少女達の青春群像 ~舞、その愛~
フと、歩を見る、響歌。
「そういえば歩ちゃんは、最近中庭に行っていないの?」
中庭といえば3 on 3のコートがある、あの中庭のことだ。歩の好きな細見は今でもよくあのコートでバスケをしていた。
響歌はそのことを知っているが、舞はまだ細見自体を知らない。細見は普通科の生徒。しかも1学年上だ。なかなかお目にかかることができない。放課後は中葉と一緒にいるので細見を見に行くこともできなかった。
中葉に着いてきてもらうことも思いついたことがあったが、すぐに止めた。彼に着いてきてもらうことなどとんでもないというのが舞にもわかったのだ。
何しろ彼は、自分が知っていることは全部ペラペラと他人に話すところがあるのだ。そのお陰で、初デートはもちろんのこと、浄瑠璃海岸でのデートのことも響歌達に知られてしまったのである。
響歌から聞いた話によると、あの朝帰りの時も中葉の乗る電車がみんなの通学時間帯に重ならないようにわざわざ一足先に帰ったのに、中葉はその電車に乗らずにみんなが乗る電車が来るまで宮内駅で待っていたというのだ。
そしてみんなと一緒に電車に乗り、川崎や山田と楽しく談笑していたみたいだが…
これではみんなにバレバレではないか!
響歌は敢えてその3人の仲間には入らずに来たと言っていたので彼らが話していた内容はわからないが、簡単に予想できる。話題はデートのことだったのだろう。朝、駅にいるはずのない人がいれば川崎と山田は疑問に思うはずだし、中葉は2人に訊かれたらまるで挨拶を交わすかのように理由を話しているに違いないのだ。
中葉君を中庭に連れて行くと、中葉君の口からみんなに歩ちゃんの好きな人がバレてしまう。そんなことになれば歩ちゃんは学校で肩身の狭い思いをするし、中葉君のことを恨むに決まっている。
自分の愛する人が自分の大切な友人に恨まれる姿なんて見たくない。だから舞は、自分の愛する中葉であっても中庭には着いてきてもらいたくないのだ。
そんなことになるくらいなら、自分が我慢する方がいい。
響ちゃんの話だと、かなりポイントが高い好青年らしいけど…あぁ、私も早く見てみたい!
さっちゃんやまっちゃんも、歩ちゃんに連れられて見に行ったことがあるみたいだしなぁ。
なんだか私だけ置いていかれてしまった気分だわ。
響ちゃんにはそのうち私も見ることができると言われているけど…あぁ、切ない。
少し落ち込む舞の前で、歩はモジモジしていた。
「暖かくなってきたのに、なんで行かないの?」
響歌は尚も突っ込むが、歩はモジモジ君になったままだ。そんな歩の姿は、やはり女の子らしくて可愛らしい。
あぁ、こんな姿を細見さんが見たら、一発で歩ちゃんの虜になるのに!
舞はここに細見さんがいないことをとても残念がっていた。
モジモジ状態の歩に代わり、紗智が言う。
「実はさぁ、響ちゃん。最初は歩ちゃんも細見さんのことを見ているだけで満足しているみたいだったの。でも、見ていると色々気づくことがあって…」
「気づくことって?」
「細見さん、彼女がいるんじゃないかって」
「…本当?」
響歌が紗智に確認したが、そこは断言できないようだった。
「真相はわからない。特定の女の人と一緒にいるところを見たわけじゃないから。でもね、私から見ても、細見さんって女の人に人気がありそうなの。放課後バスケしている細見さんのところに、親しそうに近づいている女子のグループとか、彼に差し入れしている女子もいて。それに普通科校舎から女子に大声で名前を呼ばれていることもあったりして…」
紗智はとても言いにくそうだった。歩の目の前だから余計に言いにくいのだろう。
「要するに彼女がいるかまではわからないけど、女子に囲まれているから見ていると辛くなってきた…ということなんだね」
「ご名答。まったくもってその通りなのよ、響ちゃん」
「でも、歩ちゃんの気持ちもわかるなぁ。私も高尾君が野口さんや他の女子と話をしていると、どうしても気分が沈むもの」
真子が呟いた。
舞もそれには同感だ。
「私だって、テツヤ君が響ちゃんのことを名前で呼んでいるのにはムカつい…いや、心が痛んだよ。それに中葉君が響ちゃんのことで落ち込んでいる姿を見た時なんて。もう私も辛くって。響ちゃんはそんな経験なんて無いでしょ?」
失礼な言葉である。
響歌は明らかにムッとした。
「失礼な話よね。私だって、黒崎君に関してはみんなと同じ思いをしてきましたよ。何しろ彼も女子に人気があるし、色々な女子と話しているもの。今までどれだけ嫉妬してきたことか。心穏やかに過ごせた日々は無かったんだからね」
響歌の言葉で、4人は思い出した。
黒崎は好きになったら一番厄介な人だということに!
