少女達の青春群像 ~舞、その愛~
「あっ、宮内方面行の電車が来たみたいだよ」
黒崎が先に気づいて持っていた傘を響歌に返そうとしたが、響歌は傘を受け取らなかった。
「私は親に迎えに来てもらうから、そのまま持っていて。この傘って青色だから男の人が持っていても違和感が無いと思うし、こんな日に濡れて帰ったら風邪をひいてしまうわよ。黒崎君は告白を控えているんだし、風邪をひいている場合じゃないでしょ」
「じゃあ、せっかくの好意だし、ありがたく借りようかな。ありがとう」
黒崎が響歌の好きな笑顔で傘を受け取った。
「じゃあ、黒崎君。また明日ね」
「あぁ、傘ありがとう。バイバイ」
響歌が黒崎に背を向けて電車に乗ると、扉はすぐに閉まった。
バイバイ…かぁ。なんだか永遠にバイバイっていう感じがするよ。
外を見ると、黒崎が手を振ってくれている。
響歌も口元を上げて手を振り返した。そうして再び背を向けて扉から離れた。
途中から何を話していたのだろう。
会話はしていたはずだが、心ここにあらずの状態だったのでまったく思い出せない。
黒崎君には気づかれていないと思うのだけど…
うん、気づかれていないはずよ。
だって彼はずっと笑顔だった。絶対に気づかれていない。
これが私じゃなくて加藤さんだったら気づいていたんだろうけど…ね。
暗い気持ちで前の方へ歩いて行く。
この時間だったら余裕で座れるはずだ。さすがに今の心理状態で立っていたくはない。
見渡すと、ほとんど空いている。
さて…と、どこに座ろう。
「響ちゃーん、こっち、こっち」
…会いたくない相手に出会ってしまった。
響歌は溜息を吐いたが、舞はそんな響歌の様子を気にすることなく手を振り続けている。
なんだか妙にハイテンションなんですけど…もしかして見られていた?
できれば近寄りたくなかったが、あんなことをいつまでもされているのも嫌だ。響歌は仕方なく舞の傍に行った。
「ウフフフフフ~」
不気味な笑いが車内に響く。
数少ない乗客全員が舞に注目したが、舞はそれに気づいていない。
「仲良かったね!」
ここに座ったのはやはり間違いだった。
響歌は自分の悪運を呪った。
「まるで恋人同士のようだったよ~。雪が降り積もる中、傘の中で寄り添う2人。ロマンチックだよねぇ。ねぇ、響ちゃん。私さぁ、1度比良木駅に来ていたんだよ。知らなかったでしょ?」
…え。
「いつ来ていたのよ。いや、それだったら声をかけてよ」
「そんな野暮なことをするわけがないでしょ。というよりも、あまりにもいい雰囲気だったから声をかけられなかったの。だから時間もあったし、駿河駅まで行ったんだ。でも、電車の中から見ていても思ったけど、良く似合っていたよ~。橋本君といる時よりも似合っていたんだから。これなら恋人同士になるのも時間の問題だね」
舞は響歌の気持ちも知らずにニヤニヤしている。
そんな風に言われるのは、今の響歌には辛い。
響歌は黙っていられなくなり、黒崎との会話をすべて舞に話した。
「えっー、黒崎君って、加藤さんが好きだったのー?」
舞は絶叫した。
「最近よく耳にする名前だけど、まさか黒崎君まで加藤さんのことが好きだったなんて…あっ、響ちゃん、ごめん」
舞は響歌の視線を感じて慌てて鞄の中からミルクティーを取り出した。
「はい、響ちゃんのアイスコーヒーの次に好きなミルクティー。これは私のおごりだから遠慮せずに飲んで」
「ありがと」
響歌は短くお礼を言うと、ミルクティーを受け取った。
雪の中で待っているので身体が冷えているだろうと、わざわざ買っておいてくれたのだろう。問題の多い性格の舞だが、こういったさり気ない気配りには響歌もこれまで随分と助けられてきた。
まだ暖かいミルクティーの缶を持っていると、究極にまで凍っていた響歌の心も溶けていくようだ。
思えば夏に彼氏と別れた時も、ムッチーには何も言っていなかったけど、彼女の能天気な言動にかなり助けられたような気がする。
まぁ、ムッチーの言動を見ていたら、ずっと落ち込んでいる自分がバカみたいに思えただけなのだけど…
でも、これも才能の一つだよね。
こんなことを言えば舞が頭に乗るのはわかりきっていたので口に出すことは絶対に無いが、心の中では感謝していた。
「響ちゃん、どうしたの?」
黙ったままだったので、さすがに舞も心配になったらしい。
「ううん、なんでもない。それにしても黒崎君はやっぱりカッコよかったなって思っていただけ」
「あ、少し元気になった?良かったぁ、元気の無い響ちゃんなんて響ちゃんじゃないからね。それに、響ちゃん。男は黒崎君だけじゃないんだよ。テツヤ君だっているんだから!」
…は?
