少女達の青春群像 ~舞、その愛~
「何よ、これ」
これはさすがに詳しく書き過ぎでしょう!
このレポート用紙には、さっき舞から聞き出した内容の遥か10倍は詳しく書いてあった。
普通、これを私に見せる?
しかも松村さんは既に知っている?
「冗談でしょ」
これでは舞が可哀想過ぎる。
中葉はさっき紗智達にも見せていいと言っていたが、見せることなどとてもじゃないけどできない。これ以上、誰かに読まれる前に処分したいくらいだ。
それでも関係ない自分がそれをするのは中葉に対して失礼だ。
それにこのレポートは、まずは舞に見せなければならない。彼女自身が当事者だからだ。読んだ後の彼女の判断に任せるしかない。そんな舞は、中葉に連れ去られてしまった。今日は舞にこれを渡すことはできないだろう。
今なら5時台の電車に間に合うはずだ。
今日は帰ることに決めて立ち上がった。帰る準備をしていると教室の扉が開いた。
まさか、あのバカップルが帰ってきた?
一瞬そう思ったが、教室に入ってきたのは黒崎と橋本だった。
彼らの姿を見るなり、脱力する響歌。
また、なんでよりによってこの2人と出くわすのよ。
この場から逃げ出したかったが、やはりそれも不自然なのでできるだけ自然なように振る舞うことにする。
「あれ、黒崎君に橋本君じゃない。こんな時間に2人揃っているなんて珍しいね」
響歌が声をかけると、まずは黒崎の方が応じた。
「今までクラス委員の会議があったんだ。ほら、オレは4組のクラス委員長だし、橋本は5組の委員長だろ?」
そういえば…そうだったような気がする。
響歌自身はクラス委員をしていなかったので今まで忘れていたが、今日の放課後は学年委員会があると担任が言っていたのを思い出した。
「クラス委員っていうのも大変なんだね。毎時間号令かけないといけないし、ホームルームでは議長みたいなのをしなくてはいけないのに、挙句の果てにはこんな時間まで残って会議だなんて。本当にご苦労様でした」
「まぁ、男の人数が少ないんだから仕方がないさ。他の委員は女子だけでもいいけど、クラス委員長だけは男女一人ずつ選ばないといけないから。そうなると5人のうちの誰かがやらないといけないからなぁ」
橋本が溜息交じりで言うと、黒崎がそれに続く。
「でも、就職には有利になるよな。葉月さんも2年になったらクラス委員長とは言わないけど、何か委員をしたら?すると進路に有利だよ」
「いやぁ、私は委員って柄じゃないから」
「そうかなぁ、結構似合っていると思うんだけど…」
黒崎は本当にそう思っているのか不思議そうにしている。
「そんなことないって。私よりも向いている人なんてクラスにたくさんいるよ」
…雑用は嫌いだし。
本音を言えば、それである。
響歌にはクラス委員は雑用係としか思えなかった。過去には児童会の役員とか部活の主将や副主将、クラス委員もしたことがある。その上で判断しているのだから結構正しいはずだ。
委員長をしている2人の前では、そんなことは口が裂けても言えないけれど。
その時、橋本が響歌の手にしているものを見つけた。
「あれ、お前、その手に持っている紙の束はなんだよ?」
しまった、中葉君のレポート用紙を手に持ったままだった。
こんなものを2人に見られたら絶対にマズイ!
「な、なんでもないから」
響歌は急いでレポート用紙を鞄の中に入れようとする。
だが、遅かった。
響歌の態度の変化に気づいた2人は、申し合わせたように響歌の近くにやってきた。
「だから、なんでもないって」
レポート用紙を背に隠しながらそう言ったが、2人は納得していない。
「なんでもなかったら、見せることができるはずだよな?」
橋本の言う通りだった。
だけどこれは、やはり人のもの。見せることなど到底できない。
響歌の態度は2人の好奇心をより一層刺激するものだった。
「さぁ、見せなさい」
黒崎も右手を出して迫ってくる。
あぁ…私、黒崎君のこの目に弱いのよ。
いやいや、だからといって従うわけにはいかない。
レポートを背に隠したまま、後ろへ一歩、二歩と下がっていく。
黒崎の方は右手を出したまま響歌の方へ近づいてくる。
あぁ、もう、どうしよう。
その時、背中に隠していた響歌の手からレポート用紙が抜き取られた。
しまった、黒崎君の方に気を取られていて、橋本君のことを忘れていた!
