけの気がする。

 やっぱりこういうことって、本人に確かめるよりもみんなと相談してから対策を練るに限るわ。

 確か明日って、選択科目が2時間あったよね。まずは手始めに、同じ習字を専攻している歩ちゃんに相談してみようかな。

 その時間だと、音楽を専攻しているさっちゃんとまっちゃんはいないけど、美術専攻の響ちゃんがいないので気兼ねなく話せそうだ。

 うん、決まりね。

 待っていいて、響ちゃん。私、頑張るから!

「どうしたのよ、いきなりガッツポーズなんかして。もしかして…何かやらかそうとしているんじゃないでしょうね?」

 隣で異様に張り切り出した舞を、響歌が不審な目をして睨んだ。

「い、嫌だなぁ、やらかそうだなんて、人聞きの悪いことを言わないでよ。私はただ、テツヤ君に対する自分の想いを再確認していただけなんだから!」

 響歌に考えていることを悟られてはマズイ。舞は慌てて否定した。

 あまり上手く誤魔化せてはいなかったが、テツヤという言葉のお陰で響歌には悟られずに済んだ。

「私もあんたみたいに気楽な立場になりたいわ」

 舞の企みに気づかなかった響歌は、明日からまた始まる騒がしい日々を思い、また一つ溜息を吐いたのだった。
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