落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
「馬鹿な、というのは余計ですね。昨日はリアナ様だってまんざらではなさそうでしたから、レッスンは大成功です。そして手繋ぎの次のステップと言えばもちろん……アレですよね!」
「アレとは?」
「ハグですよ! 手を繋ぐよりももっと至近距離で相手の熱量を感じられます。キュンキュンするわぁ」


 頬に手を当て、抱き締め合う美しい二人の姿を想像してうっとりする私の目の前で、ガイゼル様の表情は石のように固まっている。
 また何か言い返してくるかと思ったのに、フンっと息を吐いて黙り込んでしまう。


「ガイゼル様。拗ねないで下さいよ」
「拗ねてなどいない。お前と一緒にいると、殿下がどんどん馬鹿になっていく気がして耐えられん」
「……あと一月の辛抱ですよ。一月後には私はここを出ますし、そうしたらもう二度とお会いしないかと思います」


 自分でそう言って少し寂しくなる程度には、私は殿下のこともガイゼル様のことも大切で離れがたい友人だと思っている。でも殿下の呪いさえ解くことができれば、そこで私たち三人の関係は終わり。
 十二時を迎えたシンデレラのように、私にかかった魔法も解ける。私には似合わないお城暮らしから再びあの田舎街に戻り、今までのように恋占い屋として生きていくだけだ。


「ディア、ガイゼル。待たせてすまない」


 アーノルト殿下が息を切らせて部屋に入ってきた。騎士団と共に剣術の訓練をした後のようで、額には汗がにじんで暑そうだ。


「殿下。そんなホカホカな時に申し訳ないのですが、今日はハグのレッスンをしようと思っています」
「手を繋いだあとは、ハグか。今日もガイゼルを抱き締める感じでよいのかな」


 拗ねて反対を向いていたガイゼル様はハッとした顔で殿下を見ると、青ざめてブルブルと震えあがった。


「無理無理! ハグは本当に勘弁してくれ! 何が楽しくて汗臭い男同士で抱き合わなきゃいけないんだよ」
「ガイゼル、汗臭いとは失礼だ。一応汗は流してきたから臭くはないはずだ!」


 言い争う二人を横目に、私はパラパラと恋愛本に目を通す。


「ふむふむ。ハグをする男性の心理とは……相手を愛おしいと思う気持ちの現れなのね。なるほど」


 相手のことが好き! という気持ちが溢れ出た時に、男性は女性をハグしたいと感じるようだ。自分よりも華奢な体を抱き締めることによって、「ああ、この人を守りたい!」という気持ちになる……らしい。

 体だけでなく頬や耳や髪の毛、色んな場所に触れて相手の存在を確かめましょう、と書いてある。愛おしそうに抱きしめられたら、相手の女性もイチコロでホの字になります! だって。

(さすが恋愛の教科書。三十年前の本だからちょっと言い回しが古いけど、詳しく書いてあって助かるわ)
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