少女達の青春群像 ~舞、その愛~
この日の放課後、舞が音を立てながら実習室にやってきた。
実習室は各クラスが立ち並ぶ校舎から一足離れた実習棟の中にある。舞は実習棟自体ほとんど行ったことがなかったし、4組の教室からかなり離れているのでまったく縁がない場所だった。いや、舞だけじゃなくて、経済科の3分の2くらいの生徒がそうだった。
だが、響歌達デザインコースのメンバーはそうではない。デザインコースの授業はすべてこの場所で行われるからだ。しかも課題の多いコースなので放課後も実習室にこもって作業する場合が多い。だからデザインコースの人に用事がある時は、緊急の用事がある時以外は彼らが教室に戻ってくるまで待っているのだ。
舞もこれまではそうしていたのだが、今日は自ら実習室にやってきた。しかも走って!
息を切らしながら実習室を見渡してみる。
いたっ!
「響ちゃん、ちょっと、ちょっと!」
舞が手招きをすると、響歌はそれにすぐに気づき、実習室から出てきた。
「何よ、ムッチー。わざわざここまで来て。帰る時間は知らせていたはずだよね?」
もうっ、早く知らせてあげようと思ってここまで来てあげたのに、そんな言い方をするなんて。
響歌の対応に苛立ちながらも、それで喧嘩している場合じゃない。
「響ちゃん、落ち着いて聞いてね」
「ムッチーの方こそ、落ち着いて話してね」
「私は落ち着いているわよ…って、私のことはいいのよ!」
「はい、はい。わかったから、早く話してよ」
「あのね、さっき橋本君が言っていたんだけどさ。響ちゃんが渡したっていうラブレターをね、奴は『ゴミ箱に捨てた』って言ったんだよ。しかも笑いながら。なんて最低な男なんだろ。響ちゃん、もう橋本君なんか止めて黒崎君にしなよ!」
舞は怒りのあまり真っ赤な顔になっている。身体もプルプルと震えていた。とても落ち着いているようには見えない。
対する響歌の方は、舞の言葉を聞く前と同様、落ち着いていた。
「ちょっと、響ちゃんはムカつかないの!」
舞が響歌を激しく揺さぶると、響歌がその手を強引に剥がした。
「だから落ち着いてってば。別に私は捨てられてもいいって思っているもの。ただ橋本君に手紙を渡せたらいい。その手紙をどうするかは彼の自由よ。それによって返事もある程度わかるしね」
響歌の言葉を聞いても、舞は怒っていた。これまで響歌の悩んでいる姿を傍でずっと見てきたから余計許せないのだ。
響ちゃんがいいと言っても、私は絶対に許さないんだから!
さっちゃん達だって、このことを知れば絶対に怒るわよ。
「参ったね」
怒りの化身になった舞を前に、響歌は困っていた。
響歌自身は舞に言ったように、あの手紙が捨てられても全然構わないのだ。
そりゃ、少しはショックだけど…でも、私だって同じようなことをしたんだもの。自業自得だ。
響歌は今となっては幻となってしまった橋本の告白を思い出した。
あれが橋本君の本当の気持ちだったのなら、自分は彼の気持ちを踏みにじったことになる。そんな私には文句が言えない。それにこれで橋本君のことはきっぱり忘れられる。手紙を出したのは橋本君を忘れる為でもあったのだから。
そう、目的はもう十分に果たせたのよ。
「本当に、ムッチーがそんなに怒ることなんて無いんだから」
響歌が呟くように言った。
その時、中葉が実習棟の中に入ってきた。
「あっ、舞。こんなところにいたのか。それに響ちゃんも。2人共、4組にも5組にもいなかったから探していたんだよ」
「あっ、中葉君」
中葉の姿を目にした途端、舞の機嫌が直った。
だが、それも一瞬のこと。すぐに目が吊り上がる。
舞の天敵になった橋本の姿が中葉の後に見えたのだ。
「舞、どうしたの。怖い顔になっているけど?」
中葉は舞の変化にすぐに気がつき、怪訝そうだ。
そんな中葉の後ろで、橋本はポケットから封筒のようなものを取り出した。
「あっ」
舞の隣で、響歌が小さく叫んだ。
「どうしたの、響ちゃん」
同じような声で舞が訊くと、これまた同じように声を小さくして響歌が答える。
「あれ、私が朝渡した手紙だよ」
えぇっ!
