少女達の青春群像           ~舞、その愛~

暗雲、やってくる

「あれ、今日は2人いる」

 校門に来た響歌の第一声はこれだった。

 視線の先には中葉と橋本の姿がある。2人で話をしているようだったが、響歌の姿に気づいて話を止めた。

「やぁ、響ちゃん」

「よう」

 それぞれ響歌に声をかける。

「あんた達…こんなところで何をしているの?」

 男2人が、学校で一番目立ている場所である校門で突っ立っているのだ。しかも両方ともに楽しそうな表情ではない。

 妙に思う響歌に、中葉が当たり前のように答えた。

「もちろん響ちゃんを待っていたんだよ」

「いやっ、オレは別に待って…」

 橋本は反論しようとしたが、中葉は橋本を無視する。

「じゃあ、響ちゃん。行こうか」

 響歌を促しはしたものの、2人を置いて歩きだした。歩いている中葉の後ろ姿には、昨日に引き続き哀愁が漂っている。

 あぁ、そういうことか。

 今日も、愛するムッチーは休みだもんねぇ。

 だからいつも放課後は彼女とラブラブで過ごしているのに、今日はそれができずに橋本君にくっついているのか。

 橋本は響歌の隣で面白くなさそうな顔をしている。

 前を歩いていた中葉が振り返った。

「2人共、早く」

 中葉に急かされて、響歌は仕方なく歩きだした。

 そうして橋本も、響歌の後に続いた。



 なんで私が、こんな目に遭わなければいけないのよ。ムッチーもいないから、今日は早く帰るつもりだったのに!

 響歌はここにはいない舞を恨んでいた。

 中葉や橋本と一緒に校門から出たものの、彼らとは途中で別れるつもりだった。中葉は仙田駅まで行くようだったが、駿河駅から乗ろうと思っていたのだ。

 それなのに。あぁ、それなのに!

 なんで私は仙田駅にいて、中葉君の愚痴を橋本君と一緒に聞いているのだろう。

 響歌は男2人を恨めしそうに見た。

 響歌がここにいる理由は難しいことではない。ただ単に、男2人に連れてこられたからだ。

 まったくもう、橋本君が手紙のことを言わなければこんな目に遭わなかったのに!

 まさか自分だけが中葉君の犠牲になるのが嫌で、私を巻き込んだんじゃないでしょうね。

 …それはとてもありえそうなことだった。

 時を遡ること、3時間前。


 響歌は途中まで彼らと一緒に歩いていた。それでも駿河駅に向かうつもりだったので、別れ道に差しかかったところで彼らとは別れようとした。

 そう、別れようとしたのよ!

 中葉は橋本と仙田駅に行くと言うので、響歌は彼らと別れて駿河駅に向かおうとした。そんな響歌の背に向かって、橋本が手紙のことを中葉に話すと言い出したのだ。

 響歌は中葉に手紙のことを知られるのは絶対に嫌だった。

 何しろ彼は超口が軽い男。彼の耳に入ったら、翌日には全校生徒に知られていても不思議ではない。

 響歌は焦りながら中葉を駿河駅に向かわせようとしたが、何故か中葉は頑として仙田駅に行くと言い張り、響歌の言う通りにはしてくれない。

 だったら自分が仙田駅に行くしかないではないか!

 彼らと一緒に行って、橋本が中葉に手紙のことを言い出すのを止めなくてはいけない。そういった理由で仙田駅まで行くことになったのだ。

 中葉の愚痴は学校を出てからずっと続いていた。その内容はもちろん舞のこと。彼は舞が自分に連絡せずに2日間も休んでいるということが気に入らないのだ。

 愚痴を言い出してから3時間が経とうとしている。辺りはもう真っ暗だ。

「オレはお邪魔だな」

 愚痴の合間に、また中葉はこの言葉を口にした。

 これで七回目だ。

 わかっているのなら、早く終わってくれないだろうか。

 それでも最初は響歌もそんなことを思っていなかったが、こうも同じ愚痴が続くとさすがに邪魔に感じてしまう。

 だが、中葉はそう言いながらも、また話を戻した。

「やっぱり一回別れ話を切り出して、舞に反省をしてもらって…」

 これは今日、何十回も聞いた話だ。

 相槌を打つ気は、今の響歌には全然無かった。完全に聞き流している。

 そんな響歌に対して、橋本の方は今も中葉につき合ってあげていた。

「だから、さっさと別れろ!」

 …その言葉は酷かったが。

「そうだよなぁ。だけどなぁ…」

 中葉は橋本の言葉に納得していそうで、そうではない。

 そんな2人のやり取りを見ながら、響歌はやっぱり今日も学校に来ていない舞を恨まずにはいられなかった。

「おい、何、ボケッ~としているんだ」

 橋本の呼ぶ声で、響歌は我に返った。

「あっ、橋本君。あれ、中葉君はどうしたの?」

 響歌はこの場に中葉の姿が無いことに気づき、周囲を見渡した。

 帰った…わけでもないよね。その前に何か一言はあるはずだもの。

「あいつなら駅の待合室の方に行ったぞ。多分トイレだろ」

 橋本が見ている先は待合室だった。そこには人の姿が無い。トイレは待合室の中にあるので橋本の言葉は当たっていそうだ。

 トイレならすぐに戻ってくるだろう。

 それでもようやく中葉の愚痴から逃れられたので、響歌の口から安堵の息が出た。橋本もやれやれといった表情をしている。

「そろそろあのカップルも破局かな」

 バカップルの姿を見るのも、もうすぐ終わるのかもしれない。

 それでもこれは、さっきまで中葉の愚痴を聞いていたから思った感想ではない。いや、多少はそれも入っているが、最近ではどうも舞の方の中葉に対する感情が薄れているような気がしてならないのだ。