彼は経済科の男子の中ではクラスの女子と一番仲が良いだろう。真子の好きな高尾も面食いだし、女の人が大好きっぽいが、高尾の方からクラスの女子に話しかけることは滅多に無い。しかもモテるわりには話しかけにくい雰囲気を持っている。活発な人ならともかく、大人しめの女子は彼に話しかけるのは勇気がいるだろう。だから真子も今まで話しかけられなかったのだ。
だが、黒崎は違う。話しかけやすい雰囲気を持っているし、彼の方も躊躇なく色々な女子に話しかけている。
「ご、ごめん。いやぁ、響ちゃんも女の子だったんだねぇ。黒崎君が他の女子と話している姿を見ても平然としていたし、その後でも気軽に彼と話していたから、てっきり響ちゃんにはそんな感情なんて無いのだと思っていたよ。それに響ちゃんだって、黒崎君と同じで躊躇なく異性に声をかけられるタイプでしょ。自分もそうだからあまり気にしていないのかと…」
舞は必死に言い訳をした。
「まぁ、いいけど。でもね、私だって躊躇なく男子に話しかけているわけじゃないからね。特に黒崎君に関しては、話しかける前はやっぱり緊張するし…」
「響ちゃんが緊張!」
歩が驚いて声をあげる。
「じゃあ、響ちゃんも黒崎君に話しかける時は勇気を出しているんだ」
真子も信じられなかった。
「あんた達、私をいったいなんだと…まぁ、いいけど。でも、私だって緊張はするし、勇気も当然出しているよ。そうしないと相手が相手だし、クラスも違うから頑張ってアピールしないと。それに私らしくないと思われそうだけど、黒崎君に話しかけられそうな時は話しかけないと。このチャンスを逃したら二度と彼とは話せないって切羽詰まってくるんだ。それも毎回ね。みんなからしたら大袈裟な話だと思うんだろうけどね」
信じられない顔をしているみんなの前で、響歌は本音を言った。
「響ちゃんも…私と同じだったんだ」
真子は呆然としていた。彼女は今までなんの気負いも無く男子と話している響歌のことが心底羨ましかったのだ。どうしたら響歌のようになれるのかと悩んだことも少なくない。
そんな響歌の口から、自分と同じような言葉を聞くなんて。しかも毎回切羽詰まっているなんて!
