生贄姫完結記念【番外編】
「たーいちょ! 何真剣に悩んでるんですか?」
提出期限がとっくに過ぎた報告書をドヤ顔で持ってきたゼノ・クライアンは、眉根を寄せ、思案顔でカタログをめくるテオドールに声をかける。
休憩時間にもほとんど休むことなく仕事に忙殺されている上司が仕事関係以外の物を手にしている。
それだけでも興味を唆られるのに、眉間に深く皺が刻まれるほどカタログを睨みつけている様を見て素通りできるはずがない。
ワクワクと文字が透けて見えそうなくらい満面の笑みを浮かべるゼノ。
その顔をチラッと見たテオドールはチッと舌打ちをし、あからさまに嫌そうな顔をした。
「う〜わぁ傷つく〜。せっかく相談に乗ってあげようと思って声かけたのにぃー。俺の善意返してくださいよぉ〜」
「ああ!? 興味本位100%が何言ってやがる」
殺気立ちながら睨みつけてくるテオドールに悪びれることなく肩をすくめて親指を立てたゼノは、
「さっすが隊長っ! 俺の事分かってる〜」
と良い笑顔で言い切った。
イラッとした顔でゼノを見返すテオドール。
いつもなら舌打ちしながらさっさとゼノを執務室からつまみ出すのだが、今日は代わりにカタログを差し出してきた。
「何ですか、コレ?」
新鮮な反応に驚きつつ、ゼノはカタログに目を落とす。そこには女性向けのプレゼントが所狭しと掲載されていた。
「物が有り過ぎて何を贈ればいいか分からん。こういう場合の正解ってなんだ?」
テオドールはため息混じりにそう漏らす。
「えーと、相手リーリエ妃で合ってます?」
テオドールは頷き肯定する。
「久しぶりに屋敷に戻ったら会うやつ会うやつ全員に睨まれて、リーリエに誠意を見せろと責められた」
「なんって言うか、相変わらずめちゃくちゃフレンドリーな屋敷っすね。俺が言うのも何なんですけど」
テオドールは主人であり、尚且つこの国の第3王子である。使用人が主人に意見など普通であれば即クビ案件だが、テオドールの屋敷ではそれが許されている。
屋敷に勤める使用人はそのほとんどがテオドールが辺境に追いやられていた時からの付き合いであり、苦楽を共にしてきた家族のような存在だからだ。
「ていうかリーリエ妃すごくないですか? まだ来て2ヶ月くらいで屋敷掌握されてるじゃないですか」
実際は1ヶ月足らずで掌握され、既に信用度の面で負けつつあるのだが、プレゼント選びには関係ないので口外しないでおく。
「リーリエ妃って何が好きなんです? 趣味とか」
ふむっとカタログを閉じたゼノがテオドールに尋ねる。
「知らん。だから困っているんだろうが」
はぁっと深いため息を漏らすテオドールに目を見開くゼノ。
「いやいやいやいや、もうリーリエ妃と結婚して2ヶ月でしょ? 何か一つくらい思いつかないんですか? 好きなお酒の種類とか!?」
「リーリエは酒を嗜まない。飲んでいるところを見た事ないしな。カフェオレはよく飲んでいるが、贈るには安過ぎるだろう」
「えーっと、ドレスとかアクセサリーとか」
「趣味が分からん」
リーリエの装いはほとんど侍女達が決めているらしく、彼女が口を挟むことはほとんどないらしい。
「いや、そこはオーダーなんで屋敷にデザイナー呼んで自分で選んで貰うとかあるじゃないですか?」
「アンナからその手はダメ出しされた。楽をするな、と」
リーリエの好きな色も好みの装いも、知らない。
形から入ると言っていたコスプレの類を渡すわけにはいかないので、テオドール的には服飾系はハードルが高かった。
「いっそのこと隊長の好みのランジェリーでも贈ったらどうです? 新婚だし、どうせ隊長しか見な」
「まじめに答える気がないなら失せろ」
「いやいやー流行ってるらしいっすよ? 夫婦生活のマンネリ化防止で。ちょっとエロい奴とか」
「やれるかー!!」
そもそも夜を共にする仲でもないし、そんなもの贈られたら流石のリーリエもドン引きだろう。自分なら引く。
「あ、じゃあリンちゃんに聞いてみるとか! リーリエ妃付きの侍女でしたよね」
「却下」
ゼノには言っていないが、リンはリーリエ本人だ。そして侍女達からは自分で考えろと既に冷たくあしらわれている。
「あーじゃあ防御魔法とか防毒とか効果付与されてる魔道具系はどうです? 結構値が張りますけど、お守り系はあって困るものじゃないですし」
