少女達の青春群像 ~舞、その愛~
「本当に、今日はどうしたんだよ」
実習棟にある一室に入ると、中葉は再び舞に訊ねた。
この部屋はデザインコースの響歌や中葉が授業でよく使用している部屋だが、現在は放課後ということもあって舞達以外には誰もいない。舞は中葉達と合流した時点で帰ろうとしたのだが、中葉にここまで連れてこられたのだ。
舞の他には響歌と橋本もいる。どうやら中葉は3人に話があるらしい。
「いったいなんなんだ。話があるのなら早くしてくれ」
橋本が急かすと、中葉は鞄からノートを取り出した。
「実はさぁ、これに名前を書いてもらいたくて」
それは舞としている『愛の交換日記』のような派手なものではない。ごくシンプルな灰色の大学ノートだった。
「何よ、これ」
響歌は中葉からノートを受け取ると中を開いてみた。
1ページしか書かれていなかったが、そこには15人くらいの名前と住所があった。そのほとんどが4、5組の生徒だ。中葉の名前もあり、なんと黒崎の名前もあった。
「2年の経済科の人達ばかり書いてあるね。中葉君、このノートって、何?」
舞も同じ疑問を投げかけた。
「実はオレ、今度『CGデザイン部』を作ろうと思っているんだ」
『CGデザイン部?』
中葉の言葉に、3人の声がハモった。
「もしかしなくても、これって部活の勧誘?」
「そうだよ」
響歌の問いに、あっさり答える中葉。
「冗談じゃない。オレはそんな部には入らないからな」
橋本が即座に断った。
「私もごめんかな。放課後までデザインの勉強はしたくないから」
デザインコースの響歌も嫌そうに橋本に続いた。
舞もできれば彼らと一緒に断りたい。ただでさえ通学時間が人よりも倍かかっているのだ。部活なんてしていたら今まで以上に帰りが遅くなってしまう。
その一方で、舞の中には少しだけ惹かれている気持ちもあった。
実は舞はプログラミングコースではなくてデザインコースに進みたかったのだ。だが、1年の時、小森に『無理です。定員オーバーです』と言われて諦めてしまったという過去を持っている。
それに中葉君もいるし…
しかし舞にとっては肝心の響歌が嫌がっている。響歌が一緒でないと入部するのは嫌だ。響歌がいなければ毎日中葉と2人きりで帰ることになってしまう。
中葉君と帰りが一緒なのは嬉しいけど、響ちゃんも一緒じゃないと絶対に注目の的になってしまうじゃない。
やっぱり私は、目立つのはごめんなんだから!
中葉君とは休日にデートするだけでも十分幸せだし、ここは断るべきよね。
「私も止めておく」
舞も2人に続いた。
「えっー、そんなことを言わずに、みんな名前を書いてよ。名前を書いてくれるだけでいいんだよ。もう少しで同好会から部に昇格するんだからさぁ」
そんなことを言われても…ねぇ。
「本当に名前を書くだけでいいの。書いた時点で部活に強制参加っていうんじゃないでしょうね。最初から幽霊部員になってもいいわけよね?」
響歌が念を押すように問うが、中葉は動じない。
「もちろんそれでいいよ。ここに書いてくれた人達も、ほとんどが名前だけならってことで書いてもらったんだから」
「えっ、ここに名前がある人達って、だいたいが名前だけなの。そんなので本当にいいの?」
舞も驚きながら問うが、中葉はこれにも動じなかった。
「そりゃ、運動部だったら出てきてもらわないと困るだろうけど、文化部はほとんどが個人作業じゃないか。もしやりたくなったらもちろん部活をしてくれていいし、みんなにとっては悪い話じゃないと思うんだよね。なんだかんだいってデザインコースの響ちゃんはこういうのが好きだろうし、舞や橋本だってプログラミングコースになったけど、本当はデザインコースが良かったんだろ。結構、未練が残っているんじゃないのか?」
のほほんとしながらも痛いところを突いてきた。
確かに響歌にとっては嫌いな分野じゃなかったし、舞もそうだが橋本もコース別の希望届の時に落とされた口なのだ。
「わかったよ。書けばいいんだろ、書けば!」
まず橋本がシャープペンを持った。
響歌も続けて名前を書く。
響ちゃんが書いたのなら、私も!
