少女達の青春群像           ~舞、その愛~
「ちょっと響ちゃん、中葉君から聞いたよ。昨日の言葉って、嘘だったんだって?」

 舞が4組にやって来た響歌を見つけるなり駆け寄った。その顔には明らかに『残念』といった感情が見て取れた。

「あのねぇ…まぁ、まずは外に出ようか」

 響歌は駆け寄ってきた舞を廊下へと誘い出す。教室ではあまり話したくない内容なのだ。

 舞もそれがわかったので素直に従った。

「まぁ、ここでもいいかな」

 教室から出ると、響歌はすぐに壁にもたれた。今は昼休みとはいっても30分しか時間が無いのであまり遠くに行くことができないのだ。

 響歌は教室から出さえすれば良かったのだが、舞はこの場所が気に入らなかった。

「時間が無いのはわかっているんだけど、ここじゃなくて女子休養室にしようよ。わけは後で言うから」

「えっ、そこがいいの?でも…」

 響歌が途中で言葉を止める。舞は本当にこの場所を嫌がっているのだ。

「まぁ、いいわよ。何が嫌なのかはわからないけど、女子休養室の前まで行こうか。そこならいいでしょ?」

 響歌が提案すると、今度は舞も素直に従った。



 女子休養室の前に着いた。舞が扉を開けようとしたが、扉はガタガタと鈍い音を立てるだけで開こうとしない。どうやら鍵が直ってしまったようだ。

「えっー、なんで開かなくなっているのよ。せっかくの私達の憩いの場所がぁ!」

 さっきよりも強い力で開けようとしたが、やはり扉はガタガタ音が鳴るだけだ。

 舞の後に立っていた響歌は、舞の行動を冷静に見ている。

「響ちゃん、やっぱりダメだよ。いつの間にか鍵をかけられてしまっている。いったい誰がこんな卑劣なことをしたんだろうねぇ!」

 舞は扉を開けることを諦めて怒っていた。

 それでも響歌は一緒に怒ろうとしない。静かな様子だった。

「春休みに先生が直したみたいよ、それ」

「なんで響ちゃんが知っているの?」

 舞は驚いて声をあげた。

「私も昨日、橋本君から聞いて初めて知ったのよ。3月頃、この場所を私達が使っていることに先生が気づいたらしくて…あっっ、どの先生かまではわからないわよ。それでその先生から聞いた小森が、中葉君を呼び出して真相を訊いたみたい。で、完全にバレたってわけ。その後は橋本君も呼ばれて怒られたみたいよ」

「えっー、なんで私達が知っているってバレたんだろ。それになんで中葉君だけが呼び出されるのよ。しかも橋本君が怒られたなんて。使っていたのは中葉君や橋本君だけじゃないのに」

「それは中葉君が、先生に休養室から出て行く姿を見られたからよ。それでビーバーに呼び出された中葉君が、ご丁寧にも鍵を壊したのが橋本君だとバラしてしまって橋本君が怒られたの。ま、鍵を壊した橋本君がすべて悪いということになったんじゃない?」

 響歌は舞に説明すると、腹立たしそうに休養室を見た。

 中葉が悪いわけではないのだが、響歌は真相をすべて話した彼が恨めしくて仕方が無かった。

 せめて『鍵は最初から壊れていました』と言ってくれたら良かったのに!

「いくら中葉君が正直者でも、そこは誤魔化して欲しかったなぁ」

 舞も恨めしいとまではいかないが、響歌のように思ってしまったし、つい本音がポロリと出てしまった。

 慌てて口を押えたが、響歌はあまり気にしていない様子だ。女子休養室から離れて視聴覚室の前にある階段に座った。

「まぁ、休養室に鍵をかけられたことは残念だけど、いつかはバレるとも思っていたから、こうなったのは仕方がないわよ。中葉君の口が軽いのだっていつものことなんだしさ」

 中葉の口が軽い。

 それについては舞自身もかなり痛手を受けてきたが、彼とつき合っているせいか自分が響歌に責められているように感じてしまう。

「ごめんね、響ちゃん」

 つい謝罪の言葉が出てしまった。

 響歌は呆れながら舞を見た。

「なんで謝るのよ。ムッチーが悪いわけじゃないでしょ。それに中葉君の口が軽いとはいっても、彼が嘘を言ったわけじゃないでしょ。だからさっき仕方がないと言ったのよ。ま、怒られた橋本君は、中葉君に怒っていたみたいだけどね。だから3学期の終わりになってから、中葉君と一緒に私達のところに来なくなっていたのよ」

 えぇっ、そんな裏があったんだ!