「ちょっと、あんた、今…自分が何を言ったのかわかっているの?」
「えっ、どうしたの。男だったら、テツヤ君だっているって言っただけだよ」
やっぱり言っている!
「ムッチーはいいの。川崎君はあんたの運命の鎖の相手なのよ。そんな相手を私が好きになってもいいの?」
「いやだなぁ、私はテツヤ君が響ちゃんの相手になっても不思議はないと思っているだけだよ。テツヤ君って、もしかしたら響ちゃんのことが好きかもしれないもん。響ちゃんは彼が唯一名前で呼んでいる女子なんだから」
この数時間の間にいったい何があったのだろう。
今日の昼休みまでは絶対にそんなことを思っていなかったはずだ。昼に響歌が川崎から『響歌ちゃん』と呼ばれた時には目を吊り上がらせて怒っていたのだから。
それなのにこの変わりようって!
「ねぇ、本当にどうしたのよ。川崎君はあんたのものだったんでしょ。私がもらってしまってもいいの?」
「響ちゃんってば、私がそんなに心の狭い人間だと思っているの。響ちゃんが好きならテツヤ君とつき合っても全然構わないって。あっ、かえってその方がいいかも。ほら、それだったら私と中葉君、響ちゃんとテツヤ君とでダブルデートができるでしょ」
要するに、あっさりと中葉君に転んだというわけか。
いや、いつかそうなりそうだとは思っていたけど、これはさすがに早過ぎでしょ。
しかもやっぱりダブルデートにこだわっているし!
「いったいどういったことがあって、川崎君から中葉君に変わったのよ。理由くらいはあるんでしょ?」
そうしないと私、あんたについていけない…
響歌の呆れ果てた姿に、舞はまったく気づいていなかった。顔を輝かせて話し始める。
どうやら人に言いたくてたまらなかったようだ。
そうして電車内で乗客全員が見守る?中、舞の恋物語~中葉編~が実演されたのだった。
黒崎が先に気づいて持っていた傘を響歌に返そうとしたが、響歌は傘を受け取らなかった。
「私は親に迎えに来てもらうから、そのまま持っていて。この傘って青色だから男の人が持っていても違和感が無いと思うし、こんな日に濡れて帰ったら風邪をひいてしまうわよ。黒崎君は告白を控えているんだし、風邪をひいている場合じゃないでしょ」
「じゃあ、せっかくの好意だし、ありがたく借りようかな。ありがとう」
黒崎が響歌の好きな笑顔で傘を受け取った。
「じゃあ、黒崎君。また明日ね」
「あぁ、傘ありがとう。バイバイ」
響歌が黒崎に背を向けて電車に乗ると、扉はすぐに閉まった。
バイバイ…かぁ。なんだか永遠にバイバイっていう感じがするよ。
外を見ると、黒崎が手を振ってくれている。
響歌も口元を上げて手を振り返した。そうして再び背を向けて扉から離れた。
途中から何を話していたのだろう。
会話はしていたはずだが、心ここにあらずの状態だったのでまったく思い出せない。
黒崎君には気づかれていないと思うのだけど…
うん、気づかれていないはずよ。
だって彼はずっと笑顔だった。絶対に気づかれていない。
これが私じゃなくて加藤さんだったら気づいていたんだろうけど…ね。
暗い気持ちで前の方へ歩いて行く。
この時間だったら余裕で座れるはずだ。さすがに今の心理状態で立っていたくはない。
見渡すと、ほとんど空いている。
さて…と、どこに座ろう。
「響ちゃーん、こっち、こっち」
…会いたくない相手に出会ってしまった。
響歌は溜息を吐いたが、舞はそんな響歌の様子を気にすることなく手を振り続けている。
なんだか妙にハイテンションなんですけど…もしかして見られていた?
