生贄姫完結記念【番外編】
番外編3「生贄姫は旦那さまとの約束を忠実に守る」
時系列的には31話後あたりとなっております。
以下番外編スタート
アルカナ王国第3王子テオドール・アルテミス・アルカナは、目の前で心底楽しそうに本を読む妻、リーリエ・アシュレイ・アルカナを見て盛大にため息を吐く。
「リーリエ、頼むからソレは何とかならないのか?」
「まぁ、旦那さま。何をおっしゃっているのです? 何ともなりませんよ?」
文句のつけようもないほど完璧な淑女の微笑みを浮かべたリーリエは、
「ステラリア様のご活躍は私の喜び。いくら旦那さまのお願いでも、聞き入れられませんわ」
キッパリとテオドールに断りを入れる。
「こちらの小説は今社交界のご令嬢たちに大変高評価なのです。投資の価値もありますし、私としてもステラリア様を応援したい。何か問題ありまして?」
そう言ってステラリアが書いたと言うその小説をテオドールの前に差し出す。
テオドールのはとこにあたるステラリアとリーリエの交流は、夜会でリーリエがステラリアを助けて以降つつがなく続いているらしく、特にステラリアはリーリエの事を姉のように慕っているらしい。
「頑張る女の子は応援したいじゃないですか? 特にステラリア様は社交界の華と称されるほど可愛く可憐で発言に影響力もある。私的にもう"推せる"要素しかないのですよ」
そして、ステラリアはリーリエの"推し"らしい。
リーリエに気に入られたステラリアの小説はリーリエからの絶大な支援を受け出版、宣伝され、社交界の子女から平民まで幅広い層に愛読されている。
それはいい。
問題はその内容だ。
「あのなぁ、リーリエ。その、内容なんだが」
「まぁ、旦那さま。読んでくださったのですか? 素晴らしい妄想力もとい表現力で、私もステラリア様の感性の豊かさに感動いたしました」
ぱぁと顔を明るくして嬉しそうに手を叩くリーリエ。
「読めるかーー!!」
思わず大声でツッコミを入れてしまったテオドールに、解せないと眉根を寄せるリーリエ。
「なんで、騎士団内部で男達が愛憎劇繰り広げてるんだ!? どうしたらそうなる!?」
「いやぁ主人公を巡っての3角関係からの寝取られまでの一連の流れは表現が美しく、ニヤニヤが止まりませんね。普段ノーマルカプ推しの私でもライトな絡みと繊細な心理描写でページをめくる指が止まりません。続きが楽しみです」
物凄くいい笑顔でそう言い切るリーリエに、頭痛がするかのように頭を抱えるテオドール。
推しに対して絶大な支援と課金を趣味とする妻を止める手段は残念ながら存在しない。
それは理解しているが、それでもテオドールの心情としては『やめてほしい』の一言に尽きる。
「いいじゃありませんか。BLは今や確立された立派な人気ジャンルのひとつですよ? ステラリア様のおかげであっという間に浸透。腐女子人口の増加に伴い、2次創作とイベントの活発化で経済効果も期待値以上。来年の騎士団へのファンからの課金と言う名の寄付額も楽しみですね」
もちろん私も売上金で課金しますねと更に売上を伸ばす気満々のリーリエ。
「ステラリアになんて事を吹き込んでやがる」
テオドールがため息混じりに苦言を述べるも。
「私はただ"刺激が足らない"とおっしゃるステラリア様のお耳に、普段の騎士団のご活躍を囁いただけでございます。素質あるなーと思っておりましたが、沼にハマられたのはステラリア様ご自身の意思ですよ?」
何一つ強要してませんけど何か? と沼に沈めた本人は鉄壁の笑顔を崩さない。
まさに暖簾に腕押し状態。
「乙女の空想の1つや2つや3つくらい受け止めて差し上げたらいかがです? ゼノ様に至っては女性からのお声かけが増えたとむしろ喜んでらっしゃいましたよ? 小説も嬉々として読まれてましたし」
第二騎士団副隊長のゼノ・クライアンも小説のモデルとして登場しており、女性達から『可愛い』『忠犬』『頑張って』と人気を博している。
そしてテオドールの耳にこの小説の存在を入れたのもゼノである。
「リーリエは自分の夫が、男と愛憎劇繰り広げていても構わないのか!?」
「フィクションですし、登場人物は全て架空の人でございますよ? 別に主人公が旦那さまと明記されているわけでもありませんし」
「騎士団所属で、容姿が黒髪とか個人名に等しいだろうがっ!!」
この国においてテオドールのような黒髪、オッドアイはかなり珍しい。騎士団所属となればテオドール以外存在しない。
