落ちこぼれ聖女ですが、王太子殿下のファーストキスは私がいただきます!【書籍化】
 漸く耳に入ってきた殿下の言葉に、私は慌てて立ち上がる。深緑色のスカートが冷たい水を吸って足に張り付き、今更ながら寒さに震えた。
 水の入ったブーツで歩きづらそうにしている私をアーノルト殿下が横抱きにして、そのまま川岸まで上がっていく。

 強まる雨に隠れるように、私の両目からはあまりの寒さに涙がこぼれ出ていた。

「ディア、とりあえず雨宿りをしよう。雨の中を馬で走るのは危険だ」
「……はい、占うのに時間がかかって申し訳ありません」
「いや、私もここまで天候が急に変わるとは思っていなかった。読みが甘く申し訳ない」

 川岸で私を降ろすと、殿下はランプを持って崖の下のくぼみの方に歩いて行く。昔はこの場所を川が通っていたのだろうか。山肌が削られて洞窟のようになっているのが見えた。
 私たちは洞窟に入って靴を脱ぎ、ローズマリー様のランプを挟んで並んで座る。

「大雨にはならなさそうですね。ほあら、向こうの方はもう雲が途切れています」
「ああ。しばらく休めば雨は止みそうだな」

 アーノルト殿下は兜を脱ぎ、ランプの横に置いた。素顔の殿下と向かい合うのが恥ずかしくて、私は下を向いて先ほどの涙をこっそりと拭った。

「……こんな日は、洪水のことを思い出します。あの大量の鉄砲水が押し寄せた日も、雨は今日のような小降りでした」

 膝を抱えて低い声で呟いた私に、殿下は無言で頷いた。

「そうだったな。実はあの時、私もヘイズ領の洪水を視察に行ったんだ。洪水の数日後だったか……親や家を失った子供たち、食べ物も飲み物もなくて大変だった人たちを目の当たりにしたよ」
「殿下は当時、十歳頃ですよね?」
「ああ。当然私のような子どもには、直接村を回って視察することは許されなかった。それでも、自分が将来治める国がどんな状況になっているのかどうしても見たくてね。陛下に黙って、一人で村に下りたんだ」

(やっぱり殿下は真面目だ。あんな所に来なくても、王族や貴族たちにはいくらでも安全な場所があったはず)
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