別世界の人間のように感じていた響歌が凄く身近な人物に思えてきた。
それについては他の3人も同じように感じていた。
「ただ切羽詰まっているって、感じているかどうかの違いなのかなぁ」
歩が響歌を見つめながら呟いた。
要は、響歌はそうやって無意識のうちに自分を追い込んでいたのだ。
だが、舞を始めとするみんなは、そこまで自分の意識を持って行っていない。知らず知らずのうちに現状に甘えていた。
響歌を見習って、自分に鞭を与えなくてはいけないのかもしれない。
みんなから尊敬の眼差しを向けられた響歌は、気恥ずかしくなり話題を元に戻そうとする。
「ほら、今は歩ちゃんのことでしょ。歩ちゃんは細見さんには会いたいけど、彼に会ったら細見さんを取り巻くその他モロモロの女の影を想像する出来事に遭ってしまう。それを経験するのは嫌だということよね。でも、それで彼を避けて、彼の姿が見られなくなってもいいの?」
「私だったら、無理かも。高尾君が他の女子と話している姿を見るのは心が痛むけど、高尾君の姿が見られないことに比べたら…」
真子は最後まで言えずに俯いた。それでも彼女の言いたいことはそれまでのセリフでわかってしまう。
俯く真子の隣で、紗智も凛とした表情で言う。
「私もまっちゃんと同じ意見。だって会わないことには何も始まらないもの。確かに細見さんは女の人からちやほやされているけど、それって裏を返せば今は彼女がいないということになるんじゃないの?いくら人気があっても、彼女がいる人に群がるかしら。まぁ、その中からいずれ彼女が現れるかもしれないけど。それだったら歩ちゃんだってチャンスがあるんだよ。それを今、歩ちゃんは自らの意思で潰しているんだから勿体ないよ!」
「そうだよ、歩ちゃん。大丈夫だよ、うん、大丈夫。だって歩ちゃんには『歩ちゃん光線』という素晴らしい武器があるんだから。でも、その武器だって細見さんに会わないと何もならないんだよ。少しずつでもいいから歩ちゃんの存在を知ってもらおう。やっぱり歩ちゃんだって、見ているだけでいいっていうだけで終われるわけがない。だから頑張ろうよ!」
紗智に続いて、舞も励ました。
『歩ちゃん光線』というのは無視したい言葉だが、歩は舞の言葉に少し感激してしまった。
これだけ皆に後押しされたら自然と勇気も湧いてくるというもの。
今の歩もそうだった。
「ありがとう、みんな。私、まだ話しかけることも何もできないけど、勇気を出してまた中庭に行ってみる。だって私はまだ2年間あるけど、細見さんはあと1年で卒業してしまうもの。細見さんの姿が見られるうちに頑張らないとね。それに自分が恋に消極的だと、響ちゃん達の恋も後押しできないもんね」
歩はそう言って、笑った。
その笑顔は誰でも彼女の恋を応援したくなるようなものだった。
もちろん舞達も例外ではない。
「今日はみんなで海に来られて本当に良かったね。なんだかここに来た時よりもみんなの表情が凄く和らいでいるような気がするよ。これならいい気分で新学期が迎えられるね」
紗智が穏やかな表情で締めくくった。
彼女の言葉に異を唱える者は、この場には当然いない。
みんな紗智と同じ穏やかな表情で同じ海を見ていた。
「そういえば歩ちゃんは、最近中庭に行っていないの?」
中庭といえば3 on 3のコートがある、あの中庭のことだ。歩の好きな細見は今でもよくあのコートでバスケをしていた。
響歌はそのことを知っているが、舞はまだ細見自体を知らない。細見は普通科の生徒。しかも1学年上だ。なかなかお目にかかることができない。放課後は中葉と一緒にいるので細見を見に行くこともできなかった。
中葉に着いてきてもらうことも思いついたことがあったが、すぐに止めた。彼に着いてきてもらうことなどとんでもないというのが舞にもわかったのだ。
何しろ彼は、自分が知っていることは全部ペラペラと他人に話すところがあるのだ。そのお陰で、初デートはもちろんのこと、浄瑠璃海岸でのデートのことも響歌達に知られてしまったのである。
響歌から聞いた話によると、あの朝帰りの時も中葉の乗る電車がみんなの通学時間帯に重ならないようにわざわざ一足先に帰ったのに、中葉はその電車に乗らずにみんなが乗る電車が来るまで宮内駅で待っていたというのだ。
そしてみんなと一緒に電車に乗り、川崎や山田と楽しく談笑していたみたいだが…
これではみんなにバレバレではないか!
響歌は敢えてその3人の仲間には入らずに来たと言っていたので彼らが話していた内容はわからないが、簡単に予想できる。話題はデートのことだったのだろう。朝、駅にいるはずのない人がいれば川崎と山田は疑問に思うはずだし、中葉は2人に訊かれたらまるで挨拶を交わすかのように理由を話しているに違いないのだ。
中葉君を中庭に連れて行くと、中葉君の口からみんなに歩ちゃんの好きな人がバレてしまう。そんなことになれば歩ちゃんは学校で肩身の狭い思いをするし、中葉君のことを恨むに決まっている。
自分の愛する人が自分の大切な友人に恨まれる姿なんて見たくない。だから舞は、自分の愛する中葉であっても中庭には着いてきてもらいたくないのだ。
そんなことになるくらいなら、自分が我慢する方がいい。
響ちゃんの話だと、かなりポイントが高い好青年らしいけど…あぁ、私も早く見てみたい!