「リーリエの専門は魔術式構築、魔法構成工学で、国内で入手できる魔道具より遥かに性能がいい術式組んだ魔道具を自作している。今更そんなもの贈ってもな」
「うわぁ、流石技術国家の姫君ですね。てか魔道具って自作できるんですね」
そう、大概自作してしまうのだ。
何なら材料すら自分で狩りかねない。
「いっそ魔石とか魔道具の材料渡した方がいい気がしてきたな」
「流石に色気無さ過ぎません? 初めてのプレゼント材料って。どこの女子が喜ぶんですか」
希少な素材なら有りな気がするが、ゼノの残念そうなものを見る表情から察するにアンナ達からダメ出し食らう可能性が高い。
「じゃあリーリエ妃が買ってるもの調べて好みの傾向把握するとかはどうです? 妃に割り当てられた予算とかの執行状況確認すれば買い物の状況分かるし」
予算なと呟いたテオドールは再度ため息をつく。
「妃あての婚姻費用ひと月で1年分全部使い切ったな」
「マジで? めちゃくちゃ金遣い荒いじゃないですか!?」
「で、先日利子付きで全額返金された。税金の無駄だから国庫に戻すなり、孤児院の支援に当てるなり好きにしろと。今後は一切婚姻費受け取らないそうだ」
「はい? それはどういう」
意味が分からないと顔を顰めるゼノ。
「金の使い道に口を挟まれたくないのと自分で稼いで貢ぐのが信条らしい。投資の利益で最初に割り当てられた予算額のゆうに3倍は超える資産を築いていた」
「いやいやいやいや、2ヶ月足らずでどうやって? ていうか、かなりの個人資産じゃないですか!? 俺、リーリエ妃に投資習いたいっす」
「まぁ、その金ほとんど投資分以外は屋敷の設備投資と使用人の教育費用とリーリエの研究費用にあてられていて、個人的な買い物らしき出費なんて、書籍と国内外の新聞やメディア情報誌くらいしか見当たらないがな」
「めっちゃ堅実。金遣い荒いとか言ってすみませんでした」
内装も好きに変えていいと言ったが、本棚と大きな作業台が増えたくらいで初期のまま変わらず、インテリアにもこだわりがないらしい。
「何ていうか、俺が知ってる令嬢と全然違う感じですね。世間で生贄姫って呼ばれているからもっと悲壮感漂ってるのかと思ってましたが」
「アレは規格外過ぎるだろう」
今までのリーリエの奇行を思い出し、知らずテオドールの口角が緩む。
「隊長、なんだかんだで気に入ってるんですね。リーリエ妃のこと」
そんな上司をみてゼノは目を丸くする。
こんな穏やかな顔で笑うテオドールを初めて見たからだ。
「まぁ、見ていて飽きない」
「うわぁ、当初結婚渋ってた人の発言とは思えない。ナチュラルに惚気られた」
うーわぁと繰り返すゼノにテオドールは心底嫌そうな顔を向ける。
「隊長、捨てられないように大事にした方がいいですよ、マジで」
「はぁ?」
「いや、政略結婚だって胡座かいてたらそのうち捨てられそうじゃないですか? 資産あり、才あり、人望あり、淑女の鑑でおまけに美人でしょ? むしろ良くそんな人をカナンは国から出しましたね」
リーリエの欠点は強いてあげれば性格に難ありだが、基本外面がかなりいい。
国交が対等なものになったあとで離縁しても生きていけそうだ。
「そんな相手にプレゼントって、もうあとは土地か鉱山くらいしかなくないですか?」
「既に自分で買って投資してたな」
そもそもリーリエは何かを与える必要がないくらい、自分でなんでもできるだけの能力と資産がある。
そんな相手の欲しいものなんて、テオドールには皆目検討がつかない。
「おぅ、もうアレしか残ってないっすよ」
「アレ?」
「リボン巻いてプレゼントは"あたし"みたいな?」
「……お前、いっぺん死んどくか?」
背筋が凍るほど冷たい殺気に、やり過ぎたかと悟ったゼノは、
「じゃ!健闘を祈ります。報告書の受理よろしくです」
早々に退出していった。
結局何の参考にもならなかったとテオドールはため息をついてその背を見送った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「わぁ、こんな貴重なもの頂いてしまっていいんですか!?」
ぱぁーっと嬉しそうな表情を浮かべたリーリエは差し出された本をキラキラした目で見つめる。
テオドールがリーリエに選んだのは、古い魔術書で、魔法工学の原点とも言われる専門書。