「小説のおかげで世間での"死神"の印象も随分変わったようで、肯定的な印象が増えたとか。メディアの影響力って凄まじいですね」
面白そうに小説を撫でながら、リーリエは静かに語る。
「小説ファンの皆さんだって、現実とは異なると理解した上で、一時の心の清涼剤として楽しまれているだけですよ? でも、ファンの皆さんの妄想力って凄いですよね。2次創作で随分際どいモノも出回ってますし」
「……何が言いたい?」
「いいえ、ただふと思ったのです。皆さまが主人公を旦那さまだと思っていたとして、新妻を放置し、屋敷に一切戻らず、職場に居続ける理由を一体どう考えているのかしら、と」
鈴の鳴るような柔らかな声音で語っているが、その翡翠色の瞳は一切笑っていなかった。
「私と旦那さまは政略結婚ですし、私は隣国からの人質として送られた"生贄姫"として世間で認識されています。愛のない結婚生活。家庭に戻らない旦那さま。その旦那さまが好んで居続ける職場。そこにいるかもしれない愛すべき運命の相手などなど、小説の影響もあって様々な想像が掻き立てられてしまう、かもしれませんね?」
「……リーリエ、俺が本邸に戻ってない事を怒っているのか?」
確かに仕事が立て込んでいたせいでここ1〜2週間テオドールは本邸に顔すら出していない。
「まさか! 私にそんな権利はございません」
やや大袈裟な口調でそれを否定したリーリエは頬に人差し指をあて、小首を傾げて言葉を紡ぐ。
「私は、ただ結婚した日の旦那さまとの約束を忠実に守っているだけでございます」
結婚当日にリーリエにテオドールが放った言葉。
『俺と馴れ合おうとするな』
『あとは好きにしろ』
お忘れじゃないですよね、とリーリエの目が語る。
「旦那さまに関わる事の許されていない私が、旦那さまの行動に口を挟むなどとんでもない。ましてや旦那さまの1人ブラック企業状態を改めろなどと苦言を呈すなど許されることではないでしょう。なので、"好きにした"だけですよ?」
そう、この妻はいつだってあの日の約束を拡大解釈しまくるのだ。
そして、テオドールにリーリエを止める術はない。
「ステラリア様の新刊、楽しみですね」
にこっと笑ったリーリエの翡翠色の瞳が語る。
新刊が出るかどうかはあなた次第ですよ、と。
その後、テオドールが全力で働き方改革に取組み、定時上がりを目指すようになったのはまた別のお話しである。
以下番外編スタート
アルカナ王国第3王子テオドール・アルテミス・アルカナは、目の前で心底楽しそうに本を読む妻、リーリエ・アシュレイ・アルカナを見て盛大にため息を吐く。
「リーリエ、頼むからソレは何とかならないのか?」
「まぁ、旦那さま。何をおっしゃっているのです? 何ともなりませんよ?」
文句のつけようもないほど完璧な淑女の微笑みを浮かべたリーリエは、
「ステラリア様のご活躍は私の喜び。いくら旦那さまのお願いでも、聞き入れられませんわ」
キッパリとテオドールに断りを入れる。
「こちらの小説は今社交界のご令嬢たちに大変高評価なのです。投資の価値もありますし、私としてもステラリア様を応援したい。何か問題ありまして?」
そう言ってステラリアが書いたと言うその小説をテオドールの前に差し出す。
テオドールのはとこにあたるステラリアとリーリエの交流は、夜会でリーリエがステラリアを助けて以降つつがなく続いているらしく、特にステラリアはリーリエの事を姉のように慕っているらしい。
「頑張る女の子は応援したいじゃないですか? 特にステラリア様は社交界の華と称されるほど可愛く可憐で発言に影響力もある。私的にもう"推せる"要素しかないのですよ」
そして、ステラリアはリーリエの"推し"らしい。
リーリエに気に入られたステラリアの小説はリーリエからの絶大な支援を受け出版、宣伝され、社交界の子女から平民まで幅広い層に愛読されている。
それはいい。
問題はその内容だ。
「あのなぁ、リーリエ。その、内容なんだが」
「まぁ、旦那さま。読んでくださったのですか? 素晴らしい妄想力もとい表現力で、私もステラリア様の感性の豊かさに感動いたしました」
ぱぁと顔を明るくして嬉しそうに手を叩くリーリエ。
「読めるかーー!!」
思わず大声でツッコミを入れてしまったテオドールに、解せないと眉根を寄せるリーリエ。
「なんで、騎士団内部で男達が愛憎劇繰り広げてるんだ!? どうしたらそうなる!?」
「いやぁ主人公を巡っての3角関係からの寝取られまでの一連の流れは表現が美しく、ニヤニヤが止まりませんね。普段ノーマルカプ推しの私でもライトな絡みと繊細な心理描写でページをめくる指が止まりません。続きが楽しみです」
