生贄姫完結記念【番外編】
番外編5「生贄姫は飲み会に混ざる」
「飲み会……でございますか?」
今度第二騎士団の有志メンバーで飲み会をするのだという。
「元々ゼノが部下を相手に不定期に飲み会だの食事会だの開いていたらしいが、今回誘いを受けた」
話を聞きつつ、リーリエは口元を抑えて肩を震わせる。
最愛の推しが職場の飲み会イベント、だと?
「なんだ……」
言いたい事があるなら言えとばかりに訝しげな視線を送ってくるテオドール。
「旦那さまが、あの人嫌いで社交だの夜会だのが大嫌いな旦那さまがっ! 職場の方と飲み会。私感動で泣きそうです」
リーリエはぐっと拳を握って、やや早口で捲し立てる。
「……行っていいのか?」
その日は本邸に顔を出せないが、と付け足すテオドールにリーリエは肩を竦める。
「是非行ってください! 世の中沢山楽しい事で溢れているのですよ? 私、旦那さまにはもう少しお仕事以外にも目を向けて頂きたいのです」
遊びは大事なのですよっ! とリーリエはビシッと指を立てて言い切る。
「……一緒に行くか?」
リーリエの輿入れは人質の意味もあり、本来なら街中を歩く事などできないが、普段から変装し、偽名で騎士団に混ざっているのだ。
連れて行っても誰もリーリエだと分からないだろうと誘う。
「行きます!」
神イベント視聴せねばっと食い気味で返答したリーリエに、ハイハイと流せるようになった自分の順応性の高さに感心するテオドール。
「楽しみですね、旦那さま」
嬉しそうににへらっと笑うリーリエを見て、テオドールは乱暴に頭を撫でた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「リンちゃんめっちゃ可愛い」
「わぁーオフ服清楚系なんだ! ヤダ、超似合う」
「ふふ、お姉さま方もとってもお綺麗で華やかですね。今宵はお招き頂き、ありがとうございます」
会場に着くといつもリーリエと仲良くしている女性騎士達が、リーリエを囲む。
本日のリーリエの衣装は白を基調とした上質な七分丈ブラウスにハイウエストの位置で大きめリボンを結んである薄緑色の膝丈フレアスカート。
ゆるふわで可愛いコーデをビジューの入った黒のハイヒールで締めている。
通常貴族の子女が足を出すことなどないので、露出多くないかと思っていたテオドールだが、思いの外リーリエは馴染んでいた。
しかも女性騎士達のオフ服の方がどちらかといえば派手めで露出高め。
そんな綺麗目なお姉さま方に揉みくちゃにされながら、楽しそうに話に混ざっている彼女が実は世間で噂の生贄姫だなんて誰も気づくまいと、テオドールは思う。
「たーいちょっ! 今日来てくれてありがとうございます。てか、ここ隊長の奢りでいいんですか?」
結構人数居ますけど、と隣にやってきたゼノがテオドールに話しかける。
本日はテオドール参加、しかも全奢りとあって参加者が当初の予定より倍増していた。
「たまにはな」
珍しい酒飲めるしと東国の酒を追加で頼む。
「てか、隊長酒強よっ。何本目っすかそれ?」
「……辛口好きなんだよ。ここでしか飲めないしな」
普段は食事の時出された分しか飲まないし、わざわざ銘柄指定して取り寄せたものを晩酌する習慣もない。
「リーリエ妃は、お酒嗜まないんでしたっけ? まぁ確かに一人で呑んでも味気ない、か」
追加で来た清酒と自分のグラスとカチッと当てて、ゼノはヘラッと笑う。
「じゃあ、たまには参加してくださいよ! みーんな、割とたいちょーと話したがってんですよ?」
黒髪と青と金のオッドアイの見目と討伐現場で無双し続ける圧倒的な強さ、無愛想で口数の少なさから他者に敬遠されがちだが、王族っぽさがあまり無いこの上司は付き合えばかなり面白い。
「俺と話して楽しい事もないだろう」
訝しげな視線を流してくるテオドールを笑って受け流すゼノは、
「それはアイツらに聞いてください」
遠巻きにソワソワと2人のやり取りを見ていた男性騎士達が、ゼノの視線を感じとり寄ってくる。
「隊長っ。自分、辺境での境界戦線のご活躍について聞きたいです!」
「中距離からの距離の詰め方が甘くて。踏み込みのコツと効果的な訓練法ってありますか?」
テオドールを囲んであっという間に人だかりができる。
