献身遊戯~エリートな彼とTLちっくな恋人ごっこ~

「俺、日野さん狙いだから」






いつの日だったか。

私は氷の入った麦茶のコップを手に持っていて、その冷たさが、寒気となって背中に広がっていた。

セミの声がしていた記憶がある。

父、母、そして祖母の顔が、真っ黒な影のように迫り、私を覗き込んでいる。

小学生だった当時の私の背丈は百三十センチほどで、大人三人の体は大きな怪物のように見えた。

それでも、一緒に暮らす三人に笑ってほしかった。
とくに、祖母に文句を言われながらがんばっていた母の味方をしたかった。
父には母を慰めてほしかったし、祖母には母をいじめないでとお願いしたかった。

『ねえ、愛莉(あいり)は誰が悪いと思う?』

三人は、詰めよって私にそう尋ねた。
誰が悪いかなんてわからない。

祖父が亡くなり、父の希望で祖母と一緒に暮らすようになってからというもの、生活が変わってしまった。
母に不満ばかり言う祖母、そんな祖母の敵になれない父、ストレスから私とまともに話してくれなくなった母。

『みんな悪くないよ。わたし、みんな好きだよ』

精一杯の笑顔でそう答えた途端、三人は顔を歪める。

誰かの味方をすれば誰かを裏切ることになる。
『お母さんが一番』だと本当の気持ちを吐露すれば、なにかが崩れてしまう気がした。

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