舞も響歌が書いたのを確認した後、名前を記入した。
そんな3人を前に、中葉は満足そうだ。
「みんな、ありがとう。これできっと部の許可が下りるよ」
「どういたしまして。中葉君の願いなら、どんなことでも叶えてあげたいもの」
舞がニコニコしながら調子のいいことを言った。さっき断ったことを完全に忘れている。
「じゃあ、中葉君の用事も終わったことだし、私は帰るね」
いつの間にか響歌が鞄を持っていた。
「えっー、もう帰るのー。電車の時間までまだ結構あるのに!」
響歌のそっけない言動に、舞は不満の声をあげた。
せっかく久し振りに4人でいるのだ。もう少しくらいはみんなでおしゃべりがしたい。
中葉君と2人きりっていうのもいいんだけど、たまにはこういったこともないと生活にメリハリが無くなってしまうじゃない。
響ちゃんにはそれがわからないのかしらね?
響歌は舞の気持ちにも気づいているのだろうが、構わずに部屋から出ようとしている。
その時、橋本が響歌に声をかけた。
「じゃあ、この後、この話をしてもいいんだな?」
声をかけただけではない。響歌に見せつけるように、またもやポケットから例の手紙を出している。
「ちょっと、それはダメ!」
響歌が慌てて3人がいる場所まで戻ってきた。
橋本の出した手紙と響歌の反応に、中葉も興味を抱いたようだ。
「橋本、それって、なんだ?」
中葉の問いかけに、橋本が響歌の方を意味あり気に見ながら答えた。
「いや、なんでもないんだけどな」
「そうかなぁ」
中葉は納得していなかった。
それは当然だろう。誰だって、橋本と響歌の態度を見れば、なんでもないとは思えない。
舞は…というと、呆れながら橋本を見ていた。
響ちゃんも大変な人に惚れちゃったわねぇ。
これじゃあ、響ちゃんはこれから先苦労するわよ。私達みたいな大人な恋も当分できそうにないわ。
「ふうっ」
舞は知らずのうちに大袈裟に溜息を吐いていた。
「何よ、ムッチー」
響歌の鋭い声が飛んでくる。
だが、舞は響歌に強く言われてもまったく動じなかった。
「いやぁ、本当になんでもないのよ」
それどころか響歌に余裕な態度を見せる。
響歌は舞の態度が頭にきたようだ。
「やっぱり帰る。橋本君も帰るのよ。2人の邪魔をしたら絶対に許さないから!」
響歌は橋本の腕を掴むと、橋本を引っ張るようにして部屋から出て行った。
いきなり2人に取り残されてしまった。
「どうしたんだろうなぁ、響ちゃんは」
取り残されたうちの1人である中葉は、呑気にそんなことを言っている。
舞は笑顔で何度も頷いていた。
そう、そう。そうでなくっちゃいけないのよ。響ちゃんが橋本君と一緒に帰るのなら私だって止めはしないわ。本当はもう少し4人でいたかったけど、こればっかりは仕方がないわよね。
橋本君ったら、手紙のことを中葉君に言いそうだったんだもの。そんなことになったら響ちゃんは絶対に橋本君のことを恨んでしまう。それだと上手くいきそうなのもダメになってしまうわ。
橋本君がもう少し大人なら良かったのだけど。あそこまで子供っぽいと周囲も困ってしまうわよ。
ま、一番困るのは、そんな人に惚れてしまった響ちゃんなんだけどさ。
それにしたって手紙を渡したその日に一緒に下校するなんて。これはまたなんて展開が早いんでしょう!
