落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
「猫を助けるなんて、随分余裕のあるお坊ちゃんだな。どこかの貴族の子だろ? かわいそうな俺たちに、その高そうなカフスボタンでも分けてくれよ」
「……ボタンはあげる。でも二つしかないんだ」
「もっと何か持ってるんじゃないのか? 脱いでみろ」
今にも男の子に掴みかかって身ぐるみ剝がしかねない村人の男たち。気付いた時には私は村人の中の一人の背中に飛び掛かり、うしろから男の両目に手を当てて目隠しをしていた。
「……うぉっ、何だ?! 前が見えない! やめろ!」
目隠しをされた男が狼狽えて尻もちを付く。その勢いで、私の体は少年の目の前にゴロゴロと転がって倒れた。
「……大丈夫?!」
「大丈夫だよ。ねえ、ボタンはあげちゃダメ。無理矢理人から物を奪うのは、泥棒と同じだってお母さんが言ってた」
こんな小娘に泥棒呼ばわりされて頭に来たのか、村人の注意は少年から私に移った。恐ろしい顔をしながら無言で私の方に詰め寄ってくる。
「てめぇ! 川に放り込んでやる!」
「きゃああっ!」
八歳の子ども、しかも何日もまともに食事もできずにやせ細った私の体は、いとも簡単に男に持ち上げられる。そのまま、泥で真っ黒になった川の中へ放り込まれた。
鈍い水音と共に、私の体は沈んでいく。
「やめろっ!!」
水面の向こうで、先ほどの少年が叫ぶかすれた声が聞こえた。
きっとあの子はあの後、村人たちに暴力を振るわれて全てを奪われるだろう。なぜ身分の高そうな貴族の子がここにいるのかは分からないけど、きっと洪水からみんなを救うためにやって来た心優しい子のはずだ。
ごめんね、最後にあなたを助けてから死にたかったのに。何の役にも立たなくてごめんね。
水の中でも、悲しい時は涙が出るらしい。
瞳から溢れ出るしょっぱい涙に触れようと手を動かすと、私の手からぼんやりと青白い光が溢れていることに気が付いた。
(何これ、もしかしてお母さんが私に力をくれたのかな?)
きっとそうだ。誰に対しても優しかったお母さんが、きっとあの男の子を助けてあげられるように力をくれたんだ。
助けたい、あの子を助けたい。
そう強く思った瞬間、青白い光は閃光のように水面を突き破った。