少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 響歌は比良木駅で意外な人の姿を見つけて嬉しくなった。

「くーろーさーきー君!」

 声を弾ませながら黒崎の肩を叩く。

 中途半端な時間に学校を出てしまったので駅には誰もいないと思っていた。

 それなのにその駅に、何故か黒崎がいたのだ。

 あの暴露大会の帰り以降、橋本と言葉を交わしていないが、黒崎ともロクに話していなかった。響歌が声をかけないわけが無い。

「やぁ、葉月さん」

 彼は響歌の姿を目にするなり笑顔を向けた。

「こんな時間にどうしたの。確か柏原方面行の電車って、さっき行ったよね?」

 響歌が駅に向かって歩いている時、比良木駅に電車が止まっていた。駅の階段を上る前に行ってしまったが、焦ることなくここまで来た。

 あの電車は柏原方面行だ。響歌が乗る予定の電車はこの30分後に来ることになっている。少し時間が空いているので駅にはきっと誰もいない。

 そう思っていたのに、まさか一番会いたかった彼の姿を見つけるなんて!

「さっきの電車に乗ろうとしていたけど、一歩遅かったらしくて目の前で扉が閉まって乗れなかったんだ。あれはちょっと参ったなぁ」

 黒崎は少し恥ずかしそうだった。

 そういった経験は響歌の方にもある。今の黒崎の気持ちはとてもよくわかった。

「でも、葉月さんもなんでこんな時間に駅に来たの。宮内方面の電車も30分くらい後だよね。寒いし、教室で待っていた方が良かったんじゃない?」

「まぁ、そうなんだけど…ね。教室で待っているとお邪魔虫になりそうだったから」

 本当のところは舞と中葉に怒って出て行ったのだが、黒崎にそんなことを言えるわけがない。

「えっ、お邪魔虫って、葉月さんが。またどうして?」

 もしかして私ってば、誤魔化す例を間違えた?

 響歌は一瞬焦ったが、よく考えてみるとそれもあながち間違いではないことに気づいた。

「今井さんと中葉君のお邪魔になるのよ。私がいると、ね」

 正直に答えると、黒崎が驚いた。

「えぇっー、中葉と今井さんの方がつき合っているの。オレ、葉月さんだとばかり…」

「だからつき合っていないって、この前も言ったでしょ!」

 それなのにまだ誤解されていたのだろうか。

 ここまで誤解しているということは、黒崎は自分に対してなんとも思っていないということになる。

 響歌はそれに気づいて哀しくなった。

 まぁ、わかってはいたんだけど…ね。

 黒崎はにこやかに笑いながら弁解する。

「ごめん、ごめん。あの時も否定していたけど、やっぱり葉月さんはいつも中葉と仲がいいし、テレているだけだろうと思っていたんだよ。でも、そうかぁ、中葉と今井さんかぁ。予想外の組み合わせだけど、案外噂ってそんなものなのかもな」

 黒崎の笑顔を見て、響歌の心臓が激しく波打つ。

「でも、まだつき合っているわけじゃないからね。時間の問題ではあるけど。あの様子だと、多分2年になるまでにくっつくはずよ」

「へぇ、でも、この季節って人肌が恋しい季節だから、それにも背中を押されてつき合うかもな」
 
 人肌かぁ…確かにそれが恋しい季節だよね。

 去年の今は、暖かかったのかもしれない。

 今年の冬は、そんなものは望めそうにないけどさ。

 響歌は少し感傷的になり、俯いた。

「あっ、振ってきた」

 黒崎の声で、響歌が顔を上げる。

 今まで持ちこたえていたが、とうとう雪が降ってきた。まだちらつく程度だったが、予報では段々と酷くなるらしい。

 持っていた傘を広げると、黒崎がすかさずその中に入ってきた。

「ありがとう」

 えぇっ!

「オレ、今日は傘を持ってきていないんだ。宮内方面の電車が来るまででいいから入らせて」

「うん、いいよ」

 破裂しそうな心臓を抱えながらも、黒崎に悟られないよう必死に冷静に務める。

 黒崎はそんな響歌から自然に傘を取った。

「持ってあげる」

「あ、ありがとう」

 さっきもドキドキしていたが、これはもうその度合いが格段に違う。こんな状態で電車が来るまで持ちこたえてくれるのだろうか、私の心臓は。

 これじゃあ、ムッチーのこと笑えないよ。

 今の自分は文化祭の頃のムッチーとたいして変わらない。恋人がいた時期もあったのに、それがすべて消去されたかのようにその経験もまったく役に立っていないじゃない。

 私って、あいつと一緒に過ごしている時、どうしていたんだろう?

 あの時は確かに好きだった。こんな風にドキドキしていたこともあるのに…

 こういった経験は場数を踏んでも参考にはならないのだろうか。

 それとも相手が違うと役に立たなくなるとかなの?
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