 2年になってからの舞は、彼女の周囲の目を極限に気にする性格を差し置いても、中葉に対する態度が冷たいような気がする。いくら普通科の生徒達に見られているからとはいっても、あの舞が愛する中葉を前に仏頂面をしている時が多いのだ。

 中葉とのことでトリップすることも少なくなったし、何よりも昨日といい、今日といい、中葉に連絡を入れていない。

 中葉の嫌がることは絶対にしなかった、あの舞が!

 響歌にとって、これは考えられないことだった。

 中葉君はムッチーに反省させる為に別れを切り出すようだけど、もしかするとムッチーの方から別れ話を切り出されてしまうかもしれない。

 なんだか凄くそんな気がする。

 まぁ、どちらにしてもあの2人は、平穏無事につき合い続けられそうな状態じゃないけどね。

 響歌はこれから先に待っているであろう不吉な未来を思い、溜息を吐いた。

 橋本が呆れたように響歌を見た。

「お前さぁ、中葉がいない時くらい、あのバカップルのことを考えるのは止めろよ」

 自分だってそうしたいが、あれだけ何時間も愚痴られたら、そう簡単に意識を変えることなんてできない。

「橋本君は気にならないの?」

「気にならないな」

「結構、薄情なんだね」

 それとも自分が気にし過ぎなのだろうか。

 黙り込んだ響歌に、橋本が言う。

「それよりもうすぐゴールデンウィークがくるんだ。せっかくの連休なんだし、もっと楽しいことを考えろよ」

 楽しいこと…ねぇ。

 ゴールデンウィークとはいっても、ほとんどバイトで埋まっているからなぁ。

 響歌の口からまた溜息が出た。

「そういえば5月3日は朝から親が出かけるから、誰も家にいないんだよな」

 …は?

「いきなりなんなのよ」

「いやぁ、暇だなぁと思って。その日は暇だから、電車で与田駅まで行ってみようかなぁ」

 与田駅は響歌の地元の駅だ。そこから響歌は電車に乗って学校に通っている。

 それにしたっていくら暇だからとはいっても、わざわざ与田駅に行こうとしなくていいのに。駅前にはここと同じで民家以外は何も無いのだから。

 そこまで考えて、ようやく橋本が自分をさり気なく誘っていることに気づいた。

 一瞬焦ったが、すぐにそれも終わる。

 5月3日といえば、やっぱりバイトが入っているのだ。最終日以外、全部バイトに行かなくてはいけない。

 落ち込む響歌の前で、また橋本が言う。

「そういえば、バレンタインのお返しがまだだったよな」

「え、別に期待していなかったんだけど?」

 だって…もう4月も末になっているし。

 また突然、なんでゴールデンウィークからホワイトデーの話になるのか。

 もしかしてまだ誘ってくれているの?

 さすがにここまでくれば、鈍い響歌でも橋本に誘われていることがわかった。

 それにしたって、もう少しストレートに誘ってくれたらいいのに。

 少し不満を覚えながらも、響歌は提案をした。

「じゃあさ、3日じゃなくて5日に柏原に遊びに行こうよ。その時にホワイトデーのお返しに何かおごって」

「ダメ、行くのなら3日」

 だからその日はバイトなんだってば!

「えっー、5日にしようよ。その日以外はバイトが入っていて無理なのよ」

「5日は山田達が柏原に行くって言っていたからな。その日は避けたい」

 要するに、同じ日にしてしまうと山田達に見つかるかもしれないから嫌だということか。

「いいじゃない、山田君くらい!」

 そりゃ、私だって山田君達に見られるのは嫌だけど、バイトは休めないのよ。

「ねぇ、5日にしようよ」

 響歌は食い下がったが、橋本は無常だった。

「あぁ、いつかな」

 そんな言い合いをしているうちに中葉が戻ってきてしまった。

「何かあったの?えらい賑やかだけど」

 2人は慌てて誤魔化した。

「いや、たいしたことじゃないよ。いつもしているくだらない言い合いだよ!」

「そうそう、お前にとってはまったく気にすることもないちっぽけなものだ。そんなことを気にするよりも、今井さんとの今後について悩んでいろ」

 響歌に合わせてくれたのはいいが、橋本は余計なことまで言ってくれる。

「そうなんだよなぁ、だけどなぁ…」

 またもや2人は中葉の愚痴につき合わされる羽目になってしまった。

 大いなる心残りを残して…
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