生贄姫完結記念【番外編】
番外編2、時系列本編完結後分

その1、元生贄姫は祝われる。

本編完結後時系列の番外編になります。

 結婚の手続き完了後、リーリエに行きたいところがあると言われテオドールが連れて行かれた先は、ノワール侯爵邸だった。
 来訪したリーリエを迎えた使用人たちはリーリエを当然のように顔パスで受け入れ、リーリエも慣れた足取りで屋敷の中を進んでいく。
 テオドールは自身は初めて足を踏み入れたノワール侯爵邸の複雑怪奇な術式が組み込まれた屋敷の仕掛けをリーリエが当たり前に解いて行く様子に、彼女がこの屋敷に通い慣れていることを初めて知った。
 最奥の部屋のドアを軽くノックをして、リーリエは戸を開ける。

「お久しぶりです、ノワール侯爵代理」

「……フィーって呼んで、っていつも言ってる」

 銀髪に人目を引く紅の両面を持つ齢14程の美少女が、頬を膨らませローテンションでそう言った。

「ふふっ、なんだかんだで代理も板についているではありませんか? フィー」

 3年前、離婚直前にリーリエはヴィオレッタと契約後フィオナに、

『魔術師と魔導師の諍いに、一緒に一石投じてみませんか?』

 とノワール侯爵家を丸ごと転売した。
 ノワール一族が抱える魔術師としての知識。古くから続くそれは管理者が必要だ。魔導師としてもその知識は喉から手が出る程欲しい財産。
 魔術師と魔導師の在り方に疑問を持っていたフィオナは、これも因縁かとリーリエの提案に乗った。

「フィー、は早く……レオに、投げたい。可愛いヴィもお嫁に行っちゃった、し。……ホント、もう……旅、出たい。秘境とか、辺境とか、最果て……とか」

 フィオナはふふっと赤い目を細めて、気怠る気に机に肘をつきそんな言葉を口にする。

「まぁ、フィーはレオの後見人ですから投げずに頑張ってください。私もお手伝いしますので」

 フィオナの投げやりな感じはいつものことなので、ハイハイと流す。

「今日はご報告があってきたのですよ」

「フィー、気になる。魔法伯、取って高跳び予定のリリ、なんでクロと一緒にいる、か」

 つい先月聞いた話と違う状況に、フィオナは首を傾げる。

「それを言おうと思って。私、昨日結婚しました」

「……………マジ、で?」

「ええ。大マジです」

 にこやかに笑ったリーリエは事の成り行きをフィオナに話した。

「リリ、聖地巡礼、行くっていった。……裏切り者」

 拗ねたように机に突っ伏したフィオナは、やる気なさ気に両手を投げ出し、ぐでる。

「フィーは祝ってはくれないのですか?」

 リーリエはその反応にしゅんと寂しそうにそう尋ねる。

「……傍迷惑カップル。リリのあんぽんたん」

 ぷいっとそっぽを向いたフィオナは不貞腐れたようにそうつぶやく。

「フィー」

 いつも味方でいてくれたフィオナがここまで荒むなんてとリーリエは焦ったように彼女の名前を呼ぶと、

「フィーの……フィーの癒しがっ! 結婚しちゃったら、盛大にすれ違ってる2人を見てもうニヤニヤできないっ、の!!」

 フィオナはバシバシっと机を叩いて子どもみたいに頬を膨らませてそう主張した。

「はい?」

「……おい、コラ。ロリババア」

「合法ロリ! ババア違うっ」

 きっ、とテオドールを睨んだフィオナは、リリはうちの子と、フィオナはエンエンと泣きまねをして見せる。

「お前のじゃないだろうが」

「クロのでもなかった! クロ、カッコつけ。フィー知ってる。リリの縁談、勝手に潰してた……超、心狭っ」

 しれっとテオドールの離婚後の所業を暴露するフィオナに、舌打ちするテオドール。

「…………私、それは初耳ですが。そんな事なさってたんですか?」

 そういえば一時何故か取引先にやたらと怯えられていた時期があったなぁと思い出す。結果、外交自体はとてもスムーズだったので気にしてなかったが、テオドールを見れば視線を逸らしたので概ね事実なのだろう。

「でも、クロ足元疎か。フィー知ってる。リリがこの3年で一番イチャイチャしてたの、うちのレオ」

「はっ?」

 怒気を孕んだような低い声で、テオドールが聞き返す。

「語弊があります。というか事実を湾曲し過ぎです。ただ単純に魔力制御をお教えしていただけです」

 ため息をついて、リーリエはキッパリ否定する。

「レオは私がヴィからお預かりした私の生徒です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 目を覚ましたレオンハルトはヴィオレッタに話を聞き静かに受け入れ、継承権を喜んで放棄した。
 子どものように繊細で、素直な彼はとても可愛く、ひたむきに魔力の制御について学び始めた。
 もともと真面目な性格なのだろう。初めの頃は魔法を使うこと自体に抵抗もあったが、リーリエとフィオナのフォローのおかげで今では楽しんで修練に励んでおり、当主になるための勉学にも積極的に取り組んでいる。