「わぁーしかも原書の初版本! 初めて見ました」
すごいとはしゃぐリーリエを見て、書物で正解だったなとテオドールは内心でつぶやく。
先程まで古い書物一冊持って帰って来ただけの主人に対して、侍女達の視線がかなり冷たかったからだ。
「もう既に持っているかと思ったが、喜んでもらえて何よりだ」
「複写本なら改訂版も含めて10冊は持ってますけど、全部実家に置いてきましたから」
「……多くないか?」
「実用と鑑賞用と保存用ですよ? 毎回全部は集められませんけど」
書物は貴重ですしと付け足す。
リーリエはテオドールに断って手袋をはめるとゆっくり本をめくる。
「懐かしい。4歳で読破した時は感動しました」
4歳で読破できる内容ではないが、まぁリーリエだしと、もはやテオドールはツッコまない。
「内容知ってるなら別のものの方が良かったか?」
「原書の初版なんてマニア垂涎ものじゃないですか。これ1冊で郊外なら家買えちゃいますよ?」
返しませんよっと大事そうに本を撫でるリーリエ。
「それにコレは旦那さまが初めてくださったものなので、額に入れて飾ります」
推しからのプレゼント。
眺めているだけでニヤニヤする。
「はぁ、エモいですねー。これ1冊選ぶのにプレゼントに何贈ればいいか悩みまくっている旦那さま。ゼノ様あたりに相談されて戯れてる姿尊い。想像するだけで1週間は生きていける」
「……見てきたかのように言うな」
「あくまで想像です。悩んだんですね。そして相談したんですね」
リーリエは口元を押さえてそっぽを向き肩を震わせて顔を赤らめ悶える。
「旦那さま、今日も私幸せです。今度は私が貢ぎますね!」
一通り幸せを噛み締めたリーリエはそう宣言する。
まぁこれだけ喜んで貰えたなら悩んだ甲斐があったかと、
「……期待してる」
ふっと笑ってテオドールはそう告げた。
『今日もテオ様カッコいいっ』
「はい! 旦那さまのためなら喜んで」
テオドールの社交辞令を真に受けたリーリエが調子に乗って、裏カジノを壊滅させたり人身売買の証拠を揃えたりと無双して、テオドールがこの時の発言を後悔するのはまた別の機会のお話しである。
提出期限がとっくに過ぎた報告書をドヤ顔で持ってきたゼノ・クライアンは、眉根を寄せ、思案顔でカタログをめくるテオドールに声をかける。
休憩時間にもほとんど休むことなく仕事に忙殺されている上司が仕事関係以外の物を手にしている。
それだけでも興味を唆られるのに、眉間に深く皺が刻まれるほどカタログを睨みつけている様を見て素通りできるはずがない。
ワクワクと文字が透けて見えそうなくらい満面の笑みを浮かべるゼノ。
その顔をチラッと見たテオドールはチッと舌打ちをし、あからさまに嫌そうな顔をした。
「う〜わぁ傷つく〜。せっかく相談に乗ってあげようと思って声かけたのにぃー。俺の善意返してくださいよぉ〜」
「ああ!? 興味本位100%が何言ってやがる」
殺気立ちながら睨みつけてくるテオドールに悪びれることなく肩をすくめて親指を立てたゼノは、
「さっすが隊長っ! 俺の事分かってる〜」
と良い笑顔で言い切った。
イラッとした顔でゼノを見返すテオドール。
いつもなら舌打ちしながらさっさとゼノを執務室からつまみ出すのだが、今日は代わりにカタログを差し出してきた。
「何ですか、コレ?」
新鮮な反応に驚きつつ、ゼノはカタログに目を落とす。そこには女性向けのプレゼントが所狭しと掲載されていた。
「物が有り過ぎて何を贈ればいいか分からん。こういう場合の正解ってなんだ?」
テオドールはため息混じりにそう漏らす。
「えーと、相手リーリエ妃で合ってます?」
テオドールは頷き肯定する。
「久しぶりに屋敷に戻ったら会うやつ会うやつ全員に睨まれて、リーリエに誠意を見せろと責められた」
「なんって言うか、相変わらずめちゃくちゃフレンドリーな屋敷っすね。俺が言うのも何なんですけど」
テオドールは主人であり、尚且つこの国の第3王子である。使用人が主人に意見など普通であれば即クビ案件だが、テオドールの屋敷ではそれが許されている。
屋敷に勤める使用人はそのほとんどがテオドールが辺境に追いやられていた時からの付き合いであり、苦楽を共にしてきた家族のような存在だからだ。