「ちょっと、返してよ!」
響歌がレポート用紙を取り返そうとしたが、背丈の違いもあり軽々と交わされてしまう。橋本はそのままレポート用紙を持って教室から出て行ってしまった。
もしかして廊下で読むんじゃないでしょうね!
響歌も橋本に続いて廊下に出た。
案の定、橋本は廊下で読もうとしていたが、響歌が追いかけてきたのに気づいて再び逃げ出した。
「待ちなさいよ、こらっー!」
響歌は叫ぶが、橋本は止まらない。南館の方まで走って行った。
なんで私が、こんなことを…
いや、奪われてしまったのは自分のせいだ。なんとしてでも彼が読む前に奪い返さなくてはいけない。
必死で橋本を追うが、なかなか距離が縮まらない。
橋本が南館2階の男子トイレに駆け込む姿が見えた。男子トイレの中なら響歌も追ってこないと思ったのだろう。
だが、響歌は普通の女とはわけが違った。堂々と男子トイレのドアを開けて中に入っていった。
幸いにも、橋本以外には人がいなかった。その橋本はトイレの一番奥にいる。響歌の姿に驚いて、すぐ傍にあった個室に逃げ込もうとした。
橋本がトイレのドアを閉めようとしたところに響歌が入ってきた。
「普通、女が男子トイレに入ってくるか?」
「うるさいわね。入ってこられたくなかったら、早くその紙を返して!」
「でも、これって、中葉のだろ。お前がそんなムキになって取り返すほどのものなのかよ」
「持ち主は中葉君でも、内容的にはヤバイものなのよ。いいから早く返して!」
響歌が橋本からレポート用紙を奪おうとするが、橋本も素直には渡さない。
しばらくの間、便座を挟んでの攻防戦が繰り広げられた。
そんな時、1人の男子生徒が男子トイレに入ってきた。響歌を見て驚いている。
入ってきた男子は響歌が知らない生徒だったが、彼が動揺しているということだけはわかった。
「ほら、人が入ってきただろ。早く出て行かないと困っているだろ」
橋本が響歌を急き立てるが、響歌は動かない。
ここで手ぶらで引き下がるなら、最初から男子トイレになんて入っていない。
橋本が返すまで絶対にここから動かない。
響歌のそんな覚悟が伝わったのだろう。橋本はレポート用紙を響歌に返した。
「ほら、これでいいんだろ」
危険なレポート用紙が手元に戻ってきて、響歌は安心した。ここで少し休みたいくらいだ。
だが、実際にはいつまでもここにいるわけにはいかない。
「ほら、だから早く出ろって。困っている人がいるだろが」
橋本の言葉で我に返った。そして橋本と2人で見知らぬ生徒に謝罪すると、急いで男子トイレから出ていった。
なんで中葉君のレポートのお陰で、私がこんな目に遭わなくてはいけないのよ。
男子トイレから出たら出たで、手前にある図書室から出てきた川崎君に見られて『何をしているんだよ?』と言われるし、生徒指導の沼津先生には『うるさい』と怒られるし!
それもこれも、中葉君がレポートなんて忌まわしいものを書くから悪いんだ。
しかも落ち着いて考えてみると、これは元々、中葉君のもの。ここで頑張って取り返しても、結局は後で橋本君や黒崎君の手に渡るのでは?
ということは…私って、もしかして怒られ損だったんじゃないの?
響歌はなんだかバカらしくなってしまった。
こんな日は早く帰ってゆっくり休むに限るわ。
「おい、どこに行くんだよ?」
トイレから出てきた橋本に呼び止められたけど、歩みを止めなかった。
「決まっているでしょ。今日は疲れたし、帰るのよ」
「もう帰るのかよ。ここからだと例の場所に近いぞ。寄って行かないか?」
例の場所というのは、きっと女子休養室だ。
橋本は誘っているのだろうが、響歌はもう一刻も早く休みたい気分だ。それにその部屋にはバカップルがいるはずだ。そんなところに行っても、イチャイチャしているのを眺めているだけになるだろう。休養室のはずなのに、それでは全然休養にならない。
だいたい中葉のレポートのお陰でこんなに疲れることになったのだ。今日はもう中葉の顔は見たくない。
「あそこにはバカップルがいるはずだもの。行かない方がマシよ」
響歌はそう言うと、歩みを速めた。
そんな響歌を、橋本は追ってこなかった。
これはさすがに詳しく書き過ぎでしょう!