人に囲まれる事にも好意的な視線にも慣れていないし、リーリエやゼノのように場を盛り上げる能力はないのだが。
「まぁ、話せる範囲なら」
多少なりと、誰かに寄り添う努力はしてみようとテオドールは騎士達の話に対応していった。
「俺、今度結婚するんですけど、円満な結婚生活のコツとかってありますか!?」
随分打ち解けたあと、騎士の1人が尋ねる。
「そうか、それはおめでとう。休暇の申請はなるべく早めに出してくれ。出来る限り対応するから」
そう答えたテオドールに、
「たいちょー夫婦円満なコツは?」
茶化すようにゼノが尋ねる。
「知らん」
東国の酒を飲みながら、そんな方法が有ればむしろ聞きたいとテオドールは内心で漏らす。
「で、で? 結婚生活、どんな感じなんです?」
尚も茶化すように聞いてくるゼノの他にも興味深そうな視線の数々。
他人の結婚生活とか聞いて何がそんなに面白いんだと眉根を寄せるテオドールは、自身の短い結婚生活を振り返る。
わりとリーリエに振り回され、散々な目にあった記憶も多いが、
「まぁ、思っていたよりは……悪くない、か」
そんな呟きとともにふっ、と無意識に微笑む。
その瞬間、会場内の女性騎士のみならず男性騎士までもがざわつく。
普段絶対笑う事などないテオドールが、酒が入っているとはいえ無意識に表情を緩めたことと、その微笑があまりに穏やかで綺麗だったからだ。
「あかん、なんか見てはいけないものを見た気分」
「普通に隊長がカッコいいんですけどぉぉぉっ!?」
「なんか、なんか、普段とのギャップがぁぁぁ」
被弾した騎士達の囁きを聞きつつ、ああコレみんな落ちたなぁとリーリエは内心でニヤニヤする。
外なので自重しているが、屋敷ならみんなのざわめきに混ざりたいところだ。
イケメンの急なデレは心臓に悪いし、ところ構わず無自覚に無双するなんてと思いつつ、リーリエ的にはテオドールのファンが増えるのは悪い気がしない。
「隊長の私服、初めてみました。私服だとそんな感じなんですね」
場がしばらくざわついた後、追加で酒を持ってきた男性騎士がかっこいいっすねと褒めてくる。
「なぁ、俺もたいちょーの私服初めて見たわ。大体仕事着だし。たいちょーが普通に下町来れる服持ってるのが今日一の驚きなんだけど」
と受け答えるゼノ。
制服で飲み会に行っては行けませんよとリーリエがテオドールに用意したのはフォーマル寄りのカジュアル服。
白シャツに黒ジャケット、黒スラックスと黒の革靴とシンプル目だが、元が良いので十分オシャレに見える。
リーリエになぜ服や靴のサイズが的確に把握されているのかと疑問を持ったが、深く考えたらまずい案件な気がしたのでテオドールは気にしない事にした。
「私服、と言えば今日のリンちゃん超可愛くないですか? 髪型もメイクもいつもと違うし」
こそっと小声でそう呟くゼノ。
「……何故分かる」
確かにいつもと全く違う装いだが、テオドールにはメイクの違いまでは分からない。
「いやいやいやー。めっちゃツボ押さえてるじゃないですか。いつもとのギャップ。しかも美脚」
酒がいい感じに回ってきているゼノは饒舌に話はじめる。
「見えそうで見えない感じとかー。フワッフワ揺れる感じとかー。リボンとかあったら解きたくなりません?」
もう男の本能ですよと語り出すゼノのテンションに比例して不快指数が上昇していくテオドール。
いい加減にしろと言うより早く、男性騎士達が口を開く。
「分かる! 分かります、副隊長。露骨に見せられるより、隠れてる方がむしろ唆る」
「いやー俺胸派なんすけど、アレ見たら脚派に転向しそうですわ」
「自分は脚、腰派だけど、リンちゃんはもう全体的に均整取れてて曲線美がやばいって。でもまだ未完成な感じがぐっとくる」
「分かる。マジでデートに誘いたい」
「バッカッ。お前なんて相手にされねーって。つーか抜け駆けすんな」
「でもワンチャン有るかもだし!」
「あははー盛り上がるねぇ。俺もリンちゃんとデートしたい♪で、たいちょーは脚派? 胸派? どっちすか!?」
「俺もそれ聞きたいー」
すっかり出来上がり打ち解けた男性騎士達の容赦ない口撃に、慣れていないテオドールは気圧される。
が、妻がそんな対象で見られるのははっきり言って面白くない。
