落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
「それを言うなら、聖女も同じだ。神に仕える身でありながら、邪心を持てばいくらでも魔力を悪用して国を亡ぼすことだってできる」
「その通りです。だから聖女候補生は決して邪心を持たぬように徹底的に教育されます」
「そうか。だからディアはそうやって、人の心を穏やかにする力を持っているんだな。私も未来の王として、そうありたいと思っている」

 殿下は河原の小石を拾い、小川に向かって投げた。ランプの明かりの当たらない暗闇の中で、小さな水音がポチャンと小さく響く。
 アーノルト殿下の方も私と目を合わせたくないのだろうか。もう一度河原の小石を拾うと、小川に向かって放り投げた。

「……私って、人の心を穏やかにしてるんですかね?」
「自分では気づいていないのかもしれないな。例えば、いつもガイゼルがディアに喧嘩腰で食いついているだろう。それも上手く受け止めていると思うよ。ガイゼルはああいうやつだから、人によってはすぐに喧嘩になるからね」
「そんな些細なことで、殿下は私のことを褒めすぎですよ。でもガイゼル様は何だかんだ言って荷物を持ってくれたりエスコートしてくれたり。本当はすごく優しい方なんだろうなとは思います」
「ディアがガイゼルのことを優しい人だと思って接するから、ガイゼルの方が変わったんだ」
「そんなものでしょうか……」

 私がガイゼル様の心を変えたなんて、大げさだ。何も意識せずに普通に接していただけなのに、アーノルト殿下から見た私はやけに素晴らしい人間に見えているらしい。

「それと……ディアはお茶会の日、リアナ嬢に随分と睨まれたんだろう?」
「ぎくぅっ!」
「ディアの事だ。睨まれて怖がるどころか、むしろリアナ嬢の心配でもしていたんじゃないか?」

 殿下は河原に腰を降ろし、月を見上げながらケラケラと笑った。

「今、笑うところでしたか? でも確かに、リアナ様はあの時すごーく悔しそうに下唇を噛んでらっしゃったんです。私ったら睨まれたことよりも、リアナ様の唇のことが心配になっちゃって。殿下のファーストキスのためにぜひとも唇は大切にして下さい! って言いそうになっ……」

 リアナ様と殿下のファーストキスの話題になってしまい、私は途中で言葉に詰まった。お互いに顔をそらしたが、私たちの間に気まずい空気が流れた。

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