少女達の青春群像           ~舞、その愛~
「な・ん・ちゃっ・てー!」

 舞は机を叩き、自分の妄想にテレまくっていた。

 クラス全員の視線が舞に注いでいる。もちろん担任である渕山を含めて。

「…今井」

 渕山の平淡な声が舞を呼ぶ。

 だが、妄想に忙しい舞はそれに気づかない。

「フフフフフ~」

 不気味な笑い声が教室中に響き渡った。

「こらっー、今井っー!」

 渕山の大声が廊下にまで響き渡る。

 舞は幸せな妄想の中から渕山のネチネチクドクド攻撃の中に放り出されたのだった。


 
 始業式も終わり、待ち望んでいた放課後がやってきた。

 舞と歩は4組の前の廊下で話していた。

「あ~、新学期の初日から災難だったわよ」

 舞はフテくされていた。

「そ、そうかもね」

 歩は一応同意しておいてあげる。

 こうなったのは、そもそも初日からトリップする舞が悪いのだ。まだ実演付の方じゃなかったから良かったものの、それでも最後の『なんちゃって!』と不気味な笑いは舞のトリップには付きものらしい。

 1年の時に引き続いて2年でも、最初に担任に怒られる生徒第1号は舞になってしまった。ここまでくれば是非とも3年の最初にも怒られて3年間担任に怒られる不名誉の栄冠を取って欲しいものである。

「それにしても今朝は中葉君のことで落ち込んでいたのに、何を思ってトリップしてしまったの?」

 歩が質問してくれたので、舞はすぐに意気揚々と内容を話した。

 すべてを聞いた歩は、乾いた笑いしか出てこない。そして実演付じゃなくて本当に良かったと安堵したのだった。

 そこに別のクラスになったグループの3人がやってきた。

「ムッチー、あんたってば、また担任を怒らせていたみたいじゃない。いったい何をやらかしたのよ」

 2人の姿を見つけるなり、響歌が楽しそうに声をかけてきた。

「えっ、もしかして5組にまで聞こえたの?」

 歩が訊くと、真子がニコニコしながら答える。

「渕山の大声しか聞こえなかったけどね。それでも4組は2階で5組は3階なのに、良く聞こえたよ。『こらっ~、今井っ~!』ってね。あれはもう全クラスに聞こえているよ」

「そういえば昨年も、ムッチーは担任に怒られていたよね。2年になっても相変わらずムッチーはムッチーなんだね」

 紗智もニヤニヤしている。

「えっー、5組にまで聞こえていたのー。なるべく目立たないようにしているのに、これじゃ、その努力がパァになるじゃないの!」

 3人に言われて、今更恥ずかしがる舞。

 本人は自覚をしていないが、舞の存在は既にこの学校では有名になっていた。

 なんたって彼女は中葉とつき合っているのだから。

 男子が少ない経済科でカップルになってしまうと、普通科でそうなるよりも目立ってしまう。しかも経済科同士のカップルは現状2組しかいない。

 舞達と、元4組の安藤繁(あんどうしげる)と元5組の榎本菜摘(えのもとなつみ)だ。このカップルはバレンタインの時に榎本が告白して結ばれたカップルだ。2人共、真面目で顔も良く社交的なのでみんなから非常に羨ましがられている。

 どうやら今年は同じクラスになれたようだ。今後、一緒にいるところを目撃する回数は舞&中葉カップルよりも多くなるかもしれない。
 
 それでもこの有名なカップルのうち、どちらが目立っているかといえば、やはり舞&中葉カップルの方だ。

 中葉は独特の雰囲気を持っている。それ故、かなり有名だったのでそうなっても当然なのかもしれない。

 それに加えて、舞である。普段は地味で大人しいのだが、時々、奇声を発する女としてかなり有名だった。

 響歌達はその事実を知っているのだが、舞には伝えていない。なるべく地味に生きることをモットーにしている舞だ。本当のことを伝えたら発狂するだろう。自分のいないところで発狂するのならいいが、目の前でやられるほど厄介なものはない。だからこのことに関しては、みんな貝のように口を閉ざしていた。

 知らぬが仏なのだ。

「そういえば響ちゃんは、クラス替えのショックから立ち直ったの。なんだかもう平気そうに見えるんだけど?」

 舞は自分のことは置いておき、親友らしく響歌の様子を訊ねた。

 響歌が溜息を吐いた。

「ま、なっちゃったものは仕方がないからね。あのクラスで2年間生きていく覚悟はできたよ。それに黒崎君と橋本君、ムッチーと歩ちゃんとは離れてしまったけど、さっちゃんやまっちゃんとは一緒だからね。私はまだ救われている方かな」