一方で、少し離れた女性騎士たちの席では、冷たい空気が流れる。
男性達は声を顰めているつもりらしいが、酒が入っている事もあり思いの外声が大きく筒抜けだった。
「ねぇ、リンちゃん? アレ、どうする? シメとく?」
「全員、表に叩き出して性根を叩き直しましょうか?」
「最っ低過ぎる。つーか、オフ服くらい好きなの着させろや」
コッチはコッチで酒が回っている上、元々男性騎士に引けを取らない強さと気性を誇る騎士達なので、指先をポキポキ鳴らしながら好戦する気満々だ。
古今東西、どこの世界でも身分の貴賤に関わらず酒が入るとタガが外れるのは常らしい。
そんな両者を見ながらのほほーんと笑っている話題の人であるリーリエは、テオドールの方をチラ見する。
眉間に皺が寄せられ、あからさまに不快な様子。
結構な量を嗜んでいたし、このままだと暴発必須かとため息を漏らす。
せっかく職場の人たちと打ち解けられたというのに、ブチ切れて怯えられたら台無しだ。
まぁ、自分のために怒ってくれるのはやぶさかではないのだがとリーリエは内心で微笑む。
「そうですねぇ。私この手の対応は割と慣れてはいますし、お酒の席なので流して差し上げてもよいのですが」
このままだと、今後のリーリエの衣装にいちいち待ったがかかる可能性がある。
何事も形に拘るリーリエとしては、それだけは避けたい。
「お姉さま方と旦那さまがご不快なのは頂けませんね」
社交も駆け引きもまだまだ上手いとは言えないテオドールが円滑に場を収められるとも思えないので、今回は手を貸す事に決めた。
「お姉さま方のお手を煩わせるまでもありませんわ」
お任せくださいね、とイタズラっぽく笑うリーリエに毒気を抜かれた女性騎士達は親指を立てて"武運を祈る"とリーリエを潔く送り出した。
「こんばんは」
ふわりと柔らかい雰囲気を纏ったリーリエが男性騎士達の輪の中に来る。
「私の名前が聞こえたので、来ちゃった」
ストンっとテオドールの隣に座ったリーリエは、
「デート、してもいいですよ?」
コテンっと小首を傾げて可愛らしくそう言うリーリエにざわっと、場が騒ぐ。
「何言って……」
テオドールの言葉を遮って、リーリエがテーブルにグラスと大吟醸の瓶を置く。
「ただし私に勝てたら、ね?」
明日も仕事ですし、無理しなくて良いですよと笑顔で付け足すリーリエに挑戦者が殺到する。
「まぁ、皆さん意外といける口なのね? じゃあ、このお店で一番度数高いやつ、樽でお願いしまーす♡」
15分後。
そこには死屍累々となった男性騎士達が積み上がっていた。
「あららー皆さんもう終わり? じゃあ、デートはお預けと言う事で。明日は二日酔いだと思いますけど、しっかりお仕事なさってね」
全員をきっちり潰して、リーリエはそう締めくくった。
「ゼノ様、お姉さま方から伝言です」
ソフトドリンクしか飲んでいなかったリーリエが大吟醸出してきたあたりで本能的にヤバいなと察して辞退していたゼノは、気配を察知しゆっくり振り返る。
「「副隊長、明日からは書類溜めずに頑張ってくださいね♡ ご馳走様でした!!」」
ゼノの後ろで綺麗な笑顔を浮かべた女性騎士一同から、言外に二度と手伝わんと告げられる。
「昔から言いますよね? "酒は呑んでも呑まれるな"と。お二方は上司ですから責任持って皆さまの介抱なさってくださいね」
パチンと大げさな動作で手を叩いたリーリエは、そう言って笑う。
「今後は女性を不快にさせない紳士のマナーを守って宴席を盛り立てることをおススメしますわ。それでは、皆さま良き夢を」
綺麗なお辞儀と共にそう述べたリーリエはクルリと踵を返して帰っていく。
静かな夜にヒールの音を響かせながら、リーリエは空を仰ぐ。
『まぁ、思っていたよりは……悪くない、か』
「ふふ、明日からももーっと振り回して差し上げますから、覚悟なさってくださいね」
満足気な笑みとともに呟いたリーリエの独り言は、月夜の闇に消えていった。
今度第二騎士団の有志メンバーで飲み会をするのだという。
「元々ゼノが部下を相手に不定期に飲み会だの食事会だの開いていたらしいが、今回誘いを受けた」
話を聞きつつ、リーリエは口元を抑えて肩を震わせる。
最愛の推しが職場の飲み会イベント、だと?