このレポート用紙には、さっき舞から聞き出した内容の遥か10倍は詳しく書いてあった。
普通、これを私に見せる?
しかも松村さんは既に知っている?
「冗談でしょ」
これでは舞が可哀想過ぎる。
中葉はさっき紗智達にも見せていいと言っていたが、見せることなどとてもじゃないけどできない。これ以上、誰かに読まれる前に処分したいくらいだ。
それでも関係ない自分がそれをするのは中葉に対して失礼だ。
それにこのレポートは、まずは舞に見せなければならない。彼女自身が当事者だからだ。読んだ後の彼女の判断に任せるしかない。そんな舞は、中葉に連れ去られてしまった。今日は舞にこれを渡すことはできないだろう。
今なら5時台の電車に間に合うはずだ。
今日は帰ることに決めて立ち上がった。帰る準備をしていると教室の扉が開いた。
まさか、あのバカップルが帰ってきた?
一瞬そう思ったが、教室に入ってきたのは黒崎と橋本だった。
彼らの姿を見るなり、脱力する響歌。
また、なんでよりによってこの2人と出くわすのよ。
この場から逃げ出したかったが、やはりそれも不自然なのでできるだけ自然なように振る舞うことにする。
「あれ、黒崎君に橋本君じゃない。こんな時間に2人揃っているなんて珍しいね」
響歌が声をかけると、まずは黒崎の方が応じた。
「今までクラス委員の会議があったんだ。ほら、オレは4組のクラス委員長だし、橋本は5組の委員長だろ?」
そういえば…そうだったような気がする。
響歌自身はクラス委員をしていなかったので今まで忘れていたが、今日の放課後は学年委員会があると担任が言っていたのを思い出した。
「クラス委員っていうのも大変なんだね。毎時間号令かけないといけないし、ホームルームでは議長みたいなのをしなくてはいけないのに、挙句の果てにはこんな時間まで残って会議だなんて。本当にご苦労様でした」
「まぁ、男の人数が少ないんだから仕方がないさ。他の委員は女子だけでもいいけど、クラス委員長だけは男女一人ずつ選ばないといけないから。そうなると5人のうちの誰かがやらないといけないからなぁ」
橋本が溜息交じりで言うと、黒崎がそれに続く。
「でも、就職には有利になるよな。葉月さんも2年になったらクラス委員長とは言わないけど、何か委員をしたら?すると進路に有利だよ」
「いやぁ、私は委員って柄じゃないから」
「そうかなぁ、結構似合っていると思うんだけど…」
黒崎は本当にそう思っているのか不思議そうにしている。
「そんなことないって。私よりも向いている人なんてクラスにたくさんいるよ」
…雑用は嫌いだし。
本音を言えば、それである。
響歌にはクラス委員は雑用係としか思えなかった。過去には児童会の役員とか部活の主将や副主将、クラス委員もしたことがある。その上で判断しているのだから結構正しいはずだ。
委員長をしている2人の前では、そんなことは口が裂けても言えないけれど。
その時、橋本が響歌の手にしているものを見つけた。
「あれ、お前、その手に持っている紙の束はなんだよ?」
しまった、中葉君のレポート用紙を手に持ったままだった。
こんなものを2人に見られたら絶対にマズイ!
「な、なんでもないから」
響歌は急いでレポート用紙を鞄の中に入れようとする。
だが、遅かった。
響歌の態度の変化に気づいた2人は、申し合わせたように響歌の近くにやってきた。
「だから、なんでもないって」
レポート用紙を背に隠しながらそう言ったが、2人は納得していない。
「なんでもなかったら、見せることができるはずだよな?」
橋本の言う通りだった。
だけどこれは、やはり人のもの。見せることなど到底できない。
響歌の態度は2人の好奇心をより一層刺激するものだった。
「さぁ、見せなさい」
黒崎も右手を出して迫ってくる。
あぁ…私、黒崎君のこの目に弱いのよ。
いやいや、だからといって従うわけにはいかない。
レポートを背に隠したまま、後ろへ一歩、二歩と下がっていく。
黒崎の方は右手を出したまま響歌の方へ近づいてくる。
あぁ、もう、どうしよう。
その時、背中に隠していた響歌の手からレポート用紙が抜き取られた。
しまった、黒崎君の方に気を取られていて、橋本君のことを忘れていた!
