ドS弁護士は甘い罠を張る。~病院で目覚めたら危険な男の婚約者になってました~
文は気まずい気持ちで俯くと、視線だけあげて七生を見た。
すっと通った鼻筋に、切れ長で三白眼の瞳。薄いフレームのメガネをかけているせいか、冷たい印象がより誇大される。その目はいつもは品定めするように見てくるのに、今は見捨てないでくれと子犬のように訴える。
「間宮……七生さん。会社の、顧問弁護士……さん」
「七生の認識ってそれだけ? ……恋人だったこと、覚えてないの?」
宝城の真剣な面持ちに、不安が押し寄せた。
(――――間宮さんじゃなくて、変なのはわたし?)
(わたしが記憶喪失だっていうの?)
だって、これまでの自分の人生も仕事のことも、パーティー会場で階段を落ちる直前の内容までしっかりと覚えている。
「間宮さんが、恋人……?」
どうしてそうなった。
付き合った記憶さえひとかけらもない。
本当に? からかってない?
「例えば事故にあったとき、強く思ったことなかった? 心的外傷といって、その時のストレスが影響することがある」
宝城が思案しながら言った。
たしかに落ちる瞬間、七生にぶつかりそうになって彼のことを強く考えた。
危ないとか怪我をさせてしまったらっていう心配だが、それが引き金になって、彼の記憶が無くなっているだなんてありえる?
そんな彼のことだけ、しかも一部分のみきれいさっぱり忘れるものなのか。
本当に付き合っていたんですかなんて、デリカシーのないことは口に出せる状況ではない。
「文……」
おろおろとしていると、七生は弱々しく名前を呼ぶ。
距離ができていた腕が、再度背中に回った。
七生の腕の中にすっぽりと収まると、文は所在なく手をあげたり下げたりした。
肩が小刻みに震えている。振動が伝わってくる。
抱きしめ返す?
撫でてあげる?
戸惑いながらも、ゆっくりと背中を撫でる。
すると七生は顔を上げて微笑んだ。