「ていうかリーリエ妃すごくないですか? まだ来て2ヶ月くらいで屋敷掌握されてるじゃないですか」
実際は1ヶ月足らずで掌握され、既に信用度の面で負けつつあるのだが、プレゼント選びには関係ないので口外しないでおく。
「リーリエ妃って何が好きなんです? 趣味とか」
ふむっとカタログを閉じたゼノがテオドールに尋ねる。
「知らん。だから困っているんだろうが」
はぁっと深いため息を漏らすテオドールに目を見開くゼノ。
「いやいやいやいや、もうリーリエ妃と結婚して2ヶ月でしょ? 何か一つくらい思いつかないんですか? 好きなお酒の種類とか!?」
「リーリエは酒を嗜まない。飲んでいるところを見た事ないしな。カフェオレはよく飲んでいるが、贈るには安過ぎるだろう」
「えーっと、ドレスとかアクセサリーとか」
「趣味が分からん」
リーリエの装いはほとんど侍女達が決めているらしく、彼女が口を挟むことはほとんどないらしい。
「いや、そこはオーダーなんで屋敷にデザイナー呼んで自分で選んで貰うとかあるじゃないですか?」
「アンナからその手はダメ出しされた。楽をするな、と」
リーリエの好きな色も好みの装いも、知らない。
形から入ると言っていたコスプレの類を渡すわけにはいかないので、テオドール的には服飾系はハードルが高かった。
「いっそのこと隊長の好みのランジェリーでも贈ったらどうです? 新婚だし、どうせ隊長しか見な」
「まじめに答える気がないなら失せろ」
「いやいやー流行ってるらしいっすよ? 夫婦生活のマンネリ化防止で。ちょっとエロい奴とか」
「やれるかー!!」
そもそも夜を共にする仲でもないし、そんなもの贈られたら流石のリーリエもドン引きだろう。自分なら引く。
「あ、じゃあリンちゃんに聞いてみるとか! リーリエ妃付きの侍女でしたよね」
「却下」
ゼノには言っていないが、リンはリーリエ本人だ。そして侍女達からは自分で考えろと既に冷たくあしらわれている。
「あーじゃあ防御魔法とか防毒とか効果付与されてる魔道具系はどうです? 結構値が張りますけど、お守り系はあって困るものじゃないですし」
「リーリエの専門は魔術式構築、魔法構成工学で、国内で入手できる魔道具より遥かに性能がいい術式組んだ魔道具を自作している。今更そんなもの贈ってもな」
「うわぁ、流石技術国家の姫君ですね。てか魔道具って自作できるんですね」
そう、大概自作してしまうのだ。
何なら材料すら自分で狩りかねない。
「いっそ魔石とか魔道具の材料渡した方がいい気がしてきたな」
「流石に色気無さ過ぎません? 初めてのプレゼント材料って。どこの女子が喜ぶんですか」
希少な素材なら有りな気がするが、ゼノの残念そうなものを見る表情から察するにアンナ達からダメ出し食らう可能性が高い。
「じゃあリーリエ妃が買ってるもの調べて好みの傾向把握するとかはどうです? 妃に割り当てられた予算とかの執行状況確認すれば買い物の状況分かるし」
予算なと呟いたテオドールは再度ため息をつく。
「妃あての婚姻費用ひと月で1年分全部使い切ったな」
「マジで? めちゃくちゃ金遣い荒いじゃないですか!?」
「で、先日利子付きで全額返金された。税金の無駄だから国庫に戻すなり、孤児院の支援に当てるなり好きにしろと。今後は一切婚姻費受け取らないそうだ」
「はい? それはどういう」
意味が分からないと顔を顰めるゼノ。
「金の使い道に口を挟まれたくないのと自分で稼いで貢ぐのが信条らしい。投資の利益で最初に割り当てられた予算額のゆうに3倍は超える資産を築いていた」
「いやいやいやいや、2ヶ月足らずでどうやって? ていうか、かなりの個人資産じゃないですか!? 俺、リーリエ妃に投資習いたいっす」
「まぁ、その金ほとんど投資分以外は屋敷の設備投資と使用人の教育費用とリーリエの研究費用にあてられていて、個人的な買い物らしき出費なんて、書籍と国内外の新聞やメディア情報誌くらいしか見当たらないがな」
「めっちゃ堅実。金遣い荒いとか言ってすみませんでした」
内装も好きに変えていいと言ったが、本棚と大きな作業台が増えたくらいで初期のまま変わらず、インテリアにもこだわりがないらしい。
「何ていうか、俺が知ってる令嬢と全然違う感じですね。世間で生贄姫って呼ばれているからもっと悲壮感漂ってるのかと思ってましたが」