「なんだぁ、それが原因だったのか。橋本君も単なる気分屋さんじゃなかったんだね。その理由が、私の愛する中葉君だったのは心苦しいんだけど。でも、良かったじゃない。橋本君が近寄らなかったのは響ちゃんのせいじゃなかったんだから」

 舞はさっきまでの落ち込みが嘘のように満面な笑みになり、休養室から全力で響歌の座っているところに来た。

「…で、昨日、橋本君の家に行ってどうだった?」

「は?」

「さっきの話からすると、橋本君と家の中で話したんだよね。もしかしてまた橋本君の部屋にお邪魔したとか。いや、この顔はもしかしなくもお邪魔したんだね。橋本君の部屋の中で何をしてきたの?」

 勢いよく響歌の隣に座ると、ニヤニヤした顔を思いっきり響歌の顔に近づけた。

 響歌は嫌そうに顔を背ける。

「別に何もしていないわよ。さっきのことについて話していただけ。そんなに長い間、橋本君の家にいたわけじゃないから」

「えっー、家に行ったのに、また何もされなかったのー。橋本君も男ならちゃんと押し倒さなくっちゃ!」

「あのねぇ…そもそも昨日は中葉君に騙されて橋本君の家に行ったのよ。何も無いのは当たり前でしょ。それにムッチーだって、春休みに中葉君の家に行ったのに何も無かったんでしょ」

「えぇっ、なんでそれを知っているの!」

 そのことは今まで誰にも話していないのに。

 舞は今も大人になっていなかった。

 チャンスは春休みにもあったのに、だ。

 実は舞は春休みに中葉の家に遊びに行って、中葉と2人きりで長時間デートをした日があったのだ。

 その日、中葉の家には彼以外誰もいなかった。

 これはもう大人になる絶好のチャンスではないか!

 だが、中葉は期待している舞に手を出してこなかった。それどころかまたもや舞の膝を枕にして眠っていたのだ。しかも長時間!

 もちろんそれだけで終わらないのが舞と中葉のデートだ。あっという間に夜になり、舞は終電を逃してしまった。

 中葉が舞を帰してくれなかったのだ。

 舞も最初は帰ろうとしていたが、中葉には敵わない。そのままズルズルと居続けてしまった。

 はっきりって、いつものパターンだった。

 だが、ここは中葉の家。今度こそ最後までいくだろう。舞は淡い予感に心を弾ませていたが、それも儚い夢に終わる。

 中葉の父が帰ってきて、2人は家から放り出されたのだ!

 やはり今回も駅で一晩過ごす羽目になってしまった。

 舞の膝枕で中葉が寝て…

 その翌朝、自分の家に帰った舞を待っていた光景も前回と同じものだった。

 あまりにもパターン化されていたので、今まで響歌にも言えなかった。

 それなのに響ちゃんが知っているということは、まさか…

「中葉君から聞いたよ」

 予想通りの答えが響歌の口から出た。

「や、やっぱりそうなんだ。い、いや、いいんだけどね、私は」

 口ではそう返したが、明らかに動揺している。

 響歌はなんだか舞が可哀想になり、話題を変えることにした。

「そういえばなんでムッチーは4組の教室の前が嫌だったのよ。何か理由があるんでしょ?」

 舞の表情が暗くなった。

 もしかしてこれも、あまりいい話題ではなかった?

 響歌はそう思ったが、今更話題を引っ込めることはできない。それにさっき舞からそれについて話すような言葉があった。

「ねぇ、どうしたのよ?」

 響歌の問いかけに、舞の口が重く開く。

「実はね、なんだか最近、普通科の人達に見られているような気がするんだ。特に中葉君と一緒にいる時なんだけど、どうも視線を感じて」

 見られているような気がするのではない。実際に見られているのだ。

 1年の時は普通科とは校舎が別だったが、2年では4組は普通科である1~3組と一緒の階になっている。普通科の生徒達と接触する機会は今まで以上にあるだろう。しかも舞&中葉は校内では有名なカップルだ。その2人が4組やその前の廊下に一緒にいれば自然と注目されてしまう。

 経済科の生徒達は前から知っていたし、2人と接触する機会も多いからか、そこまで好奇な目では見ないのだが、普通科は違う。遠い世界の出来事として面白半分で見物していた。

 特に今は新学期が始まったばかり。一番注目される季節だろう。彼らが見慣れるまでは好奇な視線に耐えなくてはいけない。

 だが、舞は目立つことが極度に嫌いなのだ。今の状況は苦痛で仕方がない。

 幸いにも今はそのことに気づいていないが、気づいてしまったら果たしてどうなるだろう?

 響歌はすべてを知っていたが、その先は考えたくなかったので舞には伝えていなかった。

 それでもいい加減に舞も現状を知るべきだろう。嫌なことに目を瞑りながら中葉とつき合い続けることなんていつまでもできないのだから。

「それはもう仕方がないわね。ムッチーは中葉君とつき合っているんだから。注目されるのはなんて彼とつき合っている限り当たり前なことなの。そう、あんた達は見られているんじゃない。実際に見られているの。あんただって5組のカップルがいたらつい見てしまうでしょ」

「それはそうなんだけど…」

「それと同じなの。見られることは仕方がないと思って諦める。で、堂々とする。そのうちみんなの興味も薄れてくるわよ」

「まぁ、それもそうなんだろうけど…」

「それでも嫌なら、中葉君と別れたらいいのよ。それならすぐにこの状況から脱出できるわ」

「そんな、中葉君と別れるなんて。そんなことができるわけないよ!」

「だったら堂々として、時が来るまで待つ。簡単な話でしょ」

 響歌は本当に簡単そうに言ったが、舞にとっては最大級の難問に感じた。

 響歌の言葉に返せず、うなだれるしかなかった。
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