「なんだ……」
言いたい事があるなら言えとばかりに訝しげな視線を送ってくるテオドール。
「旦那さまが、あの人嫌いで社交だの夜会だのが大嫌いな旦那さまがっ! 職場の方と飲み会。私感動で泣きそうです」
リーリエはぐっと拳を握って、やや早口で捲し立てる。
「……行っていいのか?」
その日は本邸に顔を出せないが、と付け足すテオドールにリーリエは肩を竦める。
「是非行ってください! 世の中沢山楽しい事で溢れているのですよ? 私、旦那さまにはもう少しお仕事以外にも目を向けて頂きたいのです」
遊びは大事なのですよっ! とリーリエはビシッと指を立てて言い切る。
「……一緒に行くか?」
リーリエの輿入れは人質の意味もあり、本来なら街中を歩く事などできないが、普段から変装し、偽名で騎士団に混ざっているのだ。
連れて行っても誰もリーリエだと分からないだろうと誘う。
「行きます!」
神イベント視聴せねばっと食い気味で返答したリーリエに、ハイハイと流せるようになった自分の順応性の高さに感心するテオドール。
「楽しみですね、旦那さま」
嬉しそうににへらっと笑うリーリエを見て、テオドールは乱暴に頭を撫でた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「リンちゃんめっちゃ可愛い」
「わぁーオフ服清楚系なんだ! ヤダ、超似合う」
「ふふ、お姉さま方もとってもお綺麗で華やかですね。今宵はお招き頂き、ありがとうございます」
会場に着くといつもリーリエと仲良くしている女性騎士達が、リーリエを囲む。
本日のリーリエの衣装は白を基調とした上質な七分丈ブラウスにハイウエストの位置で大きめリボンを結んである薄緑色の膝丈フレアスカート。
ゆるふわで可愛いコーデをビジューの入った黒のハイヒールで締めている。
通常貴族の子女が足を出すことなどないので、露出多くないかと思っていたテオドールだが、思いの外リーリエは馴染んでいた。
しかも女性騎士達のオフ服の方がどちらかといえば派手めで露出高め。
そんな綺麗目なお姉さま方に揉みくちゃにされながら、楽しそうに話に混ざっている彼女が実は世間で噂の生贄姫だなんて誰も気づくまいと、テオドールは思う。
「たーいちょっ! 今日来てくれてありがとうございます。てか、ここ隊長の奢りでいいんですか?」
結構人数居ますけど、と隣にやってきたゼノがテオドールに話しかける。
本日はテオドール参加、しかも全奢りとあって参加者が当初の予定より倍増していた。
「たまにはな」
珍しい酒飲めるしと東国の酒を追加で頼む。
「てか、隊長酒強よっ。何本目っすかそれ?」
「……辛口好きなんだよ。ここでしか飲めないしな」
普段は食事の時出された分しか飲まないし、わざわざ銘柄指定して取り寄せたものを晩酌する習慣もない。
「リーリエ妃は、お酒嗜まないんでしたっけ? まぁ確かに一人で呑んでも味気ない、か」
追加で来た清酒と自分のグラスとカチッと当てて、ゼノはヘラッと笑う。
「じゃあ、たまには参加してくださいよ! みーんな、割とたいちょーと話したがってんですよ?」
黒髪と青と金のオッドアイの見目と討伐現場で無双し続ける圧倒的な強さ、無愛想で口数の少なさから他者に敬遠されがちだが、王族っぽさがあまり無いこの上司は付き合えばかなり面白い。
「俺と話して楽しい事もないだろう」
訝しげな視線を流してくるテオドールを笑って受け流すゼノは、
「それはアイツらに聞いてください」
遠巻きにソワソワと2人のやり取りを見ていた男性騎士達が、ゼノの視線を感じとり寄ってくる。
「隊長っ。自分、辺境での境界戦線のご活躍について聞きたいです!」
「中距離からの距離の詰め方が甘くて。踏み込みのコツと効果的な訓練法ってありますか?」
テオドールを囲んであっという間に人だかりができる。
人に囲まれる事にも好意的な視線にも慣れていないし、リーリエやゼノのように場を盛り上げる能力はないのだが。
「まぁ、話せる範囲なら」
