少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 時刻は午後7時をまわっている。

 舞と響歌は、柏原を離れて宮内駅へと向かっている電車に揺られていた。

「今日は凄く楽しい1日だったね、響ちゃん」

 舞はまだ興奮が治まらないらしく、頬を赤くしてはしゃいでいた。

 隣にいる響歌も、それは同様だった。

 なんたって、さっきまで驚愕告白のオンパレードだったのだから!

 舞も響歌も、やはり人の子。こういった恋愛話が大好きなのだ。しかも学校ではなかなか訊き出せない3人の告白を聞いた後だ。気分が高まったままなのもまったく不思議ではない。それがまだ片想いの状態でも、だ。

 いや、もしかするとこの手の話は、ハッピーエンドになった時に聞くよりも片想い状態の時に聞く方が、周りからすれば楽しいのかもしれない。

 既にくっついてしまったら想像できる範囲が限られている。それに比べて片想い状態だと、彼女達の恋が実ろうがそうでなかろうが、周囲は勝手に応援し、結末までに向かう紆余曲折を一緒に体験できる。しかも当事者ではないので、失敗して失恋したとしても哀しくならない。

 そういった考えは本当に勝手なのだけど、みんなそれぞれお互い様なのだからそう思ってもいいはずだよね。

 私の恋も楽しんでもらっていいから、私も響ちゃん達の恋を楽しませてもらおうっと!

「…フフフフフ」

 舞の口元から不気味な笑いが出る。

 響歌がそれに気づき、嫌な顔をした。

「何か変なことを企んでいるんじゃないでしょうね」

「えっ、えぇっ、い、いやぁ、そんなことないよ。って、企むだなんて人聞きの悪い。私はただ、みんなの恋愛を一緒に楽しんであげようと思っていただけだから」

 つい本音が出てしまう。

 響歌の顔が呆れたものへと変わった。

「同じことでしょ。みんなのはいいけど、私のは程々にしてよね。ただでさえややこしいんだから」

「えぇっー、響ちゃんのが一番ダイナミックで面白いのにー!」

 舞が不満な声をあげるのも無理はない。先程の暴露大会でも響歌の告白が一番衝撃を受けたのだ。驚きの連続で息を吐く暇の無いくらいに。

 舞と歩の場合は事前にある程度は知っていたからまだ良かったが、まったく知らなかった紗智と真子は酸素ボンベがいるのではないかと思うくらいの状態だった。

「響ちゃんは自分の経験が一番面白いとは思わないの?」

「当時者がそんなことを思えるわけがないでしょ。そりゃ、他人から見ればこの上なく面白い見世物になるだろうけど、本人はこれでも必死に今を生きているの」

 この響歌の言葉には、舞も思うところがある。神妙な顔になって頷いた。

 そうよね、私だって、テツヤ君との恋に必死になっているもの。

 響ちゃん達は楽しんでいるけどさ!

 言われてみれば、それはこのことと一緒なのよ。

「そうよね、考えてみれば響ちゃんも私と一緒なのよ。うん、わかった。私も響ちゃんのは程々にしておくから、響ちゃんの方も私のは程々にしておいてね。それよりもまっちゃんや歩ちゃん達の方をよろしく」

 舞は都合のいい言葉を並べて締めくくった。

 響歌はそれに呆れながらも、少しだけ話題を逸らした。

「確かに歩ちゃんとまっちゃんには頑張ってもらいたいかな。でも、歩ちゃんはともかく、まっちゃんはちょっと難しいかもねぇ」

「なんで?」

「考えてもみなさいよ。相手は高尾君なのよ。あの、高尾君。まぁ、あなたの川崎君程じゃ・な・い・け・ど。あの人って、同級生だけじゃなくて上級生にも人気があるみたいじゃない。もしかすると既に彼女だっているかもよ。しかも面食いそうだしさ」

 そういえば…そうかもしれない。

 舞も響歌の言葉を否定できなかった。

「確かにそうだよねぇ。でも、それだとまっちゃんは、少し…いや、かなり難しくなるよね。せめてまっちゃんがもっと積極的に高尾君に話しかけられたらいいんだけど、まっちゃんも内気だからなぁ。まっちゃんも笑ったら可愛いんだけど、教室にいる時は暗いしさぁ。高尾君だけではなくて他の男子と話すのも苦手そうだし…これって、やっぱり望みゼロ?」

 真子に対して毒舌ぶりを発揮する舞に、響歌は呆れ果てた。

「私らの中で男子と話すことが一番苦手なあんたに言われたら、まっちゃんも立場が無いわよねぇ。私としては男子と日常会話くらいはできるまっちゃんの方が立派だと思うけど?」

「響ちゃん!」

「まぁ、そんなことは、今はいいか。こればかりはムッチーの言う通りで、まっちゃんが高尾君と話をしないことには始まらないからね。そうだなぁ、卒業までに高尾君と一言でも話せたら、まっちゃんの恋としては上出来なんじゃない?」

