落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
 ガイゼル様をハグしたところで、こんなゴツい男性が相手では良い練習台にならないだろう。ここはやはり、女性である私が相手を買って出るべきだろうか。
 ちょうど小柄で薄っぺらい体をしているので、練習台にはちょうどいいかもしれない。


「それでは今日は、ガイゼル様ではなく私が練習のお相手を致しましょうか……?」
「当然だ、お前がやれ」


 ガイゼル様はプンプンと拗ねて、腕を組んで椅子に座る。そのまま足まで組んで偉そうにふんぞり返り、私と殿下のハグを高みの見物といくようだ。


「時に殿下。リアナ様との恋人つなぎはいかがでしたか? ハグをする時の人間の心理は、相手のことを愛おしいと思う気持ちなんだそうです。手を繋ぐ時は、いかがでしたか?」
「いかがでしたかと言われると、説明が難しいな。私はただ、いかに短時間で効率よく恋人つなぎを達成するかを考え、まずは相手との距離を最小限に詰めることを念頭に……」
「いや、もういいです。聞いた私が馬鹿でした」


 せっかく意中の相手と恋人つなぎをしたというのに、こんなにも色気のない感想しか出て来ないなんて。


「それでは殿下。今日は兜をお脱ぎください」
「兜を? なぜだ?」
「それは教科書のこのページに書いてあります」


 私が先ほど読んでいた『恋愛一年生が学ぶ! 最強に甘酸っぱい初恋ホの字術』の該当ページを開き、アーノルト殿下に手渡した。殿下は小さく頷きながらその章を読み終えると、「やってみよう」と言って兜を脱ぐ。
 脱いだ兜を受け取るガイゼル様の顔は、完全に『無』。ドン引きだ。

「さあ、ディア。いつでもどうぞ」

 殿下は両腕を大きく広げ、運動したばかりのホカホカの胸を私に向ける。

(なんだか、ものすごく温かそう)

 思い返してみれば私にとって、こうして改めて誰かとハグするのは初めてかもしれない。両親は私が幼い頃に洪水で行方不明になったし、育ててくれた修道院のシスターたちは忙しくて、ハグしてもらった記憶はない。

(聖女候補生だった時にローズマリー様に背中をマッサージしてもらったことくらいなら経験あるけど……)

 何となく気恥ずかしい思いを抱えつつ、私は「えいっ」と殿下の胸に飛び込んだ。長身の殿下の胸のあたりにすっぽり私の顔が収まると、殿下は私の背中に腕を回した。

 ――私が想像した通り、やっぱり殿下の腕の中はとても温かかった。
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