ドS弁護士は甘い罠を張る。~病院で目覚めたら危険な男の婚約者になってました~
文はその場に立ち尽くす。
賢の背中が遠ざかるのを確認すると、ゆっくりと封筒を拾い、それから玄関の中に飛び込んだ。

後ろ手にドアを閉めて、急いで施錠をする。
全身に嫌な汗をかいていた。

パンプスを脱ぎ捨て、部屋に飛び込む。

(わたしたちが、付き合っていた痕跡……)

ベッドの下の収納や本棚をひっくり返した。
写真も手紙もない。お土産らしきものもない。
七生の私物らしきものもなかった。
自分が過ごしていた記憶しかない。

「どういうこと……?」

わけがわからなくなった。
何も思い出せない。それは、記憶がないのではなく、そもそもの思い出がなかった?

騙されていたとは思いたくない。
騙す理由もないし、なんのメリットもないのに。
何より、七生の気持は本物だった。

あれがすべて嘘だったなんて、思いたくない。

きっと賢の嫌がらせだ。ふたりの仲を拗らせようと、有りもしない事を言って面白がっているんだ。
急いで母親に電話をかける。
緊張でごくりと喉を鳴らした。

『はーい』

「……お母さん?」

問いかける声が震えた。
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