「そんな事してたのか。……って、もしかしなくても、頻繁に出入りしてた、のか?」

 知らなかっただけで、リーリエはこんな近くにいた。
 まったく気づかなかったその事実にテオドールが驚きの表情を浮かべる。

「うちの独自ルート使用。リリの行動隠してた……フィーの努力」

 フィオナはニヤニヤっと揶揄うような視線をテオドールに向け、

「うちのレオいい子。リリ、愛称呼びだけじゃなく、レオからのハグもチューも受け入れてた」

 と、フィオナはテオドールの知らない情報を開示していく。

「姉を慕う弟のようなものでしょう? 手の甲へのキスなど社交界では当たり前の挨拶です。レオは私だけでなく、ヴィにもフィーにもしているではないですか」

 あからさまに不機嫌を全面に出すテオドールにため息をついて、リーリエは事実をきちんと話す。

「姉、ってあいつ26だぞ」

 なんならテオドールより年上だ。と言うよりも前回の結婚時、気持ちが通じ合う前は自分にはそれすら許していなかったというのに、とテオドールとしては納得いかない。

「リリにはほっぺチューもしてた」

 しれっと爆弾を投下してくるフィオナに、分かっていても苛立つテオドールの眉間に皺が寄る。

「ヘレナート様に身体を貸与していた期間、精神年齢が止まっていたようなので、まだ子どもですよ。基本的なマナーなども教えている最中ではありますが、身内以外にはしませんので私の事も身内感覚なのだと思いますよ? リューもよくしてましたし」

 子どものする事に一々腹を立ててどうします? とやや呆れたようにリーリエはそう言うが、自分の会えなかった期間に知らないところでそんな事があったという事実とリーリエの自覚のなさに苛立つ。

「クロ、リリに関して、狭量。ウケる」

 レオンハルトのリーリエへの執着も子どものそれに近いので、子ども同士に取り合われてリーリエも大変だなとフィオナは苦笑した。

「ん、まぁ……おめでと」

 テオドールを一通り揶揄って満足したらしいフィオナは、

「リリとクロ、幸せ。良き良き」

 そう言って二人を祝福した。

「リリ、出ていかないは、クロぐっじょぶ」

 ぐっと親指を立ててまだ不機嫌そうな顔をしているテオドールを誉めたフィオナは、

「今度お祝い……あげる、ね」

 と2人が一緒に並んでいる姿はやっぱりいいなと眺めながら今度の約束を口にした。
 
「じゃあ、そろそろ帰ります。レオにもよろしくお伝えください」

 また来ますと出て行くリーリエの背中に、

「リリ、ぐっとらっく」

 フィオナはそう言って見送った。ぱたんとドアが閉まった後で、

「ふふっ、きっとこの後、リリは大変。クロ、やきもちやきさん。2人とも可愛い」
 
 そう独り言をつぶやいた。

「いつまで、拗ねてらっしゃるのです?」

「別に拗ねてなどないが?」

 そっけないテオドールの返事にリーリエはため息を漏らす。テオドールの知らないところでレオンハルトと会っていた事が気に食わないらしい。

「本当に、レオとは師弟関係以外ありませんから」

 結婚直後から喧嘩は避けたい。またテオドールが別邸から帰って来なくなるかもしれないしと、リーリエは困ったようにため息をついて、テオドールにコーヒーを差し出し、隣に座る。

「そんなことは分かっている」

 フィオナが思わせぶりに言っていたようなことはないのだろうということはテオドールにだって分かっている。そしてリーリエが子供に甘いことも知っている。

「じゃあ、言いたいことがあったらおっしゃってください」

 真っ直ぐ自分に向けられた翡翠色の瞳を見ながら、テオドールはリーリエの手を取ってそこに口づける。

「で、後はどこにされたって? ああ、頬だったか」

 あっけにとられているリーリエが答えるより早く、テオドールはリーリエの頬にキスを落とす。

「上書き」

 意地悪く口角をあげたテオドールがそう囁く。

「他は?」

「……な、ないです/////」

 リーリエはテオドールの顔を直視できず、両手で顔を覆う。

「旦那さまの破壊力がやばくてヤバイ」

 語彙力が行方不明になったリーリエは、自分用にカフェオレでも淹れようと立ち上がる。
 が、テオドールに抱きしめられてソファーに引き戻される。

「まだ終わってないが?」

「あの、だ、旦那さま?」

「ハグと愛称呼びだっけ? 様なしで」

「ちょっ、これはハグじゃないです」

 テオドールの腕の中に閉じ込められたリーリエは、

「ファンサが過ぎます、テオ」

 耳まで赤く染めて、白旗をあげた。

「あなただけですから、私は」

 知っているでしょう? とそういうリーリエの額にこつんと自身の額を当てて満足げに笑ったテオドールは、

「じゃあ、今後はほかの男にそういうことさせるなよ」

 とリーリエに釘を刺す。

「意外とヤキモチ焼きますね」

 くすくすと笑ったリーリエは、分かりましたと約束する。

「言ったろ? 独占欲強いって」

 そう言ったテオドールは、ようやく捕まえた最愛の妻にキスと落としたのだった。
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