「ちょっと、返してよ!」
響歌がレポート用紙を取り返そうとしたが、背丈の違いもあり軽々と交わされてしまう。橋本はそのままレポート用紙を持って教室から出て行ってしまった。
もしかして廊下で読むんじゃないでしょうね!
響歌も橋本に続いて廊下に出た。
案の定、橋本は廊下で読もうとしていたが、響歌が追いかけてきたのに気づいて再び逃げ出した。
「待ちなさいよ、こらっー!」
響歌は叫ぶが、橋本は止まらない。南館の方まで走って行った。
なんで私が、こんなことを…
いや、奪われてしまったのは自分のせいだ。なんとしてでも彼が読む前に奪い返さなくてはいけない。
必死で橋本を追うが、なかなか距離が縮まらない。
橋本が南館2階の男子トイレに駆け込む姿が見えた。男子トイレの中なら響歌も追ってこないと思ったのだろう。
だが、響歌は普通の女とはわけが違った。堂々と男子トイレのドアを開けて中に入っていった。
幸いにも、橋本以外には人がいなかった。その橋本はトイレの一番奥にいる。響歌の姿に驚いて、すぐ傍にあった個室に逃げ込もうとした。
橋本がトイレのドアを閉めようとしたところに響歌が入ってきた。
「普通、女が男子トイレに入ってくるか?」
「うるさいわね。入ってこられたくなかったら、早くその紙を返して!」
「でも、これって、中葉のだろ。お前がそんなムキになって取り返すほどのものなのかよ」
「持ち主は中葉君でも、内容的にはヤバイものなのよ。いいから早く返して!」
響歌が橋本からレポート用紙を奪おうとするが、橋本も素直には渡さない。
しばらくの間、便座を挟んでの攻防戦が繰り広げられた。
そんな時、1人の男子生徒が男子トイレに入ってきた。響歌を見て驚いている。
入ってきた男子は響歌が知らない生徒だったが、彼が動揺しているということだけはわかった。
「ほら、人が入ってきただろ。早く出て行かないと困っているだろ」
橋本が響歌を急き立てるが、響歌は動かない。
ここで手ぶらで引き下がるなら、最初から男子トイレになんて入っていない。
橋本が返すまで絶対にここから動かない。
響歌のそんな覚悟が伝わったのだろう。橋本はレポート用紙を響歌に返した。
「ほら、これでいいんだろ」
危険なレポート用紙が手元に戻ってきて、響歌は安心した。ここで少し休みたいくらいだ。
だが、実際にはいつまでもここにいるわけにはいかない。
「ほら、だから早く出ろって。困っている人がいるだろが」
橋本の言葉で我に返った。そして橋本と2人で見知らぬ生徒に謝罪すると、急いで男子トイレから出ていった。
なんで中葉君のレポートのお陰で、私がこんな目に遭わなくてはいけないのよ。
男子トイレから出たら出たで、手前にある図書室から出てきた川崎君に見られて『何をしているんだよ?』と言われるし、生徒指導の沼津先生には『うるさい』と怒られるし!
それもこれも、中葉君がレポートなんて忌まわしいものを書くから悪いんだ。
しかも落ち着いて考えてみると、これは元々、中葉君のもの。ここで頑張って取り返しても、結局は後で橋本君や黒崎君の手に渡るのでは?
ということは…私って、もしかして怒られ損だったんじゃないの?
響歌はなんだかバカらしくなってしまった。
こんな日は早く帰ってゆっくり休むに限るわ。
「おい、どこに行くんだよ?」
トイレから出てきた橋本に呼び止められたけど、歩みを止めなかった。
「決まっているでしょ。今日は疲れたし、帰るのよ」
「もう帰るのかよ。ここからだと例の場所に近いぞ。寄って行かないか?」
例の場所というのは、きっと女子休養室だ。
橋本は誘っているのだろうが、響歌はもう一刻も早く休みたい気分だ。それにその部屋にはバカップルがいるはずだ。そんなところに行っても、イチャイチャしているのを眺めているだけになるだろう。休養室のはずなのに、それでは全然休養にならない。
だいたい中葉のレポートのお陰でこんなに疲れることになったのだ。今日はもう中葉の顔は見たくない。
「あそこにはバカップルがいるはずだもの。行かない方がマシよ」
響歌はそう言うと、歩みを速めた。
そんな響歌を、橋本は追ってこなかった。