絶対に明日は朝一で問い詰めなくっちゃ。
フフフ、明日になるのがとても楽しみよ。
舞は隣で中葉が怪訝そうに見つめる中、かなりの時間ニヤついていたのだった。
実習棟にある一室に入ると、中葉は再び舞に訊ねた。
この部屋はデザインコースの響歌や中葉が授業でよく使用している部屋だが、現在は放課後ということもあって舞達以外には誰もいない。舞は中葉達と合流した時点で帰ろうとしたのだが、中葉にここまで連れてこられたのだ。
舞の他には響歌と橋本もいる。どうやら中葉は3人に話があるらしい。
「いったいなんなんだ。話があるのなら早くしてくれ」
橋本が急かすと、中葉は鞄からノートを取り出した。
「実はさぁ、これに名前を書いてもらいたくて」
それは舞としている『愛の交換日記』のような派手なものではない。ごくシンプルな灰色の大学ノートだった。
「何よ、これ」
響歌は中葉からノートを受け取ると中を開いてみた。
1ページしか書かれていなかったが、そこには15人くらいの名前と住所があった。そのほとんどが4、5組の生徒だ。中葉の名前もあり、なんと黒崎の名前もあった。
「2年の経済科の人達ばかり書いてあるね。中葉君、このノートって、何?」
舞も同じ疑問を投げかけた。
「実はオレ、今度『CGデザイン部』を作ろうと思っているんだ」
『CGデザイン部?』
中葉の言葉に、3人の声がハモった。
「もしかしなくても、これって部活の勧誘?」
「そうだよ」
響歌の問いに、あっさり答える中葉。
「冗談じゃない。オレはそんな部には入らないからな」
橋本が即座に断った。
「私もごめんかな。放課後までデザインの勉強はしたくないから」
デザインコースの響歌も嫌そうに橋本に続いた。
舞もできれば彼らと一緒に断りたい。ただでさえ通学時間が人よりも倍かかっているのだ。部活なんてしていたら今まで以上に帰りが遅くなってしまう。
その一方で、舞の中には少しだけ惹かれている気持ちもあった。
実は舞はプログラミングコースではなくてデザインコースに進みたかったのだ。だが、1年の時、小森に『無理です。定員オーバーです』と言われて諦めてしまったという過去を持っている。
それに中葉君もいるし…
しかし舞にとっては肝心の響歌が嫌がっている。響歌が一緒でないと入部するのは嫌だ。響歌がいなければ毎日中葉と2人きりで帰ることになってしまう。
中葉君と帰りが一緒なのは嬉しいけど、響ちゃんも一緒じゃないと絶対に注目の的になってしまうじゃない。
やっぱり私は、目立つのはごめんなんだから!
中葉君とは休日にデートするだけでも十分幸せだし、ここは断るべきよね。
「私も止めておく」
舞も2人に続いた。
「えっー、そんなことを言わずに、みんな名前を書いてよ。名前を書いてくれるだけでいいんだよ。もう少しで同好会から部に昇格するんだからさぁ」
そんなことを言われても…ねぇ。
「本当に名前を書くだけでいいの。書いた時点で部活に強制参加っていうんじゃないでしょうね。最初から幽霊部員になってもいいわけよね?」
響歌が念を押すように問うが、中葉は動じない。
「もちろんそれでいいよ。ここに書いてくれた人達も、ほとんどが名前だけならってことで書いてもらったんだから」
「えっ、ここに名前がある人達って、だいたいが名前だけなの。そんなので本当にいいの?」
舞も驚きながら問うが、中葉はこれにも動じなかった。
「そりゃ、運動部だったら出てきてもらわないと困るだろうけど、文化部はほとんどが個人作業じゃないか。もしやりたくなったらもちろん部活をしてくれていいし、みんなにとっては悪い話じゃないと思うんだよね。なんだかんだいってデザインコースの響ちゃんはこういうのが好きだろうし、舞や橋本だってプログラミングコースになったけど、本当はデザインコースが良かったんだろ。結構、未練が残っているんじゃないのか?」
のほほんとしながらも痛いところを突いてきた。
確かに響歌にとっては嫌いな分野じゃなかったし、舞もそうだが橋本もコース別の希望届の時に落とされた口なのだ。
「わかったよ。書けばいいんだろ、書けば!」
まず橋本がシャープペンを持った。
響歌も続けて名前を書く。
響ちゃんが書いたのなら、私も!
