落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
私を助けてくれたのは、幼い少女。
彼女は私を守るために破落戸に飛び掛かり、彼らの怒りをかって濁流に投げ込まれた。しかし彼女は魔力を使って川から這い上がり、破落戸や村人たちの心を鎮めるために必死で神に祈ったのだ。
真摯に平穏を願う彼女の祈りは天に伝わり、ヘイズ領全体を彼女の魔力が包んだ。私を襲った破落戸たちは何も盗まずその場を去った。
争いごとがなくなったことでヘイズ侯爵家からの支援物資も混乱なく行き渡り、結果として早期の復興に繋がったのだ。
「諍いをおさめ、人の心に平穏をもたらす少女ですか。もしそんな子が実在したら、間違いなく今頃はとっくに筆頭聖女になっているんじゃないですか?」
「それほどに強い魔力の持ち主だった。魔力を持つ者には独特の匂いがあるだろう? あの洪水の後の泥にまみれた河原でも、確かにあの少女からは花のような匂いがした」
「よほど近付かないと普通は匂いを感じませんから、やっぱりその子は相当強い魔力を持っていたんでしょうね」
春先のまだ冷たい空気の中で健気に咲く、繊細に見えるけど芯の強い花。泥にまみれても川に落とされても、少女からは人の気持ちを癒す花の香りがした。
「あの子は今、どこにいるんだろうとずっと気になっていた」
「まさか、クローディアがその時の少女だと言うんですか? それでディアをわざわざ王都まで連れて?」
「初めはそんなつもりじゃなかった。呪いを解くのを手伝ってもらうつもりで同行してもらったんだ。しかし、ディアも十年前にヘイズ領で洪水に遭ったらしい。あの少女と年の頃も近いし、おまけに元・聖女候補生だと言うじゃないか」
「占いもどきしかできないディアが、そんなに強い魔力の持ち主とは思えませんけどね。それにディアからは、魔力の匂いなんてこれっぽっちも感じません。人違いですよ」
訝し気に私を見るガイゼルの視線から逃れるように、私は馬車の外を見る。
(ガイゼルに色々と言い訳したが、本当はディアがあの時の少女かどうかは重要じゃない)
ディアはあの時、私に言った。
相手のことが好きだと気持ちが溢れ出た時に、男性は女性をハグしたいと感じるのだと。自分よりも華奢な体を抱き締めることによって、この人を守りたいという気持ちになるのだと。
リアナ嬢と手を繋いだ時、私の心は凪いでいた。
手を繋ぐタイミング、指の組み合わせ方、お互いの距離。そんな物理的なことばかりを考えて、心は何一つ動かなかった。
しかしディアとハグの練習をした時に気付いたのだ。
本当は、ディアからあの時の花の香りがしないかと確かめたかった。しかし、彼女を抱き締めた瞬間にそんな目論見は頭から飛んで行った。
ディアがあの時の少女だろうとそうでなかろうと関係ない。今目の前にいるクローディアを守りたい。そして私のその心の動きこそが、恋なのではないかと思った。
(『運命の相手』とは、一体何なんだ。リアナ嬢が運命の相手なら、何故私は手を繋いでも何も感じなかったんだろう。なぜディアを抱き締めた時に、あんな気持ちになったのだろう)
ディアの顔を思い浮かべているうちに、胸に刻まれた呪詛文字がキリキリと痛み始める。服の上から呪いの跡を押さえながら、私は唇を噛んで耐えた。
彼女は私を守るために破落戸に飛び掛かり、彼らの怒りをかって濁流に投げ込まれた。しかし彼女は魔力を使って川から這い上がり、破落戸や村人たちの心を鎮めるために必死で神に祈ったのだ。
真摯に平穏を願う彼女の祈りは天に伝わり、ヘイズ領全体を彼女の魔力が包んだ。私を襲った破落戸たちは何も盗まずその場を去った。
争いごとがなくなったことでヘイズ侯爵家からの支援物資も混乱なく行き渡り、結果として早期の復興に繋がったのだ。
「諍いをおさめ、人の心に平穏をもたらす少女ですか。もしそんな子が実在したら、間違いなく今頃はとっくに筆頭聖女になっているんじゃないですか?」
「それほどに強い魔力の持ち主だった。魔力を持つ者には独特の匂いがあるだろう? あの洪水の後の泥にまみれた河原でも、確かにあの少女からは花のような匂いがした」
「よほど近付かないと普通は匂いを感じませんから、やっぱりその子は相当強い魔力を持っていたんでしょうね」
春先のまだ冷たい空気の中で健気に咲く、繊細に見えるけど芯の強い花。泥にまみれても川に落とされても、少女からは人の気持ちを癒す花の香りがした。
「あの子は今、どこにいるんだろうとずっと気になっていた」
「まさか、クローディアがその時の少女だと言うんですか? それでディアをわざわざ王都まで連れて?」
「初めはそんなつもりじゃなかった。呪いを解くのを手伝ってもらうつもりで同行してもらったんだ。しかし、ディアも十年前にヘイズ領で洪水に遭ったらしい。あの少女と年の頃も近いし、おまけに元・聖女候補生だと言うじゃないか」
「占いもどきしかできないディアが、そんなに強い魔力の持ち主とは思えませんけどね。それにディアからは、魔力の匂いなんてこれっぽっちも感じません。人違いですよ」
訝し気に私を見るガイゼルの視線から逃れるように、私は馬車の外を見る。
(ガイゼルに色々と言い訳したが、本当はディアがあの時の少女かどうかは重要じゃない)
ディアはあの時、私に言った。
相手のことが好きだと気持ちが溢れ出た時に、男性は女性をハグしたいと感じるのだと。自分よりも華奢な体を抱き締めることによって、この人を守りたいという気持ちになるのだと。
リアナ嬢と手を繋いだ時、私の心は凪いでいた。
手を繋ぐタイミング、指の組み合わせ方、お互いの距離。そんな物理的なことばかりを考えて、心は何一つ動かなかった。
しかしディアとハグの練習をした時に気付いたのだ。
本当は、ディアからあの時の花の香りがしないかと確かめたかった。しかし、彼女を抱き締めた瞬間にそんな目論見は頭から飛んで行った。
ディアがあの時の少女だろうとそうでなかろうと関係ない。今目の前にいるクローディアを守りたい。そして私のその心の動きこそが、恋なのではないかと思った。
(『運命の相手』とは、一体何なんだ。リアナ嬢が運命の相手なら、何故私は手を繋いでも何も感じなかったんだろう。なぜディアを抱き締めた時に、あんな気持ちになったのだろう)
ディアの顔を思い浮かべているうちに、胸に刻まれた呪詛文字がキリキリと痛み始める。服の上から呪いの跡を押さえながら、私は唇を噛んで耐えた。