少女達の青春群像 ~舞、その愛~
響歌は橋本と一緒に校門を出た。
橋本の方が早く休養室から出たが、響歌の方が帰り支度が早かったらしく生徒玄関で橋本に追いついたのだ。響歌は橋本を見つけると彼の鞄を強奪。これによって橋本は響歌を振り切って逃げることができなくなってしまった。
橋本は仕方なく響歌と一緒に帰ることにした。自転車置き場で自転車を取ってきてから、響歌と一緒に学校を後にする。
端から見れば、まさに2人は恋人同士。
恋人同士が喧嘩をしているようだった。
2人は合流してから『教えろ』『教えない』と言い合いをしていたのだから。
「ねぇ、私と橋本君の仲じゃない」
「どんな仲だ。オレはこんな人知らん」
「教えてくれてもいいじゃない。減るものじゃないんだから」
比良木駅が近づいてきたが、響歌は橋本が教えてくれるまではどこまでもついて行くつもりだった。
「ほら、駅に着いたぞ。ここから乗るんだろ」
「橋本君が教えてくれたらね」
「じゃあ、このへんで!」
「うん、ついて行くから!」
今日の響歌はしつこかった。
結局、響歌はこの駅から乗らなかった。橋本と一緒に日の落ちた比良木の町を歩いていた。
学校を出てから1時間が経過している。その間の会話はすべて小長谷さんへの追及だ。
ここまで来ると、追及云々よりも意地の張り合いのようになっていたが、さすがにずっとこのままでもいられない。先に根を上げたのは橋本の方だった。
「だからぁ、なんで小長谷さんのことを諦めたのよ?」
同じことを何度も訊く響歌。
「さぁ、なんでだろうなぁ」
やはり、同じことを答える橋本。
「もう、教えてくれたっていいでしょ!」
この言葉も、これまでに何十回も言っている。
だからもう次に返ってくる言葉も響歌にはわかっていた。『別に教えなくてもいいだろう』である。
だが、その予想は外れた。
「好きな人ができたんだよ!」
橋本が怒鳴るように違うことを言ったのだ。
響歌の動きが止まった。
…え、好きな人?
って、待って。これって、今までの返答と明らかに違うわよ!
「ちょっ、好きな人って、何よ。それって小長谷さん以上に好きな人がいたっていうことよね。いったい誰よ!」
それなら最初からその人の名前を教えてよ。また訊くことが増えたじゃない!
あっ、もしかして私の反応を楽しんでいるんじゃないでしょうね。
響歌は橋本を睨むように見たが、橋本は真顔だった。冗談を言って焦れる響歌を楽しんでいたわけではないらしい。
「…お前」
響歌の頭の中が一瞬真っ白になった。
「嘘っ!」
つい叫ぶように言ってしまう。
混乱している響歌とは対照的に、橋本は冷静だった。
「嘘じゃない。本当」
「まさかぁ」
響歌は信じない。
いや、信じたくなかった。
またいつものようにからかわれるだけ。うん、きっとそう。
「本当だって。オレは葉月響歌が好きになりました」
「わ、私は信じないわよ」
「信じろ」
信じろ、と言われても…
まさか橋本君が私のことを好きだなんて。どうしよう、こんなケースは予想していなかった。
いや、そもそもついさっきまでは小長谷さんが好きだという会話をしていたはずだよね?
ねぇ、そうだったはずだよね?
「オレの言っていることって、そんなに信じられないことなのか?」
橋本が静かな口調で問う。
「だ、だって橋本君って、よく真面目に話したと思ったら、後で『あぁ、あれ本気にしたのか。バカだなぁ』って言うじゃない」
「いや、今回はそんなことは言わない」
…………
さすがにこんな様子の橋本を前にしているとからかわれているとは思えない。響歌だって、今回は違うと最初からわかっていた。
それでも認めたくないのは、自分の気持ちがわからないからだ。
自分の気持ちがわからない。どう応えていいかわからない。だからできるだけ無かったことにしたい。それだけだった。
あまりにも混乱していたので足元をよく見ていなかった。溝の蓋にある小さな穴に足をかけて転びそうになってしまった。
な、何をやっているのよ、私ってば!
それでも辺りは真っ暗になっていたし、すぐに態勢を戻した。橋本も前を向いている。
大丈夫、気づかれてはいない…よね。
「今つまずいただろ。オレはそういうドジなところに惹かれたんだ」
気づかれてた!