 響歌は真子の恋にあまり関心が無いようだ。協力もしないらしい。

「響ちゃん、それはあまりにも薄情だよ。まっちゃんの為に少しは協力してあげようとは思わないの?」

「思わない」

「そんな、特に響ちゃんの場合は男子達と気軽に話ができるんだから、そこら辺を通してさぁ」

 舞の言いたいことは響歌にもわかる。しかしその方法がいいとは限らないのだ。

 第三者が介入しても上手くいくとは限らない。余計にこじれる場合もある。いや、むしろそちらの可能性の方が高い。

「私がシャシャリ出て話を混乱させるよりも、本人が勇気を出して動いた方がいいんだって。だいたい普段はムッチーと一緒にいることの多い私が、いきなりまっちゃんとつるんで声をかけるのも変でしょ。私はまっちゃんの恋に協力しているのよって、周囲にバラしているようなものじゃない。それだったら私よりもいつも傍にいるさっちゃんがやるべきよ」

 実は響歌は舞で少し懲りている。文化祭前に川崎と話せる状況を何度か作ったにも関わらず、舞が石像化してしまったお陰で何も発展しなかったのだから。

 あれじゃ、している意味が無い。

 それでも舞の場合は行動がとても面白いので、進展は皆無だったものの、あの時は大いに楽しめた。

 そう、楽しめたし、文化祭前ともあってセッティングするのがとても楽だった。だからあれはあれで良かった。そう思うことにしている。

 響歌だって、セッティングする以上は自分も楽しみたい。

 苦労してセッティングしたとしても、真子だと第2の石像になるだろう。別に真子が高尾と話せなくても構わないのだが、少しくらいは楽しめる出来事が発生して欲しい。

 それでも真子の性格は、舞とは違って面白味が無い。穏やかでいい人ではあるのだが、いかんせん大人し過ぎるし普通過ぎる。セッティングしたとしても、響歌だけが話し続け、その間、真子は下を向いている姿が容易に目に浮かんでしまう。真子に話を振っても相槌だけで終わるだろう。

 それだとしている意味が無さ過ぎる。

 それに加えて真子とはこれまで2人きりで行動することがあまり無かった。これで自然にセッティングをしろというのは酷過ぎだ。せめて文化祭前ならできただろうが、その時期はとっくに過ぎてしまった。

 だとしたら危ない橋は渡らずに遠まわりさせた方がいいではないか。例え1%でも、その方が恋が実る可能性がある。

 響歌はそういった考えで、真子に対しては動く気が無かった。

 しかし今まで人の恋路に協力したことが無い舞は、響歌の意図がわからず不満だった。

 それでも今その不満を響歌にぶつけても、彼女は絶対に動かないだろう。それだけは舞にもわかった。

 自分だけではどうしようもない。舞は不満ながらも真子のことは少し置いておくことにした。

「それにしてもさっちゃんの相手が木村君だとは思わなかったなぁ」

 響歌の興味は既に真子から紗智へと移っていた。

「でも、それだって本気で好きなわけではなくて、ただいいなって思う程度なんでしょ?」

「そうねぇ、あの感じだと本当にそうなんでしょうねぇ」

 なんか、さっちゃんのが一番つまらなかったなぁ。

「女の子なら、もっとラブラブパワーを発揮して欲しいよ。なんたって今は青春真っ盛りの中なんだから。お肌だって一番ピチピチな時のはずなのに!」

 その時、舞は顔を重大なことに気づき、青ざめた。

「どうしよう、響ちゃん。このままだとさっちゃんはお局様路線を歩んじゃう。一度も男性とつき合えないまま朽ち果ててしまうよ!」

 とても失礼な話だが、舞は本気で紗智の行方を心配していた。

 響歌は呆れ果てた。

「それ、さっちゃんの前で言ってごらん。大きな一発がもらえるかもよ」

 そんなの、絶対に嫌だから!

 舞はさっき以上に青ざめ、首を大きく横に振った。

「い、いや、きっとさっちゃんにもそのうちイイ人が現れるよ。う、うん、きっと、そうに決まっているよ」

 そう言った声は震えてもいた。

「お局様路線もあながち間違ってはいなさそうだけどね。でも、まぁ、文化祭の時のことをちょっと思い出してみてよ」

 響歌は意味あり気な視線を舞に向けた。

 響歌の言いたいことがそれだけでわかる。

 そうだわ、さっちゃんにも恋する乙女の姿があったじゃないの!

「じゃあ、やっぱりさっちゃんの本命って、橋本君なの?」

「最近の様子を見る限りだと、残念ながら本命までは発展していなさそうだけど、そうなる可能性はあると思う。まぁ、私が言いたかったことは、さっちゃんにも乙女な部分があるっていうことよ。文化祭前の、あのはしゃぎっぷり。あれこそ乙女の姿でしょう?」

 乙女というよりは子供のようだったが、いつもの紗智と違ったというのは確かだ。紗智が恋をするとあんな風になるのだろう。

「じゃあ、これからが楽しみだね」

 舞は嬉々として言う。

 響歌も楽しげな顔でそれに同意しようとしたが、その寸前、表情が変化した。

 目を見張り、車両の前方を見つめている。

 あれ、響ちゃんってば、どうしたんだろう?
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