多少なりと、誰かに寄り添う努力はしてみようとテオドールは騎士達の話に対応していった。
「俺、今度結婚するんですけど、円満な結婚生活のコツとかってありますか!?」
随分打ち解けたあと、騎士の1人が尋ねる。
「そうか、それはおめでとう。休暇の申請はなるべく早めに出してくれ。出来る限り対応するから」
そう答えたテオドールに、
「たいちょー夫婦円満なコツは?」
茶化すようにゼノが尋ねる。
「知らん」
東国の酒を飲みながら、そんな方法が有ればむしろ聞きたいとテオドールは内心で漏らす。
「で、で? 結婚生活、どんな感じなんです?」
尚も茶化すように聞いてくるゼノの他にも興味深そうな視線の数々。
他人の結婚生活とか聞いて何がそんなに面白いんだと眉根を寄せるテオドールは、自身の短い結婚生活を振り返る。
わりとリーリエに振り回され、散々な目にあった記憶も多いが、
「まぁ、思っていたよりは……悪くない、か」
そんな呟きとともにふっ、と無意識に微笑む。
その瞬間、会場内の女性騎士のみならず男性騎士までもがざわつく。
普段絶対笑う事などないテオドールが、酒が入っているとはいえ無意識に表情を緩めたことと、その微笑があまりに穏やかで綺麗だったからだ。
「あかん、なんか見てはいけないものを見た気分」
「普通に隊長がカッコいいんですけどぉぉぉっ!?」
「なんか、なんか、普段とのギャップがぁぁぁ」
被弾した騎士達の囁きを聞きつつ、ああコレみんな落ちたなぁとリーリエは内心でニヤニヤする。
外なので自重しているが、屋敷ならみんなのざわめきに混ざりたいところだ。
イケメンの急なデレは心臓に悪いし、ところ構わず無自覚に無双するなんてと思いつつ、リーリエ的にはテオドールのファンが増えるのは悪い気がしない。
「隊長の私服、初めてみました。私服だとそんな感じなんですね」
場がしばらくざわついた後、追加で酒を持ってきた男性騎士がかっこいいっすねと褒めてくる。
「なぁ、俺もたいちょーの私服初めて見たわ。大体仕事着だし。たいちょーが普通に下町来れる服持ってるのが今日一の驚きなんだけど」
と受け答えるゼノ。
制服で飲み会に行っては行けませんよとリーリエがテオドールに用意したのはフォーマル寄りのカジュアル服。
白シャツに黒ジャケット、黒スラックスと黒の革靴とシンプル目だが、元が良いので十分オシャレに見える。
リーリエになぜ服や靴のサイズが的確に把握されているのかと疑問を持ったが、深く考えたらまずい案件な気がしたのでテオドールは気にしない事にした。
「私服、と言えば今日のリンちゃん超可愛くないですか? 髪型もメイクもいつもと違うし」
こそっと小声でそう呟くゼノ。
「……何故分かる」
確かにいつもと全く違う装いだが、テオドールにはメイクの違いまでは分からない。
「いやいやいやー。めっちゃツボ押さえてるじゃないですか。いつもとのギャップ。しかも美脚」
酒がいい感じに回ってきているゼノは饒舌に話はじめる。
「見えそうで見えない感じとかー。フワッフワ揺れる感じとかー。リボンとかあったら解きたくなりません?」
もう男の本能ですよと語り出すゼノのテンションに比例して不快指数が上昇していくテオドール。
いい加減にしろと言うより早く、男性騎士達が口を開く。
「分かる! 分かります、副隊長。露骨に見せられるより、隠れてる方がむしろ唆る」
「いやー俺胸派なんすけど、アレ見たら脚派に転向しそうですわ」
「自分は脚、腰派だけど、リンちゃんはもう全体的に均整取れてて曲線美がやばいって。でもまだ未完成な感じがぐっとくる」
「分かる。マジでデートに誘いたい」
「バッカッ。お前なんて相手にされねーって。つーか抜け駆けすんな」
「でもワンチャン有るかもだし!」
「あははー盛り上がるねぇ。俺もリンちゃんとデートしたい♪で、たいちょーは脚派? 胸派? どっちすか!?」
「俺もそれ聞きたいー」
すっかり出来上がり打ち解けた男性騎士達の容赦ない口撃に、慣れていないテオドールは気圧される。