もう最悪だ。こんな時につまずくなんて。
何も言えなくなり俯く響歌に、橋本は提案した。
「じゃあ、こうしよう。もしオレが、明日『あれは嘘だ』と言ったら無かったことにしよう」
それは…ありがたいかもしれない。
それなら考える時間ができる。
とにかく今は時間が欲しい。
橋本君だけを好きといった気持ちは無い。でも、嫌いではない。
橋本君は中葉君の時のようにあっさり断ることができない。それくらい存在が大きくなっているんだ。
「うん、それでいいよ」
響歌はすぐに橋本の提案に乗った。
そんな話をしているうちに仙田駅まで来ていた。あと2、3分すれば宮内行の電車が来るだろう。
「じゃあ、ここで」
「あぁ」
「明日、否定したら…アレでしょ?」
「多分、否定しないから」
橋本はそう告げると、自転車に乗って行ってしまった。
…どうしよう。
今、響歌の頭にあるのはこれだけだった。
告白を受けるか、断るか。それとも信じないままでいくのか。
響歌は橋本のことが嫌いではない。むしろ好きな方だ。彼とはこれからも一緒に楽しく過ごしたい。
でも、それだと告白を受けないとダメだろう。
断れば、その後は彼と一緒にいられない。それは嫌だった。
だが、つき合うとなると、果たしてそこまで彼のことが好きなのか?という問題が出てくる。昼休みに舞から加藤のことを聞いているから余計にそんなことを考えてしまう。
そもそも響歌の中には、まだ黒崎が大きく存在しているのだ。
もちろん橋本の存在だって、響歌の中では大きい。既にその自覚もある。
だが、橋本とつき合うとなると、黒崎のことを忘れなければいけない。そうじゃないと橋本に失礼だ。
黒崎にはもう彼女がいるのだから、彼のことは忘れて橋本とつき合う方が利口なのだろう。
だが、忘れられる保証はどこにも無い。それに何故か忘れたいとも思えなかった。
その一方で、橋本を失うのも嫌だ。そう思ってしまう。
ダメだ、どちらも選べない。
響歌は空を見上げた。
最近は厚い雲で覆われている日が多いが、今日は星がいくつか見えている。たまにしか姿を見せられないからか、自分はここにいるぞと主張しているかのように輝いていた。
このまま明日が来なければいいのに…
響歌は電車が来るまで星をずっと眺めていた。
橋本の方が早く休養室から出たが、響歌の方が帰り支度が早かったらしく生徒玄関で橋本に追いついたのだ。響歌は橋本を見つけると彼の鞄を強奪。これによって橋本は響歌を振り切って逃げることができなくなってしまった。
橋本は仕方なく響歌と一緒に帰ることにした。自転車置き場で自転車を取ってきてから、響歌と一緒に学校を後にする。
端から見れば、まさに2人は恋人同士。
恋人同士が喧嘩をしているようだった。
2人は合流してから『教えろ』『教えない』と言い合いをしていたのだから。
「ねぇ、私と橋本君の仲じゃない」
「どんな仲だ。オレはこんな人知らん」
「教えてくれてもいいじゃない。減るものじゃないんだから」
比良木駅が近づいてきたが、響歌は橋本が教えてくれるまではどこまでもついて行くつもりだった。
「ほら、駅に着いたぞ。ここから乗るんだろ」
「橋本君が教えてくれたらね」
「じゃあ、このへんで!」
「うん、ついて行くから!」
今日の響歌はしつこかった。
結局、響歌はこの駅から乗らなかった。橋本と一緒に日の落ちた比良木の町を歩いていた。
学校を出てから1時間が経過している。その間の会話はすべて小長谷さんへの追及だ。
ここまで来ると、追及云々よりも意地の張り合いのようになっていたが、さすがにずっとこのままでもいられない。先に根を上げたのは橋本の方だった。
「だからぁ、なんで小長谷さんのことを諦めたのよ?」
同じことを何度も訊く響歌。
「さぁ、なんでだろうなぁ」
やはり、同じことを答える橋本。
「もう、教えてくれたっていいでしょ!」
この言葉も、これまでに何十回も言っている。
だからもう次に返ってくる言葉も響歌にはわかっていた。『別に教えなくてもいいだろう』である。
だが、その予想は外れた。
「好きな人ができたんだよ!」
橋本が怒鳴るように違うことを言ったのだ。
響歌の動きが止まった。
…え、好きな人?
って、待って。これって、今までの返答と明らかに違うわよ!