さっちゃんやまっちゃんも、歩ちゃんに連れられて見に行ったことがあるみたいだしなぁ。
なんだか私だけ置いていかれてしまった気分だわ。
響ちゃんにはそのうち私も見ることができると言われているけど…あぁ、切ない。
少し落ち込む舞の前で、歩はモジモジしていた。
「暖かくなってきたのに、なんで行かないの?」
響歌は尚も突っ込むが、歩はモジモジ君になったままだ。そんな歩の姿は、やはり女の子らしくて可愛らしい。
あぁ、こんな姿を細見さんが見たら、一発で歩ちゃんの虜になるのに!
舞はここに細見さんがいないことをとても残念がっていた。
モジモジ状態の歩に代わり、紗智が言う。
「実はさぁ、響ちゃん。最初は歩ちゃんも細見さんのことを見ているだけで満足しているみたいだったの。でも、見ていると色々気づくことがあって…」
「気づくことって?」
「細見さん、彼女がいるんじゃないかって」
「…本当?」
響歌が紗智に確認したが、そこは断言できないようだった。
「真相はわからない。特定の女の人と一緒にいるところを見たわけじゃないから。でもね、私から見ても、細見さんって女の人に人気がありそうなの。放課後バスケしている細見さんのところに、親しそうに近づいている女子のグループとか、彼に差し入れしている女子もいて。それに普通科校舎から女子に大声で名前を呼ばれていることもあったりして…」
紗智はとても言いにくそうだった。歩の目の前だから余計に言いにくいのだろう。
「要するに彼女がいるかまではわからないけど、女子に囲まれているから見ていると辛くなってきた…ということなんだね」
「ご名答。まったくもってその通りなのよ、響ちゃん」
「でも、歩ちゃんの気持ちもわかるなぁ。私も高尾君が野口さんや他の女子と話をしていると、どうしても気分が沈むもの」
真子が呟いた。
舞もそれには同感だ。
「私だって、テツヤ君が響ちゃんのことを名前で呼んでいるのにはムカつい…いや、心が痛んだよ。それに中葉君が響ちゃんのことで落ち込んでいる姿を見た時なんて。もう私も辛くって。響ちゃんはそんな経験なんて無いでしょ?」
失礼な言葉である。
響歌は明らかにムッとした。
「失礼な話よね。私だって、黒崎君に関してはみんなと同じ思いをしてきましたよ。何しろ彼も女子に人気があるし、色々な女子と話しているもの。今までどれだけ嫉妬してきたことか。心穏やかに過ごせた日々は無かったんだからね」
響歌の言葉で、4人は思い出した。
黒崎は好きになったら一番厄介な人だということに!
彼は経済科の男子の中ではクラスの女子と一番仲が良いだろう。真子の好きな高尾も面食いだし、女の人が大好きっぽいが、高尾の方からクラスの女子に話しかけることは滅多に無い。しかもモテるわりには話しかけにくい雰囲気を持っている。活発な人ならともかく、大人しめの女子は彼に話しかけるのは勇気がいるだろう。だから真子も今まで話しかけられなかったのだ。
だが、黒崎は違う。話しかけやすい雰囲気を持っているし、彼の方も躊躇なく色々な女子に話しかけている。
「ご、ごめん。いやぁ、響ちゃんも女の子だったんだねぇ。黒崎君が他の女子と話している姿を見ても平然としていたし、その後でも気軽に彼と話していたから、てっきり響ちゃんにはそんな感情なんて無いのだと思っていたよ。それに響ちゃんだって、黒崎君と同じで躊躇なく異性に声をかけられるタイプでしょ。自分もそうだからあまり気にしていないのかと…」
舞は必死に言い訳をした。
「まぁ、いいけど。でもね、私だって躊躇なく男子に話しかけているわけじゃないからね。特に黒崎君に関しては、話しかける前はやっぱり緊張するし…」
「響ちゃんが緊張!」
歩が驚いて声をあげる。
「じゃあ、響ちゃんも黒崎君に話しかける時は勇気を出しているんだ」
真子も信じられなかった。
「あんた達、私をいったいなんだと…まぁ、いいけど。でも、私だって緊張はするし、勇気も当然出しているよ。そうしないと相手が相手だし、クラスも違うから頑張ってアピールしないと。それに私らしくないと思われそうだけど、黒崎君に話しかけられそうな時は話しかけないと。このチャンスを逃したら二度と彼とは話せないって切羽詰まってくるんだ。それも毎回ね。みんなからしたら大袈裟な話だと思うんだろうけどね」
信じられない顔をしているみんなの前で、響歌は本音を言った。
「響ちゃんも…私と同じだったんだ」
真子は呆然としていた。彼女は今までなんの気負いも無く男子と話している響歌のことが心底羨ましかったのだ。どうしたら響歌のようになれるのかと悩んだことも少なくない。
そんな響歌の口から、自分と同じような言葉を聞くなんて。しかも毎回切羽詰まっているなんて!
