落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
 私は右手を川の水面にかざした。
 この恋占いが終わったら、私はアーノルト殿下とお別れだ。早く結果が見たいような見たくないような複雑な気持ちを振り払うように、私は全身の魔力を右手に込める。
 ローズマリー様のランプの光とは少し色味の違った青白い光が、水面をゆっくりと覆っていく。

「……ディア! 思ったより雨雲の動きが早い。もう行こう!」
「いいえ殿下。もう少しだけ……! すぐに結果が分かります!」

 下弦の月の光が、ゆっくりと私の右手の下に集まって来る。
 焦る私の気持ちをあざ笑うかのように、ゆっくりとゆっくりと。

 漸くぼんやりと人の影のようなものが見えて来た時、ただでさえ川の流れで乱れた水面に、雨粒がポタポタと落ち始めた。

(――もう少しだけ待って! あと少しで顔が見えるの!)

 腰のあたりまですっぽりと小川に浸かるようにして、私は水面をじっと見つめる。雨粒は少しずつ大きくなり、せっかく見えかけていた女性の姿を消していく。

「雨がっ……!」

 泣きそうになった私の目の前で、それまでポツポツと降っていた雨が一瞬止まった。驚いて上を見上げると、上着を脱いだアーノルト殿下が上着をかざしてくれている。

「ディア、今のうちに占いの結果を」
「あっ、ありがとうございます。今、映し出されるところです」

 私と殿下が水面を見ると、ぼんやりと女性の姿が浮かび上がっていた。二週間前の満月の夜に私が泉に映したのとは違う、赤いドレスが水面に揺れている。

「これは……!」

 川の流れと雨粒に邪魔されていても、私とアーノルト殿下には水面に映る女性が誰なのかがすぐに分かった。

「リアナ・ヘイズ侯爵令嬢……だな」

 アーノルト殿下が手を滑らせてしまったのか、上着はパシャンと音を立てて川に落ち、そのまま流れていく。水面に映った女性の姿は、殿下の上着から上がった水しぶきにすっかりかき消されてしまった。
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