「救われているの?」

 それはいったいどういうことなのだろう。

「私だけみんなと違うクラスになったわけじゃないから。ほら、あんた達のクラスの小長谷さん。1年の時に彼女が所属していたグループで、彼女だけが4組になってしまったのよ」

 そういえば…小長谷さん以外のグループの人達の姿を見なかったような気がする。

 歩も今言われてようやく気づいたようだった。

「そういえば小長谷さん1人だったかもしれない。まだクラス全員のことを把握しているわけじゃないけど、私も少し変だなって思っていたんだ。でも、さすがに1人だけ離れたとは思わなかったけど…本当にそうだったの?」

 歩の疑問に、真子が答える。

「気の毒だけど、その通りだよ。小長谷さんを除いた4人の姿を5組で見たもの。ほら、あそこも私達と同じ5人グループだったでしょ。だから他人事ながらも、なんだか可哀想で…」

「それにね、始業式が始まる前、5組に来て泣いていたんだよ、小長谷さん。小長谷さんのグループの4人は慰めるのに必死だったんだから。自分だけ離れるのって、やっぱり辛いよね」

 紗智は溜息を吐いた。

 なんだか暗い雰囲気になってきた。

 舞はこの雰囲気を吹き飛ばそうと必死で言葉を考える。

「そ、そういえばまっちゃんは、高尾君と同じクラスになれたんだよね。やっぱりこれも愛の力なんだね!」

 真子の表情に明るさが戻る。

「うん、本当にどうなることかと思ったよ。また2年間、好きな人と同じ教室で授業が受けられるから凄く嬉しいんだ。あっ、みんなには悪いんだけど…」

 真子は嬉しそうにしながらも、4人のことを思い出して少し声のトーンを落とした。

 すぐに紗智がそれに反応する。

「そんなの、いいって。私達のことは気にしなくていいから、素直に喜んでよ」

「そうだよ。こればっかりは仕方がないことなんだから。私も中葉君と離れたことはショックだけど、まっちゃんと高尾君が一緒だとわかって、そんな気分は吹き飛んでしまったよ。本当に良かったね」

 舞は少し誇張して言ってしまったが、それも間違ってはいないのだ。何しろこれで真子が高尾に告白してこっぴどく振られる未来は回避されたのだから。

 他の3人の表情もホッとしたようなものになっていた。紗智や歩はもちろん、告白するのもいいのではないかと言っていた響歌も、やはり本当は真子が哀しむ姿を見たくなかったのだ。

 その分、同じクラスの響歌と紗智に精神的な負担はかかってくるのだが。今は2人共、そのことについてはどうでもいいらしい。心から真子を祝福していた。

 暗いムードから一変して祝福ムードになっていた時、舞が待ちに待っていた想い人、中葉が2階に現れた。

 中葉の姿を見つけるなり、やはり早足で去っていく紗智達。廊下には舞と響歌だけが残った。

 中葉がゆっくりと2人のところにやってきた。

「やぁ、ムッチーに響ちゃん」

「あっ、中葉君」

 舞の顔が輝いた。

「ムッチー、クラスが離れて残念だったなぁ。オレがいなくて寂しかっただろ」

「うん、とっても寂しかった!」

 周囲の者からしたら、見ているだけでバカらしくなってくる。

 響歌もその1人だ。

 紗智達に遅れはとったが、自分も早くこの場から去ろう。そう思い、2人から離れようとする。

 その時、中葉が響歌に声をかけた。

「あっ、響ちゃん。なんか橋本が響ちゃんに用事があるみたいだったよ。でも、その時、響ちゃんは取り込み中だったから、時間があるのなら家まで来て欲しいって。オレにそう伝えておいてって、言っていたんだ」

「橋本君が?」

 なんだかフに落ちない。最近はまったく話さないようになっているのに。なんでまた突然そういうことになるのか。

 響歌は疑惑の眼差しを中葉に向ける。中葉の嘘なのではないかと思ったのだ。

 だが、中葉は飄々としていた。これでは嘘か本当かわからない。

 そんな中葉の隣では、舞が顔を輝かせていた。

「響ちゃん、何をグズグズしているの。せっかく橋本君が誘ってくれているんだから早く家に行かないと。こんなところで時間を潰している場合じゃないわ。さぁさぁ、早く行った、行った!」

 舞がその表情のまま響歌の背中を押してくる。

「そうだよ、早く行ってあげなよ」

 中葉も響歌を急かす。

 響歌は真相を確かめる間も無く、バカップルによって学校から追い出されてしまった。
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