ドS弁護士は甘い罠を張る。~病院で目覚めたら危険な男の婚約者になってました~
自分でも自覚がある。
遠くから眺めるだけなんて、なんて後ろ向きな好意だろう。

だいたい、なぜ文が自分を嫌うのかわからない。

事件の数日後に会った時には、普通だったはずだ。
痛みが引いた傷跡にやさしく触れて、跡が残らないようにとパックを施してくれた。
その後も何度か傷を見てもらっている。

彼女の態度に、心配より好奇心のほうが勝っていたのはわかってはいた。
研究対象としか見られていないのは、男として矜持が傷つきもしたが、誰しもが押せば靡いてきそうな状況にうんざりしていた自分には、そのくらいが丁度よかった。

手に入らないものこそ欲しくなる。
自分に触れる細い指先に、もっと触れて欲しいなどと邪な気持ちを抱いた。

天邪鬼だという自覚もあった。
誰も手をつけていないまっさらな彼女を、自分が変えたいという傲慢な気持ちが膨れ上がった。


しかし、文の態度がおかしくなったのはいつだっただろう。
事件の数週間後、正式に顧問弁護士となってからくらいか。

丁度その時、彼女は眼鏡を買い替えている。

壊れた眼鏡の代わりに、瓶底のような古臭い眼鏡で出社していたが、度数があっていなかったことは本人から聞いている。

それを思いだして、もしや文は、自分の顔を覚えていないのではという不安がよぎった。

態度が変なのは、事件の時の男と今の七生が同一人物だと気がついていないからではないか。
その結論にたどり着いてからは、ちょっと彼女が恨めしい。

個人として認識されていなかったわけだ。

気が付けば事件から一年。
ゆっくりと距離を縮めれば良いと思っていたが、これでは彼女の視界に一生入ることはない。

そろそろケリをつけたいところだ。
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