舞も響歌が書いたのを確認した後、名前を記入した。
そんな3人を前に、中葉は満足そうだ。
「みんな、ありがとう。これできっと部の許可が下りるよ」
「どういたしまして。中葉君の願いなら、どんなことでも叶えてあげたいもの」
舞がニコニコしながら調子のいいことを言った。さっき断ったことを完全に忘れている。
「じゃあ、中葉君の用事も終わったことだし、私は帰るね」
いつの間にか響歌が鞄を持っていた。
「えっー、もう帰るのー。電車の時間までまだ結構あるのに!」
響歌のそっけない言動に、舞は不満の声をあげた。
せっかく久し振りに4人でいるのだ。もう少しくらいはみんなでおしゃべりがしたい。
中葉君と2人きりっていうのもいいんだけど、たまにはこういったこともないと生活にメリハリが無くなってしまうじゃない。
響ちゃんにはそれがわからないのかしらね?
響歌は舞の気持ちにも気づいているのだろうが、構わずに部屋から出ようとしている。
その時、橋本が響歌に声をかけた。
「じゃあ、この後、この話をしてもいいんだな?」
声をかけただけではない。響歌に見せつけるように、またもやポケットから例の手紙を出している。
「ちょっと、それはダメ!」
響歌が慌てて3人がいる場所まで戻ってきた。
橋本の出した手紙と響歌の反応に、中葉も興味を抱いたようだ。
「橋本、それって、なんだ?」
中葉の問いかけに、橋本が響歌の方を意味あり気に見ながら答えた。
「いや、なんでもないんだけどな」
「そうかなぁ」
中葉は納得していなかった。
それは当然だろう。誰だって、橋本と響歌の態度を見れば、なんでもないとは思えない。
舞は…というと、呆れながら橋本を見ていた。
響ちゃんも大変な人に惚れちゃったわねぇ。
これじゃあ、響ちゃんはこれから先苦労するわよ。私達みたいな大人な恋も当分できそうにないわ。
「ふうっ」
舞は知らずのうちに大袈裟に溜息を吐いていた。
「何よ、ムッチー」
響歌の鋭い声が飛んでくる。
だが、舞は響歌に強く言われてもまったく動じなかった。
「いやぁ、本当になんでもないのよ」
それどころか響歌に余裕な態度を見せる。
響歌は舞の態度が頭にきたようだ。
「やっぱり帰る。橋本君も帰るのよ。2人の邪魔をしたら絶対に許さないから!」
響歌は橋本の腕を掴むと、橋本を引っ張るようにして部屋から出て行った。
いきなり2人に取り残されてしまった。
「どうしたんだろうなぁ、響ちゃんは」
取り残されたうちの1人である中葉は、呑気にそんなことを言っている。
舞は笑顔で何度も頷いていた。
そう、そう。そうでなくっちゃいけないのよ。響ちゃんが橋本君と一緒に帰るのなら私だって止めはしないわ。本当はもう少し4人でいたかったけど、こればっかりは仕方がないわよね。
橋本君ったら、手紙のことを中葉君に言いそうだったんだもの。そんなことになったら響ちゃんは絶対に橋本君のことを恨んでしまう。それだと上手くいきそうなのもダメになってしまうわ。
橋本君がもう少し大人なら良かったのだけど。あそこまで子供っぽいと周囲も困ってしまうわよ。
ま、一番困るのは、そんな人に惚れてしまった響ちゃんなんだけどさ。
それにしたって手紙を渡したその日に一緒に下校するなんて。これはまたなんて展開が早いんでしょう!
絶対に明日は朝一で問い詰めなくっちゃ。
フフフ、明日になるのがとても楽しみよ。
舞は隣で中葉が怪訝そうに見つめる中、かなりの時間ニヤついていたのだった。