落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】

第21話 心のままに

「ディア、待ってくれ」
「はい?」

 立ち上がった私の手首を掴み、殿下が私を引き留めた。

「今日の練習相手は、ディアにお願いできないか」
「え? 私を、練習台に?」
「リアナ嬢と手を繋いだ時に気付いた。ガイゼルの手で練習した時と本番は全く違う。できれば君と練習したい」

 予想外の依頼に、私は一瞬言葉を失った。私だけでなく殿下の方もどことなく決まりが悪そうに表情を強張らせている。
 殿下の言う通り、確かにキスの練習相手がガイゼル様ではやりづらいだろう。リアナ様とは体の大きさも違い過ぎるし、そもそもハグの練習すら嫌がったガイゼル様は今回も引き受けてくれないかもしれない。
 かと言って、別の女性を連れて来て練習相手を依頼するわけにもいかない。

「分かりました。実際にキスしないように気を付けてさえ頂ければ、私が練習台になります……」

 私がそう言い終わらないうちにアーノルト殿下は椅子から立ち上がり、私の手首をグッと引いた。倒れ込む私の腰に、殿下のもう片方の手が添えられる。

「で、殿下っ! ちょっと待ってください!」
「いや、ファーストキスは勢いが九割。相手が受け身を取る前にこちらがイニシアティブを取らなければ」
「だから、キスは戦いじゃないんですってば!」

 いつの間にか殿下の手は私の手首を放し、頬に優しく触れている。
 一瞬の出来事だったのに、私の心臓がもうはじけ飛びそうなほどに激しく鼓動している。目の前に近付いてくる殿下の瞳の熱さに耐え切れず、私は顔を横に反らした。

「ディア。こっちを向いて目を瞑って」
「嫌です、もうこれで終わりにしてください」
「キスの時は目を瞑るものだと言ったのはディアだよ」
「それはそうですが……」

 私を放してくれない殿下に根負けした私は、諦めて両目を閉じた。殿下から反らしていた顔は正面に向きなおさせられ、殿下のブロンドの髪の毛が私の頬をかすめる。その瞬間、殿下の唇は私の額にそっと触れて離れて行った。

(ちょっと……! 唇じゃないけど、本当にキスしたじゃないの!)

 額から湯気が出て噴火しそうなほどに熱い。私は恐る恐る片目を開いた。
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