「アレは規格外過ぎるだろう」
今までのリーリエの奇行を思い出し、知らずテオドールの口角が緩む。
「隊長、なんだかんだで気に入ってるんですね。リーリエ妃のこと」
そんな上司をみてゼノは目を丸くする。
こんな穏やかな顔で笑うテオドールを初めて見たからだ。
「まぁ、見ていて飽きない」
「うわぁ、当初結婚渋ってた人の発言とは思えない。ナチュラルに惚気られた」
うーわぁと繰り返すゼノにテオドールは心底嫌そうな顔を向ける。
「隊長、捨てられないように大事にした方がいいですよ、マジで」
「はぁ?」
「いや、政略結婚だって胡座かいてたらそのうち捨てられそうじゃないですか? 資産あり、才あり、人望あり、淑女の鑑でおまけに美人でしょ? むしろ良くそんな人をカナンは国から出しましたね」
リーリエの欠点は強いてあげれば性格に難ありだが、基本外面がかなりいい。
国交が対等なものになったあとで離縁しても生きていけそうだ。
「そんな相手にプレゼントって、もうあとは土地か鉱山くらいしかなくないですか?」
「既に自分で買って投資してたな」
そもそもリーリエは何かを与える必要がないくらい、自分でなんでもできるだけの能力と資産がある。
そんな相手の欲しいものなんて、テオドールには皆目検討がつかない。
「おぅ、もうアレしか残ってないっすよ」
「アレ?」
「リボン巻いてプレゼントは"あたし"みたいな?」
「……お前、いっぺん死んどくか?」
背筋が凍るほど冷たい殺気に、やり過ぎたかと悟ったゼノは、
「じゃ!健闘を祈ります。報告書の受理よろしくです」
早々に退出していった。
結局何の参考にもならなかったとテオドールはため息をついてその背を見送った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「わぁ、こんな貴重なもの頂いてしまっていいんですか!?」
ぱぁーっと嬉しそうな表情を浮かべたリーリエは差し出された本をキラキラした目で見つめる。
テオドールがリーリエに選んだのは、古い魔術書で、魔法工学の原点とも言われる専門書。
「わぁーしかも原書の初版本! 初めて見ました」
すごいとはしゃぐリーリエを見て、書物で正解だったなとテオドールは内心でつぶやく。
先程まで古い書物一冊持って帰って来ただけの主人に対して、侍女達の視線がかなり冷たかったからだ。
「もう既に持っているかと思ったが、喜んでもらえて何よりだ」
「複写本なら改訂版も含めて10冊は持ってますけど、全部実家に置いてきましたから」
「……多くないか?」
「実用と鑑賞用と保存用ですよ? 毎回全部は集められませんけど」
書物は貴重ですしと付け足す。
リーリエはテオドールに断って手袋をはめるとゆっくり本をめくる。
「懐かしい。4歳で読破した時は感動しました」
4歳で読破できる内容ではないが、まぁリーリエだしと、もはやテオドールはツッコまない。
「内容知ってるなら別のものの方が良かったか?」
「原書の初版なんてマニア垂涎ものじゃないですか。これ1冊で郊外なら家買えちゃいますよ?」
返しませんよっと大事そうに本を撫でるリーリエ。
「それにコレは旦那さまが初めてくださったものなので、額に入れて飾ります」
推しからのプレゼント。
眺めているだけでニヤニヤする。
「はぁ、エモいですねー。これ1冊選ぶのにプレゼントに何贈ればいいか悩みまくっている旦那さま。ゼノ様あたりに相談されて戯れてる姿尊い。想像するだけで1週間は生きていける」
「……見てきたかのように言うな」
「あくまで想像です。悩んだんですね。そして相談したんですね」
リーリエは口元を押さえてそっぽを向き肩を震わせて顔を赤らめ悶える。
「旦那さま、今日も私幸せです。今度は私が貢ぎますね!」
一通り幸せを噛み締めたリーリエはそう宣言する。
まぁこれだけ喜んで貰えたなら悩んだ甲斐があったかと、
「……期待してる」
ふっと笑ってテオドールはそう告げた。
『今日もテオ様カッコいいっ』
「はい! 旦那さまのためなら喜んで」
テオドールの社交辞令を真に受けたリーリエが調子に乗って、裏カジノを壊滅させたり人身売買の証拠を揃えたりと無双して、テオドールがこの時の発言を後悔するのはまた別の機会のお話しである。