が、妻がそんな対象で見られるのははっきり言って面白くない。
一方で、少し離れた女性騎士たちの席では、冷たい空気が流れる。
男性達は声を顰めているつもりらしいが、酒が入っている事もあり思いの外声が大きく筒抜けだった。
「ねぇ、リンちゃん? アレ、どうする? シメとく?」
「全員、表に叩き出して性根を叩き直しましょうか?」
「最っ低過ぎる。つーか、オフ服くらい好きなの着させろや」
コッチはコッチで酒が回っている上、元々男性騎士に引けを取らない強さと気性を誇る騎士達なので、指先をポキポキ鳴らしながら好戦する気満々だ。
古今東西、どこの世界でも身分の貴賤に関わらず酒が入るとタガが外れるのは常らしい。
そんな両者を見ながらのほほーんと笑っている話題の人であるリーリエは、テオドールの方をチラ見する。
眉間に皺が寄せられ、あからさまに不快な様子。
結構な量を嗜んでいたし、このままだと暴発必須かとため息を漏らす。
せっかく職場の人たちと打ち解けられたというのに、ブチ切れて怯えられたら台無しだ。
まぁ、自分のために怒ってくれるのはやぶさかではないのだがとリーリエは内心で微笑む。
「そうですねぇ。私この手の対応は割と慣れてはいますし、お酒の席なので流して差し上げてもよいのですが」
このままだと、今後のリーリエの衣装にいちいち待ったがかかる可能性がある。
何事も形に拘るリーリエとしては、それだけは避けたい。
「お姉さま方と旦那さまがご不快なのは頂けませんね」
社交も駆け引きもまだまだ上手いとは言えないテオドールが円滑に場を収められるとも思えないので、今回は手を貸す事に決めた。
「お姉さま方のお手を煩わせるまでもありませんわ」
お任せくださいね、とイタズラっぽく笑うリーリエに毒気を抜かれた女性騎士達は親指を立てて"武運を祈る"とリーリエを潔く送り出した。
「こんばんは」
ふわりと柔らかい雰囲気を纏ったリーリエが男性騎士達の輪の中に来る。
「私の名前が聞こえたので、来ちゃった」
ストンっとテオドールの隣に座ったリーリエは、
「デート、してもいいですよ?」
コテンっと小首を傾げて可愛らしくそう言うリーリエにざわっと、場が騒ぐ。
「何言って……」
テオドールの言葉を遮って、リーリエがテーブルにグラスと大吟醸の瓶を置く。
「ただし私に勝てたら、ね?」
明日も仕事ですし、無理しなくて良いですよと笑顔で付け足すリーリエに挑戦者が殺到する。
「まぁ、皆さん意外といける口なのね? じゃあ、このお店で一番度数高いやつ、樽でお願いしまーす♡」
15分後。
そこには死屍累々となった男性騎士達が積み上がっていた。
「あららー皆さんもう終わり? じゃあ、デートはお預けと言う事で。明日は二日酔いだと思いますけど、しっかりお仕事なさってね」
全員をきっちり潰して、リーリエはそう締めくくった。
「ゼノ様、お姉さま方から伝言です」
ソフトドリンクしか飲んでいなかったリーリエが大吟醸出してきたあたりで本能的にヤバいなと察して辞退していたゼノは、気配を察知しゆっくり振り返る。
「「副隊長、明日からは書類溜めずに頑張ってくださいね♡ ご馳走様でした!!」」
ゼノの後ろで綺麗な笑顔を浮かべた女性騎士一同から、言外に二度と手伝わんと告げられる。
「昔から言いますよね? "酒は呑んでも呑まれるな"と。お二方は上司ですから責任持って皆さまの介抱なさってくださいね」
パチンと大げさな動作で手を叩いたリーリエは、そう言って笑う。
「今後は女性を不快にさせない紳士のマナーを守って宴席を盛り立てることをおススメしますわ。それでは、皆さま良き夢を」
綺麗なお辞儀と共にそう述べたリーリエはクルリと踵を返して帰っていく。
静かな夜にヒールの音を響かせながら、リーリエは空を仰ぐ。
『まぁ、思っていたよりは……悪くない、か』
「ふふ、明日からももーっと振り回して差し上げますから、覚悟なさってくださいね」
満足気な笑みとともに呟いたリーリエの独り言は、月夜の闇に消えていった。