落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
 恋占いスキルなど、聖女の力としては前代未聞だ。
 当然のごとく、こんなスキルしか持たない私が神殿から必要とされるわけもない。聖女として働くことができず、私は半ば神殿を追い出されるように、故郷であるこの田舎街に戻ってきた。

 つまり私は、ただの『落ちこぼれ聖女』なのだ。


「殿下、私のような身分の者に頭を下げて頂くわけにはいきませんので……」
「いや。こちらが無理を言っているのだから、できる限りの礼を尽くすのは当然だろう」
「恋占いは私の生業(なりわい)なんです。ですから報酬さえ頂ければいくらでも占います。どうか頭を上げて下さい」
「――そうか、やってくれるか! ありがとう、クローディア嬢!」


 アーノルト殿下は花が咲いたように微笑んで……いるっぽい。兜の奥で。


「クローディア嬢の望み通りの報酬を支払おう。何が希望だ?」
「え?」


 田舎街でひっそりと恋占い屋を営む私に今必要なものと言えば、アレしかない。貧乏暮らしでほとんど買えないけれど、実は喉から手が出るほど欲しいもの。

(アレを頼んでしまってもいいのかな?)

 私は目の前にいる殿下の表情を伺うように兜の中を覗き込み、恐る恐る尋ねた。


「……お仕事関係の資料を買い揃えたいのですが」
「勿論だ。この街では必要な資料も手に入りづらいだろうから、欲しい資料の一覧をもらえれば、こちらで揃えて贈ろう」
「え?! いいんですか?」
「一覧ができたら、私の従者のガイゼル・グノーという者宛に送ってくれ。王都に戻ったら、ガイゼルにはすぐに伝えておく」


(やったわ! 何という大盤振る舞いな依頼主なの!)

 カウンターの下で静かにガッツポーズをしたが、きっと殿下からは兜が邪魔して見えていないだろう。

 仕事の資料だと格好つけて言ったは良いが、私の欲しいものは何を隠そう恋愛のハウツー本や恋愛小説の類である。

 じれじれモダモダ、くっつきそうでくっつかない。そんな初心(うぶ)なカップルのストーリーが大好物なのだが、この街の図書館も書店も蔵書数が少なく、欲しい本はなかなか手に入らない。

 欲しい本を一覧にするだけで全ての資料を準備してくれるという条件は、もしかして最高の取引ではないだろうか。


「そうと決まれば、すぐに占いましょう。殿下の運命の相手を占えばいいのですね?」
「ありがとう。実は今、王都では私の婚約者選びが進められている。筆頭候補はヘイズ侯爵家のリアナ嬢なんだが……彼女が本当に私の運命の相手なのかどうかが知りたいんだ」


 少し目線を反らして赤面する殿下は、まるで恋する少女のよう……だと想像する。もちろん兜で見えないのだが。

(きっと殿下は、そのリアナ様とかいう方に恋をなさっているのね。婚約する前に運命の相手なのかどうか知りたいなんて……何だかとても初心で純粋な方)

 まるで恋愛小説に出て来るヒーローのようだ。
 私はふふっと笑うと、立ち上がってボロ小屋の窓を開けた。
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