驚いて橋本を見ると、橋本は響歌からの手紙らしきものを自分の目の前ちらつかせていた。まるで舞と響歌に見せつけるように。
「もしかして捨てていなかった?」
舞が呆然と呟いた。
「舞、本当にどうしたんだ?」
中葉が心配しながら舞の傍にやってきた。
「あ、本当になんでもないの。今日はちょっと疲れているだけ」
「そうかなぁ。そうとも思えないんだけど。まぁ、疲れているのなら無理はしちゃダメだぞ」
中葉はあまり納得していないようだったが、これ以上の追及は止めたようだ。
愛する中葉君に隠し事をするのは気が引けるけど、やっぱりこういうことは2人が上手くいってから伝えないとね。
そうしないとこじれてしまうかもしれないわ。
橋本君が手紙を捨てていないということは、響ちゃんの恋が上手くいく可能性が残っていることなのよ。
いや、上手くいくに決まっている。
だって、わざわざ私に『捨てた』と言ったもの。しかもその捨てたはずの手紙を私達にこうして見せつけている。断るのならそんなことはしないはずだわ。
考えてみればいくら橋本君でも、そんなことを笑いながら言うはずがない。
きっと、とっっっっても嬉しかったのよ。
『捨てた』と言っていたのは、響ちゃんの反応が見たかったからよね。
橋本君って、本当にお子様なんだから。
でも、ま、ここまできたら周囲は黙って見守っていましょ。
「ね、中葉君!」
「は?」
何も知らない中葉に、何故か同意だけ求める舞だった。
隣にいる響歌と、中葉の後ろにいる橋本は複雑そうにしている。
そんな彼らを前に、舞は1人で満足そうに頷いていた。
実習室は各クラスが立ち並ぶ校舎から一足離れた実習棟の中にある。舞は実習棟自体ほとんど行ったことがなかったし、4組の教室からかなり離れているのでまったく縁がない場所だった。いや、舞だけじゃなくて、経済科の3分の2くらいの生徒がそうだった。
だが、響歌達デザインコースのメンバーはそうではない。デザインコースの授業はすべてこの場所で行われるからだ。しかも課題の多いコースなので放課後も実習室にこもって作業する場合が多い。だからデザインコースの人に用事がある時は、緊急の用事がある時以外は彼らが教室に戻ってくるまで待っているのだ。
舞もこれまではそうしていたのだが、今日は自ら実習室にやってきた。しかも走って!
息を切らしながら実習室を見渡してみる。
いたっ!
「響ちゃん、ちょっと、ちょっと!」
舞が手招きをすると、響歌はそれにすぐに気づき、実習室から出てきた。
「何よ、ムッチー。わざわざここまで来て。帰る時間は知らせていたはずだよね?」
もうっ、早く知らせてあげようと思ってここまで来てあげたのに、そんな言い方をするなんて。
響歌の対応に苛立ちながらも、それで喧嘩している場合じゃない。
「響ちゃん、落ち着いて聞いてね」
「ムッチーの方こそ、落ち着いて話してね」
「私は落ち着いているわよ…って、私のことはいいのよ!」
「はい、はい。わかったから、早く話してよ」
「あのね、さっき橋本君が言っていたんだけどさ。響ちゃんが渡したっていうラブレターをね、奴は『ゴミ箱に捨てた』って言ったんだよ。しかも笑いながら。なんて最低な男なんだろ。響ちゃん、もう橋本君なんか止めて黒崎君にしなよ!」
舞は怒りのあまり真っ赤な顔になっている。身体もプルプルと震えていた。とても落ち着いているようには見えない。
対する響歌の方は、舞の言葉を聞く前と同様、落ち着いていた。
「ちょっと、響ちゃんはムカつかないの!」
舞が響歌を激しく揺さぶると、響歌がその手を強引に剥がした。
「だから落ち着いてってば。別に私は捨てられてもいいって思っているもの。ただ橋本君に手紙を渡せたらいい。その手紙をどうするかは彼の自由よ。それによって返事もある程度わかるしね」
響歌の言葉を聞いても、舞は怒っていた。これまで響歌の悩んでいる姿を傍でずっと見てきたから余計許せないのだ。
響ちゃんがいいと言っても、私は絶対に許さないんだから!