物凄くいい笑顔でそう言い切るリーリエに、頭痛がするかのように頭を抱えるテオドール。
推しに対して絶大な支援と課金を趣味とする妻を止める手段は残念ながら存在しない。
それは理解しているが、それでもテオドールの心情としては『やめてほしい』の一言に尽きる。
「いいじゃありませんか。BLは今や確立された立派な人気ジャンルのひとつですよ? ステラリア様のおかげであっという間に浸透。腐女子人口の増加に伴い、2次創作とイベントの活発化で経済効果も期待値以上。来年の騎士団へのファンからの課金と言う名の寄付額も楽しみですね」
もちろん私も売上金で課金しますねと更に売上を伸ばす気満々のリーリエ。
「ステラリアになんて事を吹き込んでやがる」
テオドールがため息混じりに苦言を述べるも。
「私はただ"刺激が足らない"とおっしゃるステラリア様のお耳に、普段の騎士団のご活躍を囁いただけでございます。素質あるなーと思っておりましたが、沼にハマられたのはステラリア様ご自身の意思ですよ?」
何一つ強要してませんけど何か? と沼に沈めた本人は鉄壁の笑顔を崩さない。
まさに暖簾に腕押し状態。
「乙女の空想の1つや2つや3つくらい受け止めて差し上げたらいかがです? ゼノ様に至っては女性からのお声かけが増えたとむしろ喜んでらっしゃいましたよ? 小説も嬉々として読まれてましたし」
第二騎士団副隊長のゼノ・クライアンも小説のモデルとして登場しており、女性達から『可愛い』『忠犬』『頑張って』と人気を博している。
そしてテオドールの耳にこの小説の存在を入れたのもゼノである。
「リーリエは自分の夫が、男と愛憎劇繰り広げていても構わないのか!?」
「フィクションですし、登場人物は全て架空の人でございますよ? 別に主人公が旦那さまと明記されているわけでもありませんし」
「騎士団所属で、容姿が黒髪とか個人名に等しいだろうがっ!!」
この国においてテオドールのような黒髪、オッドアイはかなり珍しい。騎士団所属となればテオドール以外存在しない。
「小説のおかげで世間での"死神"の印象も随分変わったようで、肯定的な印象が増えたとか。メディアの影響力って凄まじいですね」
面白そうに小説を撫でながら、リーリエは静かに語る。
「小説ファンの皆さんだって、現実とは異なると理解した上で、一時の心の清涼剤として楽しまれているだけですよ? でも、ファンの皆さんの妄想力って凄いですよね。2次創作で随分際どいモノも出回ってますし」
「……何が言いたい?」
「いいえ、ただふと思ったのです。皆さまが主人公を旦那さまだと思っていたとして、新妻を放置し、屋敷に一切戻らず、職場に居続ける理由を一体どう考えているのかしら、と」
鈴の鳴るような柔らかな声音で語っているが、その翡翠色の瞳は一切笑っていなかった。
「私と旦那さまは政略結婚ですし、私は隣国からの人質として送られた"生贄姫"として世間で認識されています。愛のない結婚生活。家庭に戻らない旦那さま。その旦那さまが好んで居続ける職場。そこにいるかもしれない愛すべき運命の相手などなど、小説の影響もあって様々な想像が掻き立てられてしまう、かもしれませんね?」
「……リーリエ、俺が本邸に戻ってない事を怒っているのか?」
確かに仕事が立て込んでいたせいでここ1〜2週間テオドールは本邸に顔すら出していない。
「まさか! 私にそんな権利はございません」
やや大袈裟な口調でそれを否定したリーリエは頬に人差し指をあて、小首を傾げて言葉を紡ぐ。
「私は、ただ結婚した日の旦那さまとの約束を忠実に守っているだけでございます」
結婚当日にリーリエにテオドールが放った言葉。
『俺と馴れ合おうとするな』
『あとは好きにしろ』
お忘れじゃないですよね、とリーリエの目が語る。
「旦那さまに関わる事の許されていない私が、旦那さまの行動に口を挟むなどとんでもない。ましてや旦那さまの1人ブラック企業状態を改めろなどと苦言を呈すなど許されることではないでしょう。なので、"好きにした"だけですよ?」
そう、この妻はいつだってあの日の約束を拡大解釈しまくるのだ。
そして、テオドールにリーリエを止める術はない。
「ステラリア様の新刊、楽しみですね」
にこっと笑ったリーリエの翡翠色の瞳が語る。
新刊が出るかどうかはあなた次第ですよ、と。
その後、テオドールが全力で働き方改革に取組み、定時上がりを目指すようになったのはまた別のお話しである。