別世界の人間のように感じていた響歌が凄く身近な人物に思えてきた。
それについては他の3人も同じように感じていた。
「ただ切羽詰まっているって、感じているかどうかの違いなのかなぁ」
歩が響歌を見つめながら呟いた。
要は、響歌はそうやって無意識のうちに自分を追い込んでいたのだ。
だが、舞を始めとするみんなは、そこまで自分の意識を持って行っていない。知らず知らずのうちに現状に甘えていた。
響歌を見習って、自分に鞭を与えなくてはいけないのかもしれない。
みんなから尊敬の眼差しを向けられた響歌は、気恥ずかしくなり話題を元に戻そうとする。
「ほら、今は歩ちゃんのことでしょ。歩ちゃんは細見さんには会いたいけど、彼に会ったら細見さんを取り巻くその他モロモロの女の影を想像する出来事に遭ってしまう。それを経験するのは嫌だということよね。でも、それで彼を避けて、彼の姿が見られなくなってもいいの?」
「私だったら、無理かも。高尾君が他の女子と話している姿を見るのは心が痛むけど、高尾君の姿が見られないことに比べたら…」
真子は最後まで言えずに俯いた。それでも彼女の言いたいことはそれまでのセリフでわかってしまう。
俯く真子の隣で、紗智も凛とした表情で言う。
「私もまっちゃんと同じ意見。だって会わないことには何も始まらないもの。確かに細見さんは女の人からちやほやされているけど、それって裏を返せば今は彼女がいないということになるんじゃないの?いくら人気があっても、彼女がいる人に群がるかしら。まぁ、その中からいずれ彼女が現れるかもしれないけど。それだったら歩ちゃんだってチャンスがあるんだよ。それを今、歩ちゃんは自らの意思で潰しているんだから勿体ないよ!」
「そうだよ、歩ちゃん。大丈夫だよ、うん、大丈夫。だって歩ちゃんには『歩ちゃん光線』という素晴らしい武器があるんだから。でも、その武器だって細見さんに会わないと何もならないんだよ。少しずつでもいいから歩ちゃんの存在を知ってもらおう。やっぱり歩ちゃんだって、見ているだけでいいっていうだけで終われるわけがない。だから頑張ろうよ!」
紗智に続いて、舞も励ました。
『歩ちゃん光線』というのは無視したい言葉だが、歩は舞の言葉に少し感激してしまった。
これだけ皆に後押しされたら自然と勇気も湧いてくるというもの。
今の歩もそうだった。
「ありがとう、みんな。私、まだ話しかけることも何もできないけど、勇気を出してまた中庭に行ってみる。だって私はまだ2年間あるけど、細見さんはあと1年で卒業してしまうもの。細見さんの姿が見られるうちに頑張らないとね。それに自分が恋に消極的だと、響ちゃん達の恋も後押しできないもんね」
歩はそう言って、笑った。
その笑顔は誰でも彼女の恋を応援したくなるようなものだった。
もちろん舞達も例外ではない。
「今日はみんなで海に来られて本当に良かったね。なんだかここに来た時よりもみんなの表情が凄く和らいでいるような気がするよ。これならいい気分で新学期が迎えられるね」
紗智が穏やかな表情で締めくくった。
彼女の言葉に異を唱える者は、この場には当然いない。
みんな紗智と同じ穏やかな表情で同じ海を見ていた。