さっちゃん達だって、このことを知れば絶対に怒るわよ。
「参ったね」
怒りの化身になった舞を前に、響歌は困っていた。
響歌自身は舞に言ったように、あの手紙が捨てられても全然構わないのだ。
そりゃ、少しはショックだけど…でも、私だって同じようなことをしたんだもの。自業自得だ。
響歌は今となっては幻となってしまった橋本の告白を思い出した。
あれが橋本君の本当の気持ちだったのなら、自分は彼の気持ちを踏みにじったことになる。そんな私には文句が言えない。それにこれで橋本君のことはきっぱり忘れられる。手紙を出したのは橋本君を忘れる為でもあったのだから。
そう、目的はもう十分に果たせたのよ。
「本当に、ムッチーがそんなに怒ることなんて無いんだから」
響歌が呟くように言った。
その時、中葉が実習棟の中に入ってきた。
「あっ、舞。こんなところにいたのか。それに響ちゃんも。2人共、4組にも5組にもいなかったから探していたんだよ」
「あっ、中葉君」
中葉の姿を目にした途端、舞の機嫌が直った。
だが、それも一瞬のこと。すぐに目が吊り上がる。
舞の天敵になった橋本の姿が中葉の後に見えたのだ。
「舞、どうしたの。怖い顔になっているけど?」
中葉は舞の変化にすぐに気がつき、怪訝そうだ。
そんな中葉の後ろで、橋本はポケットから封筒のようなものを取り出した。
「あっ」
舞の隣で、響歌が小さく叫んだ。
「どうしたの、響ちゃん」
同じような声で舞が訊くと、これまた同じように声を小さくして響歌が答える。
「あれ、私が朝渡した手紙だよ」
えぇっ!
驚いて橋本を見ると、橋本は響歌からの手紙らしきものを自分の目の前ちらつかせていた。まるで舞と響歌に見せつけるように。
「もしかして捨てていなかった?」
舞が呆然と呟いた。
「舞、本当にどうしたんだ?」
中葉が心配しながら舞の傍にやってきた。
「あ、本当になんでもないの。今日はちょっと疲れているだけ」
「そうかなぁ。そうとも思えないんだけど。まぁ、疲れているのなら無理はしちゃダメだぞ」
中葉はあまり納得していないようだったが、これ以上の追及は止めたようだ。
愛する中葉君に隠し事をするのは気が引けるけど、やっぱりこういうことは2人が上手くいってから伝えないとね。
そうしないとこじれてしまうかもしれないわ。
橋本君が手紙を捨てていないということは、響ちゃんの恋が上手くいく可能性が残っていることなのよ。
いや、上手くいくに決まっている。
だって、わざわざ私に『捨てた』と言ったもの。しかもその捨てたはずの手紙を私達にこうして見せつけている。断るのならそんなことはしないはずだわ。
考えてみればいくら橋本君でも、そんなことを笑いながら言うはずがない。
きっと、とっっっっても嬉しかったのよ。
『捨てた』と言っていたのは、響ちゃんの反応が見たかったからよね。
橋本君って、本当にお子様なんだから。
でも、ま、ここまできたら周囲は黙って見守っていましょ。
「ね、中葉君!」
「は?」
何も知らない中葉に、何故か同意だけ求める舞だった。
隣にいる響歌と、中葉の後ろにいる橋本は複雑そうにしている。
そんな彼らを前に、舞は1人で満足そうに頷いていた。