落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
「皆さま、一体何をなさって……」


 リアナ様が私たちを見て口を開く。しかしやはり視線は氷のように冷たいものだった。
 怖がって焦る私の腕を引き、ガイゼル様は私と一緒に殿下から離れる。
 しかしリアナ様の視線はアーノルト殿下ではなく、私の姿を追って動いているように見える。

(やっぱりリアナ様、怒っているよーっ! 私に嫉妬なさっているんだわ。誤解なのに!)

 リアナ様の立っていた場所からは、たまたま私と殿下の距離が近く見えてしまったのかもしれない。
 何か言い訳をして取り繕わなければと助けを求めてガイゼル様を見ると、リアナ様以上の冷たい視線で睨まれてしまった。「要らぬことは言うな」という無言の圧力を感じ、私は大人しく黙って下を向く。


「リアナ嬢。今日もお美しいですね」
「アーノルト殿下。お待たせして申し訳ございませんでした」


 殿下はリアナ様をエスコートするために腕を差し出すかと思いきや、何といきなり恋人繋ぎで手を繋ぐ。面喰らうリアナ様を連れ、殿下はそのままサロンを後にした。私とガイゼル様も急いで後に続く。

(なんだかんだ言って、お二人は良い感じ。あの兜さえなければもっと絵になるお二人なのに、惜しいわ)

 私がじっと殿下の兜を見つめていると、ガイゼル様が私の耳元で囁いた。


「ディア。さっき、リアナ嬢に睨まれたな」
「あ、ガイゼル様もそう思いました? もしかしたらリアナ様は、私と殿下とのことを誤解なさっているのかもしれないです」
「……聞いた話だが、リアナ嬢はアーノルト殿下の婚約者候補の他のご令嬢たちに嫌がらせをしているらしい」
「は? リアナ様が、ですか?!」


 思わず大きな声が出てしまった私の口を、ガイゼル様が慌てて手でふさぐ。まさに馬車に乗ろうとしていたリアナ様が私の大声を聞いて足を止め、こちらを振り向いた。
 ガイゼル様は私の口を塞いだまま、慌てて後方の別の馬車に私を押し込む。


「ガイゼル様! 突然こんなことしたらびっくりするじゃないですか!」
「お前が急に大きな声出すからだろ!」
「だって、リアナ様が他のご令嬢に嫌がらせだなんて! リアナ様は、あの聖女ローズマリー様の妹君です。そんなことをなさるわけがない……と思いたいです」
「殿下ご自身はそんな噂信じていないよ。だが、実際ああしてリアナ嬢はディアのことを睨んできているわけだし、ちょっと気を付けた方がいい」
「そんな……」


 あの真面目で純粋なアーノルト殿下が想いを寄せるリアナ様が、他人に嫌がらせをするようなご令嬢だなんて、私は信じたくない。

 しかし、ガイゼル様の「気を付けた方がいい」という言葉をもう少し真剣に聞いていれば良かったと私が後悔したのは、このすぐ後のことだった。
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