できれば近寄りたくなかったが、あんなことをいつまでもされているのも嫌だ。響歌は仕方なく舞の傍に行った。
「ウフフフフフ~」
不気味な笑いが車内に響く。
数少ない乗客全員が舞に注目したが、舞はそれに気づいていない。
「仲良かったね!」
ここに座ったのはやはり間違いだった。
響歌は自分の悪運を呪った。
「まるで恋人同士のようだったよ~。雪が降り積もる中、傘の中で寄り添う2人。ロマンチックだよねぇ。ねぇ、響ちゃん。私さぁ、1度比良木駅に来ていたんだよ。知らなかったでしょ?」
…え。
「いつ来ていたのよ。いや、それだったら声をかけてよ」
「そんな野暮なことをするわけがないでしょ。というよりも、あまりにもいい雰囲気だったから声をかけられなかったの。だから時間もあったし、駿河駅まで行ったんだ。でも、電車の中から見ていても思ったけど、良く似合っていたよ~。橋本君といる時よりも似合っていたんだから。これなら恋人同士になるのも時間の問題だね」
舞は響歌の気持ちも知らずにニヤニヤしている。
そんな風に言われるのは、今の響歌には辛い。
響歌は黙っていられなくなり、黒崎との会話をすべて舞に話した。
「えっー、黒崎君って、加藤さんが好きだったのー?」
舞は絶叫した。
「最近よく耳にする名前だけど、まさか黒崎君まで加藤さんのことが好きだったなんて…あっ、響ちゃん、ごめん」
舞は響歌の視線を感じて慌てて鞄の中からミルクティーを取り出した。
「はい、響ちゃんのアイスコーヒーの次に好きなミルクティー。これは私のおごりだから遠慮せずに飲んで」
「ありがと」
響歌は短くお礼を言うと、ミルクティーを受け取った。
雪の中で待っているので身体が冷えているだろうと、わざわざ買っておいてくれたのだろう。問題の多い性格の舞だが、こういったさり気ない気配りには響歌もこれまで随分と助けられてきた。
まだ暖かいミルクティーの缶を持っていると、究極にまで凍っていた響歌の心も溶けていくようだ。
思えば夏に彼氏と別れた時も、ムッチーには何も言っていなかったけど、彼女の能天気な言動にかなり助けられたような気がする。
まぁ、ムッチーの言動を見ていたら、ずっと落ち込んでいる自分がバカみたいに思えただけなのだけど…
でも、これも才能の一つだよね。
こんなことを言えば舞が頭に乗るのはわかりきっていたので口に出すことは絶対に無いが、心の中では感謝していた。
「響ちゃん、どうしたの?」
黙ったままだったので、さすがに舞も心配になったらしい。
「ううん、なんでもない。それにしても黒崎君はやっぱりカッコよかったなって思っていただけ」
「あ、少し元気になった?良かったぁ、元気の無い響ちゃんなんて響ちゃんじゃないからね。それに、響ちゃん。男は黒崎君だけじゃないんだよ。テツヤ君だっているんだから!」
…は?
「ちょっと、あんた、今…自分が何を言ったのかわかっているの?」
「えっ、どうしたの。男だったら、テツヤ君だっているって言っただけだよ」
やっぱり言っている!
「ムッチーはいいの。川崎君はあんたの運命の鎖の相手なのよ。そんな相手を私が好きになってもいいの?」
「いやだなぁ、私はテツヤ君が響ちゃんの相手になっても不思議はないと思っているだけだよ。テツヤ君って、もしかしたら響ちゃんのことが好きかもしれないもん。響ちゃんは彼が唯一名前で呼んでいる女子なんだから」
この数時間の間にいったい何があったのだろう。
今日の昼休みまでは絶対にそんなことを思っていなかったはずだ。昼に響歌が川崎から『響歌ちゃん』と呼ばれた時には目を吊り上がらせて怒っていたのだから。
それなのにこの変わりようって!
「ねぇ、本当にどうしたのよ。川崎君はあんたのものだったんでしょ。私がもらってしまってもいいの?」
「響ちゃんってば、私がそんなに心の狭い人間だと思っているの。響ちゃんが好きならテツヤ君とつき合っても全然構わないって。あっ、かえってその方がいいかも。ほら、それだったら私と中葉君、響ちゃんとテツヤ君とでダブルデートができるでしょ」
要するに、あっさりと中葉君に転んだというわけか。
いや、いつかそうなりそうだとは思っていたけど、これはさすがに早過ぎでしょ。
しかもやっぱりダブルデートにこだわっているし!
「いったいどういったことがあって、川崎君から中葉君に変わったのよ。理由くらいはあるんでしょ?」
そうしないと私、あんたについていけない…
響歌の呆れ果てた姿に、舞はまったく気づいていなかった。顔を輝かせて話し始める。
どうやら人に言いたくてたまらなかったようだ。
そうして電車内で乗客全員が見守る?中、舞の恋物語~中葉編~が実演されたのだった。