少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 朝、電車の中で響歌の姿を見つけるなり、舞は響歌の元に走り寄ってきた。

「響ちゃん、昨日はあれからどうなったの?」

「やっぱり訊いてきたね」

 目をキラキラと輝かせる舞を前に、響歌は後ずさりをした。

 舞が響歌の腕を素早く掴む。

「ちょっと、なんで逃げようとするの!」

「いや、逃げようとしていないって」

「じゃあ、早く話してよ。あれから橋本君と一緒に帰ったんでしょ。それなら絶対に手紙の話になったはずだよね?」

 舞は期待を込めて響歌を見たが、響歌の方は言いたくなさそうだ。

 なんだか妙だ。

「もしかしてまだ話してないとかなの。響ちゃん、あれから1人で帰ったの?」

 それだとまったくの期待外れだが、響歌の態度を見る限りそちらの可能性の方が高そうだ。

 でも、どうか、どうかそれ以外の返事をしてちょうだい!

 願いを込めて見つめられた響歌は、仕方なさそうにしながらも言った。

「一緒には帰ったよ。一緒には、ね」

「で、一緒に帰ってどうだったの?」

 舞の追及は終らない。

「一緒には帰ったけど。あの、答えは聞いていない…かな?」

「はぁ?」

 つい声をあげてしまう。

 何やら凄く曖昧だ。

「それって、どういうことよ、響ちゃん!」

「橋本君は『手紙の話をしよう』と言っていたんだけど、私が断っちゃった…ハハハ」

「断っただぁ!」

 舞は更に大声をあげた。

「ちょっと、朝から大声を出さないで。また目立っているわよ」

「あら、いやだ。またはしたない声をあげてしまったわ。って、そうなるのは当たり前だよ。いったいどういうことなのよ。ちゃんと、1から、詳しく、説明しなさい!」

 こんな言葉だけじゃ、わからない。

 わかるわけがない!

 私がきっちり理解できるまで、響ちゃんにはちゃんと話してもらうからね。



 響歌の説明を聞いて、舞は愕然となった。

 舞がそうなるのも無理はない。こんな話、誰が聞いても舞と同じ状態になるだろう。

 だってね、わざわざ橋本君が『手紙の話をしよう』と言ってくれているのに、響ちゃんってば、『いや、いや、そんな話は聞きたくない』って断っていたっていうのよ。しかも仙田駅に行くまでの間中、そんな会話を何回も繰り返していたみたいなの。

 まぁ、比良木駅ではなくてわざわざ仙田駅に行くっていうところは、2人共しっかり青春していらっしゃるんだけどさ。

 本当に何をやっているのよ。しっかりしてよ、響ちゃん!

 舞は怒鳴りたい気持ちを抑えて、その代わりに思いっきり響歌を睨んだ。

 そんな舞に、響歌は驚くべき一言を言う。

「でもね、最後に橋本君は『一応YESにしておく』って言っていたよ」

 睨んでいた舞の目が点になった。

「…は?」

「だからね、一応YESだって」

 舞の顔が段々と喜びに溢れてきた。

「響ちゃん、やったね。それって告白が成功したっていうことじゃない!」

 舞は興奮していたが、対する響歌の顔は冴えなかった。

「どうしたの、橋本君がOKしてくれたんだよ。もっと喜ばないと!」

「でも、一応ってことらしいし…」

 素直に喜べないんだよね。

「だったら素直にちゃんと返事を聞いておけば良かったのに。元はといえば、響ちゃんが恥ずかしがるから悪いんでしょ!」

「だって…手紙を渡した当日だったから。返事が早過ぎるし、恥ずかしかったのよ。それに反論はしたのよ。『一応とは何よ、一応とは!』って」

「で、橋本君はどう答えたのさ」

「え~と『今はお前が真面目じゃないから、真面目な時に返事をする』って言ってた」

 響歌の話を聞いた舞は、昨日に引き続いて響歌の前で大袈裟に溜息を吐いた。

 響歌からすれば、当然いい気分ではない。

「何よ、ムッチー。昨日もそうだったけど、今日も何か言いたそうだよね」

 睨む響歌の前で、舞は大人な、余裕ある態度を披露した。

「響ちゃんも本当にお子様なんだから。ま、昨日の溜息は橋本君に対しての方が大きかったんだけどさ。でもね、響ちゃん。大人になるにはそういった恥ずかしさを乗り越えないといけないのよ。そう、恥ずかしい気持ちを頑張って克服するの。乗り越えた後には薔薇色の世界が待っているんだから。早く乗り越えなくっちゃ、損よ、損。響ちゃんも早くこの私のようにならなくっちゃ」

「この私のようにって?」

「あら、いやだ。わからないの?恥ずかしさを乗り越えたら橋本君と恋人同士になれるってことよ。私だって、中葉君と告白し合った時はすっごく恥ずかしかったんだから」

 そうはいってもあんた達の場合はメッセージでのやり取りだったでしょうが。

 響歌はそう突っ込みたかったが、やっぱり止めておいた。

「でも、それを乗り越えて、私は中葉君と恋人同士になったの。そしてこんなにハッピーライフを送れているのよ。響ちゃんも私を見習って、恥ずかしい気持ちを克服しなきゃ。そうでないといつまでもお子様のままよ」

 舞が笑いながら響歌の額を指で突いた。

 …ムカつく。

 言葉の通りだったが、舞の言っている通りではあったので反論できない。

 響歌は不愉快な気分で電車に揺られていた。
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