「ちょっ、好きな人って、何よ。それって小長谷さん以上に好きな人がいたっていうことよね。いったい誰よ!」
それなら最初からその人の名前を教えてよ。また訊くことが増えたじゃない!
あっ、もしかして私の反応を楽しんでいるんじゃないでしょうね。
響歌は橋本を睨むように見たが、橋本は真顔だった。冗談を言って焦れる響歌を楽しんでいたわけではないらしい。
「…お前」
響歌の頭の中が一瞬真っ白になった。
「嘘っ!」
つい叫ぶように言ってしまう。
混乱している響歌とは対照的に、橋本は冷静だった。
「嘘じゃない。本当」
「まさかぁ」
響歌は信じない。
いや、信じたくなかった。
またいつものようにからかわれるだけ。うん、きっとそう。
「本当だって。オレは葉月響歌が好きになりました」
「わ、私は信じないわよ」
「信じろ」
信じろ、と言われても…
まさか橋本君が私のことを好きだなんて。どうしよう、こんなケースは予想していなかった。
いや、そもそもついさっきまでは小長谷さんが好きだという会話をしていたはずだよね?
ねぇ、そうだったはずだよね?
「オレの言っていることって、そんなに信じられないことなのか?」
橋本が静かな口調で問う。
「だ、だって橋本君って、よく真面目に話したと思ったら、後で『あぁ、あれ本気にしたのか。バカだなぁ』って言うじゃない」
「いや、今回はそんなことは言わない」
…………
さすがにこんな様子の橋本を前にしているとからかわれているとは思えない。響歌だって、今回は違うと最初からわかっていた。
それでも認めたくないのは、自分の気持ちがわからないからだ。
自分の気持ちがわからない。どう応えていいかわからない。だからできるだけ無かったことにしたい。それだけだった。
あまりにも混乱していたので足元をよく見ていなかった。溝の蓋にある小さな穴に足をかけて転びそうになってしまった。
な、何をやっているのよ、私ってば!
それでも辺りは真っ暗になっていたし、すぐに態勢を戻した。橋本も前を向いている。
大丈夫、気づかれてはいない…よね。
「今つまずいただろ。オレはそういうドジなところに惹かれたんだ」
気づかれてた!
もう最悪だ。こんな時につまずくなんて。
何も言えなくなり俯く響歌に、橋本は提案した。
「じゃあ、こうしよう。もしオレが、明日『あれは嘘だ』と言ったら無かったことにしよう」
それは…ありがたいかもしれない。
それなら考える時間ができる。
とにかく今は時間が欲しい。
橋本君だけを好きといった気持ちは無い。でも、嫌いではない。
橋本君は中葉君の時のようにあっさり断ることができない。それくらい存在が大きくなっているんだ。
「うん、それでいいよ」
響歌はすぐに橋本の提案に乗った。
そんな話をしているうちに仙田駅まで来ていた。あと2、3分すれば宮内行の電車が来るだろう。
「じゃあ、ここで」
「あぁ」
「明日、否定したら…アレでしょ?」
「多分、否定しないから」
橋本はそう告げると、自転車に乗って行ってしまった。
…どうしよう。
今、響歌の頭にあるのはこれだけだった。
告白を受けるか、断るか。それとも信じないままでいくのか。
響歌は橋本のことが嫌いではない。むしろ好きな方だ。彼とはこれからも一緒に楽しく過ごしたい。
でも、それだと告白を受けないとダメだろう。
断れば、その後は彼と一緒にいられない。それは嫌だった。
だが、つき合うとなると、果たしてそこまで彼のことが好きなのか?という問題が出てくる。昼休みに舞から加藤のことを聞いているから余計にそんなことを考えてしまう。
そもそも響歌の中には、まだ黒崎が大きく存在しているのだ。
もちろん橋本の存在だって、響歌の中では大きい。既にその自覚もある。
だが、橋本とつき合うとなると、黒崎のことを忘れなければいけない。そうじゃないと橋本に失礼だ。
黒崎にはもう彼女がいるのだから、彼のことは忘れて橋本とつき合う方が利口なのだろう。
だが、忘れられる保証はどこにも無い。それに何故か忘れたいとも思えなかった。
その一方で、橋本を失うのも嫌だ。そう思ってしまう。
ダメだ、どちらも選べない。
響歌は空を見上げた。
最近は厚い雲で覆われている日が多いが、今日は星がいくつか見えている。たまにしか姿を見せられないからか、自分はここにいるぞと主張しているかのように輝いていた。
このまま明日が来なければいいのに…
響歌は電車が来るまで星をずっと眺めていた。