落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
「お茶会の時も、美術館に行く前にヘイズ家のサロンで顔を合わせた時も、リアナ嬢はディアのことを穴が開くほど睨んでいました」
「……そうか、それは気付かなかった。しかしいくらリアナ嬢がディアに嫉妬しているとしても、ディアを池に落としたり人を雇ってわざとぶつかったり……そんな手の込んだことをするだろうか」
「リアナ嬢はそんな方じゃないと信じたいですが、実際に変な噂も立っています。それにリアナ嬢が今日ヘイズ侯爵に急遽呼び戻されたのは、リアナ嬢から嫌がらせを受けた相手の家からの苦情が原因だそうです」
聞けば聞くほど信じがたい話だ。
幼馴染とは言え、特に私とリアナ嬢は親密に育ったわけでもない。将来を誓い合うような言葉を交わしたわけでもない。
顔を合わせることすら年に数回程度だという私に対して、リアナ嬢がそこまで執着心を募らせるだろうか。ましてや無関係のご令嬢たちやクローディアに対して嫉妬心を抱いて、悪事に走るような真似をするとは考え難い。
(だが、彼女の狙いが私ではなく『王太子妃の座』であればまた話は違うのだろうか)
黙り込んだ私に、ガイゼルは遠慮がちに尋ねる。
「殿下は何故クローディアを王都までわざわざ連れて来たんですか? 毎日馬鹿みたいな本を読んでおかしなレッスンをしてるだけだし、さっさと故郷に帰せばいいと思います。それで面倒ごとが一つ減りますし」
「……似ているんだ。彼女は。十年前に出会った少女に」
「十年前? 洪水の時の、あの子?」
「そうだ」
十年前、ヘイズ侯爵領で発生した洪水は甚大な被害をもたらした。
生まれて初めて経験する国内での大災害に胸を痛めた私は、視察に出る国王陛下に無理を言って同行させてもらった。
ヘイズ侯爵の屋敷に滞在させてもらっていたが、被害にあった村の様子を視察したいと言った私の申し出に、陛下は許可を出さなかった。
どうしても納得のいかなかった私は、夜中にこっそりと一人で村に下りたのだった。
――被害の状況を自分の目で見て、被害にあった民を助けたい。何か手伝いができることはないだろうか。
しかし現実は甘くなかった。私一人では、誰のことも救えない。何の役にも立たない。家をなくし、身を寄せ合って何とか生き延びている人たちを見て、私は絶望に震えた。
そんな時に、濁流に顔を出した岩の上でぐったりしている子猫を見つけた。せめてあの子猫だけでも救えないだろうか。
私は必死に川を泳ぎ、子猫を岸まで連れ戻した。流れの速い泥川の中で必死に泳いだからか、岸に戻った時には体力もほとんどなく、頭から足の先まで泥にまみれていた。
そんな時に、破落戸に囲まれたのだ。